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泰山府君1

 荘園の田植えは一段落付いた。

 皆人が変わったように従ってくれるようになった。今は、水の管理がしやすくなるよう少しずつ用水路を掘っている。


 その中から数人を借りて集金屋の家に来る。


「それでは畑を作っていきましょう」


 右京の人達は火事で困窮していた。集金屋が人を募ったら、大多数が賛同してくれた。


「できれば、皆さん各自で管理して頂きたいと思います。手伝えるとこは手を貸しますが、作り方は覚えてください」





 鍬を使い、畑を起こしていく。去年梨花さんに教えて貰った、灰を撒くことも忘れない。


「次に土を寄せてうねを作ります。灰が土と馴染むまで10日ほど経ってから豆を植えますので、皆さんここまでやっててください」


 こうして、右京の開拓も始まった。




  *  *  *


 俺が畑をやっていることを聞き付けたのだろう。

 兼家に大豆を貰い、集金屋の所で豆蒔きを始めようとしたときに事件は起こった。


「おい」


 豆蒔きを指導するため右京の人達を集めていたが、その中に以前俺を捕らえ、殴ってきた兼通の使いが立っている。


「な、なんでしょう」


 あのときの鈍い痛みがじくじく思い出される。怖じ気付いてしまうが、耐えて答える。


「兼通様から忠告が来ている。右京はお前の土地では無い。都での作付は禁止されている。即刻止めろ」


 思った通りの返答だった。確かにやってはいけないのかも知れない。

 それでも、困っている人達を見捨てることは出来ない。

 俺や兼家を糾弾するために右京の人達が苦しむのは見たくない。


「畑を作っている訳ではないのですがね。でも、分かりました。今日は一先ず下がらせて頂きます」


 想像通りの行動をしてきた事に少し笑みが零れてしまう。

 落胆を隠せない右京の人達を残し、準備をするため家に帰った。





  *  *  *


「それで、豆は植えずに帰って行ったと言うのだな」


 戻ってきた小間使いの報告を聞いて、兼通は溜め息をつく。


「はい。今日植えるという話で右京の者が集まっておりました。強行してきたら捕らえようと思いましたが、何もせず帰って行ったので」


 そのまま帰らせたと言うことか。こいつも使えない奴だ。豆を蒔いている所を捕らえればいいだけなのにいちいち要らんことを言う。


 これで遥晃は慎重になるかもしれないが、あいつが間抜けならまたノコノコと戻ってくる事も考えられる。


「おい」


 半ば苛立ちながら小間使いの失態をなじる。


「もういい。遥晃を見張っておけ。また不穏な動きをしたらその時に捕らえろ」


 遥晃はきっと畑に執着する。兼通には不思議と確信があった。





  *  *  *


 今まで散々右京を放ったらかしにしておいて、今になって法を持ち出してくることにモヤモヤする。


 ただ、法律は持ち出して来たなら従わなければ行けない。

従いさえすれば、咎められることは無いのだから。


「父ちゃん、ただいま。父ちゃんの言ってた人、また今日もいたよ」


 兼通も詰めが甘い。顔を知った者に張り込みをさせていては魂胆が筒抜けだ。

 きっとこちらが動くところを待っているのだろう。


 相手の出方が分かれば、対策はいくらでも考えることができる。

 このまま行けばいつの間にか豆が生えてきて驚くだろうが、それだと畑を荒らされる恐れがある。

 兼通が畑を荒らさないよう一つ味付けをしなければいけない。


「よし、明日にしよう」


 俺はそう決めて、籠に「大豆」を用意した。




  *  *  *


 集金屋の家に向かう。しっかりと尾行の気配を感じる。


 集金屋に人を集めて貰い、集まった所で豆を「撒き」始める。


「そこまでだ!」


 先日の、兼通の使いに止められる。現場を押さえれたことに喜んでいるのだろう。嬉々としている。


「再三注意したが、それでも作物を作り始めたな。今度は帰す訳にはいかん。大人しく付いてきてもらうぞ」


「あの、先日から何か勘違いされてるようなのですが、私は畑なぞ作っていませんよ」


 しれっとした顔で使いに言う。


「何を言う! 今正に種を蒔いているではないか! 畑も起こし、種も見れば十分証拠になる!」


「これは種ではありませんよ」


 興奮する使いに籠の中身を見せる。


「な、なんだこれは」


 手柄になると思っていたのだろう。証拠に成り得た物が期待と違って一気に青くなっている。


「これは炒り豆です」


 籠に手を入れ、さらさらとこぼして見せた。




「豆を炒り、挽き割りにしました。芽が出ないように抑えているのです」


「な、なぜそんなものを」


 こちらの行動に混乱している使いに、3日で創り上げた物語を言って聞かせる。


「冬に起こった襲撃と火災、そして疫病により、この一帯に怨念が残ってしまいました。春先に宮中で追儺ついなを行いましたが、右京の怨念は残っていたのです」


 感じるでしょう? 禍々しい気が。と付け加える。追儺は大晦日に行う鬼祓いだ。鬼役を弓や矛で追い回し、邪気を追い払う儀式だ。


「都に見捨てられてしまっていたので、右京の為に家で祈祷を行いました。すると先日、地獄より閻魔の眷族けんぞくである泰山府君たいざんふくんが舞い降り、このまま放置すると都で死者が増えるとの忠告をしてきたのです」


 我ながら厨二チックなストーリーにゾクゾクする。

 一応術師で通っているし、それっぽく言えば信じてくれるだろう。話始めると止まらない。高揚しながら物語を進める。


「泰山府君はこれ以上死者を増やすと地獄の『キャパシティ』を超えてしまうと仰っていました。早急に除霊をして『レクイエム』を奏で……」


「おい」


「豆には神聖な力が宿っているので、これを撒くことにより地中の邪気を……」


「おい!」


 なんだよ! 今気持ちいい所なんだ! 邪魔をするなよ。


「なんですか」


「じ、地獄ってなんだ。訳のわからないことを言いやがって」


「え?」


 どこまで無学な人なんだ。集金屋に説明を求めようとすると、他の人達もポカンとしている。


 え? 地獄ってあまり一般に認知されていないの?


「え、えっと、地獄って言うのは悪人が死後に落とされる所で……」


 僧侶に聞いたから知ってるものと思ってた。一から説明を始める。高揚した気分が一気に覚めて恥ずかしくなってきた。

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