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沙耶と耶枝と勇吉1

「ふ、風呂入ったぞ。もう臭くないだろ……」


「……ふふっ。もうちょっとで仕事休みだから待っててね」


 結局こいつの所に来てしまった。いや、もう下心なんてない。俺はただ、こいつらが遥晃に従う理由が知りたかっただけなんだ。





「お待たせ。どうしたの?」


「……お前達ってさ」


「ん?」


「なんで遥晃の言うことなんか聞くんだよ。あいつはお前達を奴隷にしようとしてるんだぞ。俺達が住んでた所も追い出された! お前達も都合よく利用されてるのがわからないのか!」


 話し出すと興奮して語気が荒くなっていく。言葉にするとどんどん気分が悪くなってくる。


「……私たちの事は聞いてないの?」


「あ? なんだよ」


「冬にここらを荒らしたの、私の父ちゃんなんだ。私たちは生き残り」


「はあ?」


 病気になる前、近くで火事があった。うちまで燃え広がらなかったが鬼が襲ってきたって噂があった。

 こいつは鬼の子供?


「聞いてなかったのね。憎らしいでしょ。私たちの村は、去年雨が降らなくて不作になったの」


 つらつらとこの女は話を続ける。


「食べ物が無くなって皆死んでいったわ。そして、我慢出来ずに種籾たねもみに手を出したの。父ちゃん達は私達に種籾を残して、都に出ていった。もう助からないから、都に復讐するって。


 遥晃様に聞いたけど、この辺りで暴れてたらしいわね。

 村に残された私達は、種籾で何とか食い繋いだの。それでも今年の田んぼは作れないし、飢えるのを待つだけだったのだけれど」


 遠い目をしながら思い出すように喋っている。俺は相槌すら打てず、ただこいつの言うことを聞くしかできなかった。


「その時都から人が来て私達をここに連れてきたの。最初は罰を受けるものと思っていたわ。父ちゃん達は都を襲いに出ていったし、どっちにしろ飢え死ぬことは決まってたようなものだから、覚悟はしていたのだけれど。


 でも遥晃様が都の事を説明して、私達には罪は無いって。ここは遥晃様が治めている土地だから問題ない、食べ物も住むとこも与えるから田んぼを作ってくれって。父ちゃんが死んだのは悲しいけど、死にかけてた私達を救ってくれた遥晃様に感謝してるの。


 前に村に来ていた術師様は都が酷いところだとおっしゃっていたけど、そんなことなかった。

 村から来た皆は何とかして遥晃様に恩返ししようとおもっているの」





 遥晃の事が分からない。こいつも、お坊様も遥晃の事を良く言っている。


「でも、あいつは……」


 言葉が続かない。俺達の事を考えてる? あいつは都に見捨てられた俺達を……。


 いや、違う。利用したいだけだ。甘い言葉で俺達を釣って、こき使いたいんだ。

 こんなに広い田んぼを新しく耕せって命令している。

 20人くらいで必死に働いているけど、こいつらは騙されてるんだ。こいつを説得して力を合わせれば遥晃を追い出せる……


「母ちゃん!」


 こいつが突然立ち上がり田んぼに叫んだ。見ると田んぼの中にいた人が抱えられてあぜに運ばれている。

 この女が血相を変えてそこに飛んでいった。こいつの母ちゃん? つられて俺もついていった。





「母ちゃん! しっかりして!」


 倒れた人に駆け寄って悲痛な声を上げている。俺は横でただ見ているだけだ。


「あぁ、沙耶。ごめんね。ちょっと目眩がしただけだよ」


 苦しそうなのをこらえてこいつの母ちゃんが声をかける。こいつ、さやって言うのか。

 女の人が苦しんでるのに、そっちの方に気が行った。


「大丈夫。少ししたらすぐ働くから。遥晃様に頂いた田んぼだから。早く植えないと間に合わないからね」


 こんなになってまで働こうとしている。やっぱり奴隷じゃないか。遥晃は甘い言葉でこいつらを使い潰す気だったんだ。


 死ぬまで働かせる。こいつらは気付いていない。遥晃に騙されて死ぬ瞬間まで利用されるんだ。目を覚まさせなければ……。


「おい、おま……」


耶枝やえさん!」


 遠くからの男の声に遮られる。遥晃だった。





「耶枝さん! どうしました?」


「いえ、少し目眩がしたので横になってただけです。すぐ作業に戻るので心配しないでください」


「そんな、無理をしすぎです! 顔にも疲れが出ています。家に戻りましょう」


 遥晃は駆け寄ってくるなり女の人を抱えようとしている。


「ま、待ってください。泥が付いてしまったので遥晃様が汚れてしまいます。ここで休みますので平気……」


「こんな堅いところじゃ体を痛めますよ。汚れとか気にしないでください。家まで送ります」


「あっ……も、申し訳ございません」


 泥だらけのやえさんをおぶさる。信じられない光景だった。


「沙耶さん、家に着替えがあるよね。それと布団、桶に水を汲んできて貰えるかい?」


「は、はい!」


 さやが走り出す。女の人を抱え、歩いていく遥晃を呆然と見ていた。


「勇吉、すまないが手伝ってもらえるか?」


 棒立ちになってた俺に声をかけてきた。反射的に従ってしまう。

 さやの家まで付いていった。





 *  *  * 


「多分過労です。今日は安静にしてしっかり休んでください」


一通りやえさんを看て遥晃が声をかける。


「いえ、私が休んでたら間に合わなくなります。苗も大きくなっているので、できたところから植えていかないと」


「大丈夫です。こちらで何とかします。体を壊してしまったら元も子も無いですよ。仕事は今日だけじゃないのでしっかり治して下さい」


 田んぼはまだ終わっていない。遥晃はこの人に無理はさせないみたいだ。何か手があるって言ってるけど……。

 俺達を働かせようって言うのか? いくら目の前でこんなこと見せられても遥晃の言うことは従わないぞ。

 まだこいつは信用できないんだ。


「勇吉、頼みがある」


 ほら来た。


「耶枝さん、この人を看病してほしい。こっちの沙耶さんと一緒に。しっかり水を飲ませて、無理をして動こうとするなら止めて休ませてくれ」


「そう言うと思っ……えっ?」


「すまないが聞いて貰えるか?」


「は、はい」


 突拍子もない事を言われ、つい返答してしまう。

 え? 俺達を働かせるんじゃないの?


 遥晃は安心したように他にやることを指示して家を出て行った。

 3人取り残される。


「すみません、手伝ってもらえますか?」


 早速動き出したさやに声をかけられる。

 何がどうなっているのか分からなかった。




  *  *  *


勇吉と沙耶に看病を任せ、家に戻って来た。

 田坂の人達は働いていてくれている。でも、田んぼが広い。全員無理を押して動いている。


 元々女子供しかいないのに、それでも膨大な仕事を不満を口にせず動いてくれる。




 蝋燭が作れないと気付いて呆然としていた。貧民達を働かせようと、そっちばかりに気が行って田坂の人達を見ていなかった。


 休ませるべきなのに、働かせていた。その結果倒れる人が出てきた。

 完全に俺の落ち度だ。

 田坂の人達は1人欠けても働き続けるだろう。このままではみな動けなくなってしまう。

 でも、田んぼも放棄出来ない。兼家の未来がかかっている。


 ……申し訳ないけど、手伝って貰おう。




「梨花さん……」


「はい」


「荘園の事なんだけど、田植えをできれば手伝ってもらえないかな」


「はるさん!」


「は、はい」


「やっと言いましたね。ずっと言われるのを待っていたんですよ。はるさんの態度で上手くいってないのは大体想像が付いてました」


「え、っと。ごめんなさい」


「なんで言ってくれなかったんですか」


「あの、だって……田坂の人達は右京を襲ってきた人の生き残りで、梨花さんが嫌がったりしないかなって……」


「じゃあなんで今は手伝えって言ってくるんですか」


「あ、その……」


「どうしようも無くなってからじゃなくて、もっと早く言ってください。1人で無理をしないで。いつだって力になれますから」


「あ、う……でも、梨花さんは嫌じゃないの? 家も燃やされたし……」


「はるさんが許しているんでしょ。私もはるさんの妻です。襲われたことは水に流しました」


 涙が出てくる。


「うぅ……ごめん。ありがとう」


「もう、私も農家だったんですからね。一番に頼られたかったな」


 梨花さんがすねる。いつになっても1人で動いてしまう。梨花さんの優しさに涙が止まらない。


「父ちゃん、泣くなよ。俺たちも手伝うよ。」


「僕も!」


 平昌も助けてくれる。いい加減、一人じゃないことを気づかなければ。




長くなってしまったので、2回に分けます。

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