勇吉
集金屋に呼ばれ、屋敷へと向かった。火災の被害は免れたようだが、客間に通して貰うと内装は以前よりも質素になった気がする。
「お久しぶりにございます」
「この度はお互いに無事で何よりでした」
集金屋の屋敷は、火は免れたものの坂田の賊に目を付けられたらしい。
事が静まって屋敷に戻ると、部屋の中が荒らされていた。
適当に修繕は済ませたが、家財と金品諸々は紛失してしまったとのこと。
「遥晃様に是非ともお願いがございます。昨年頂戴した大豆ですが、今年も宜しければお願いしたいのですが」
右京の人達は命は助かっても生活は困窮しているらしい。去年見せた大豆は理由を変えこそすれ、集金屋に渇望されるものになった。
「はい。私もできれば栽培を広げたいと思っていました。手伝ってくれる方を集めて、去年よりも植える場所を拡大したいと思っています」
それでも、今は荘園の開拓を進めたい。貧民と打ち解けられなかった現状では、直ぐに大豆に着手できない。
「右京南部を開拓しているので、そちらが済んでからになりますが」
「兼家様が始められた荘園ですね。噂は聞いております。私も参加者を募っておきますので、どうぞよろしくお願いします 」
各家個人で管理できるようになればいいけど、今年は指導をしないといけないだろう。
覚えてもらうにせよ、俺が手伝わないといけない。田植えが終わってから始めるよう約束を交わした。
帰り道、呼び止められる。
「遥晃様!」
保憲だった。病気が広まることを恐れて距離を取っていた。久しぶりに見た気がする。
どことなく険しい顔をしている。何か話があるのだろう。家に招くことにした。
「お久しぶりにございます」
今日は懐かしい顔をよく見る日だ。お茶を出すと保憲はポツポツと報告をしてきた。
「私は今も兼通様の屋敷で雇われているのですが、遥晃様に何か事を起こそうと企んでいる様子なのです。一刻も早く報せたく今日はこちらへ向かった次第です」
想像はしていたが、兼通が嫌がらせを画策しているらしい。
兼家を貶める事に失敗し、こちらにも照準を合わせて来たようだ。
「分かりました。貴重な情報をありがとうございます。保憲様はしばらくの間、私と接触するのを避けて頂けますか」
内部から密告してもらうことで兼通の行動を把握できるかもしれないが、保憲がこちらについてると知られてしまうと情報を隠されるかもしれない。
最悪保憲の命に関わる。
「兼通様の所を出ますよ。陰陽寮に職はありますし……」
「いえ。できれば今まで通り自然にしていてください。ただ、今は何か知っても私と会わないようにお願い致します」
「……分かりました。術を教えてもらう機会を失うのは勿体ないですが、しばらく大人しくしています」
二、三会話をして出ていってもらった。問題はいくつも重なってやって来る。
取り敢えず1つずつ解決していこう。
* * *
「勇吉、元気になったようだな」
「お坊様!」
久しぶりにお坊様が来てくれた。病にかかった時に看病をして貰って以来だ。
「なんだか、遥晃様に楯突いているみたいだね」
お坊様から憎い名前を出される。
「あいつは家を追い出し、変な奴等を連れてきて俺達に指図してくるんですよ。お坊様もあいつに何か言ってくださいよ」
実状を訴える。勝手にあいつの土地にされて、俺達を奴隷にしようと思ってるんだ。
「勇吉、遥晃様はお前達を悪いようにはしない。病の事も遥晃様が指示を下さったお陰で治療に当たれたのだぞ」
……えっ?
「遥晃様はお前達の事を一番思って下さっている。お風呂に入れと言うのもお前達の健康を思っておられるのだ」
そんな、馬鹿な。あいつは俺達の自由を奪いたいだけだろ? お坊様の言っている事が分からない。
「住む場所も綺麗なところに家を建ててお移し下さった。食事もお恵みに……おい、勇吉!」
訳が分からない。遥晃が俺達を考える? 都の人間がそんなことするわけ無いだろう。
混乱する。頭がぐちゃぐちゃに掻き回される。思わずお坊様を置いて逃げてしまった。
皆の所に行くと、遥晃がいた。
手に何か持っている。
「おっ、勇吉も戻ってきたか」
お坊様の言っていたことを思い出す。遥晃の魂胆が分からなくなる。
「皆さんの事を考えず、一方的に指図をしてしまい申し訳ございませんでした。でも、皆さんには出来れば自立をしてもらいたいのです。簡単な手作業ならできると思い、こちらを用意しました」
手に持っている白い棒を掲げた。
「こちらにあるのはろうそくと言って、ここいらに生えているウルシの木から作ることができます。まず……あっ」
説明を始めるなり口ごもった。
「ど、どうしよう。実は秋にできるんじゃないか。今からなんて始めれるわけ……」
なんかぶつぶつと呟いてくる。こっちは混乱しているんだ。無性に腹が立ってきた。
「やい! 何をぶつぶつと! 言いたいことがあるならはっきり言えよ!」
「あ、いや……えっと」
「どうせ俺達をこきつかおうと思ってたんだろ! いい加減にしろ! 訳の分からないこと言ってないで俺達に指図をするな!」
「そ、そうだ! おらの家を返せ!」
俺の一言で皆が勢い付く。一通り罵声を浴びせたら遥晃は項垂れて帰っていった。
そうだ。これでいいんだ。お坊様に助けて貰ったことは感謝してるけど、遥晃の事は信じれない。
皆も遥晃に迷惑していたんだ。
これでいいんだ。
でも、遥晃がやった事で1つだけよかったことがある。
遥晃を追い出したあと、土地を慣らしている奴等を見に行く。
遥晃がどこからか呼んできた人達がいる。皆遥晃に騙されて畑仕事をさせられている。
その中に1人可愛い子がいた。き、今日は勇気を出して声をかけるんだ。
「あ、あの。頑張ってるんだね」
仕事が一段落したみたいで、休憩してるところに寄っていった。思いきって話しかける。
「臭い」
一言それだけ言われそっぽを向かれた。
な、なんだよ! 顔は可愛いのに、性格悪いやつ!
『お風呂に入ると臭いも痒みも消えて病気になりにくくなりますよ』
遥晃の言葉を思い出す。
……お風呂に入れば。
いや、なんでこんな奴の為に風呂に入らなきゃいけないんだ。遥晃が指図してきたことに従うことになる。
あーあ。話しかけるんじゃなかった。いや、こいつの性格の悪さが知れて良かった。
もう絶対ここには来ない。
今日はむしゃくしゃする。石を蹴りながら家に帰った。




