表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/93

荘園

「その箪笥は角に置きます。衣類は後で仕舞うので邪魔にならないとこに寄せておいて下さい」


 焼け落ちた家も新しく建て直され、引っ越すことができた。

 兼家と正宣にお古の家財道具を譲ってもらい、一通りの物は買うこと無く揃えることができた。また矢平次達が動いてくれた。


「大きいものは大体移せましたよ」


「すみません、物だけでなくご助力まで戴きまして。何もお礼出来なくて申し訳ないのですが……」


「あ、待って梨花さん。この人たちに渡せるものがある」


 搬入が一息ついた所で、物置から鍋を持ってくる。


「うっ、はるさん。それ……」


 梨花さんが顔をしかめて鼻を覆う。


「これは、豆醤まめひしおですね。遥晃様、どうされたのですか」


「去年豆を収穫して漬けておいたんです。味も確かめたので大丈夫です。一口いかがですか?」


「遥晃様が作られたのですか。頂いてよろしいですか。このような物は口にしたことがございませんよ」


 出来上がった味噌を味見して喜んでもらう。

 兼家にも送ろうと思っていたが、この人達も栄養を考えれば食べた方がいいだろう。


「こちらを兼家様に。あと、少ないですが詰め所でみんなで召し上がって下さい」


「宜しいのですか? こんなに……すみません。頂いていきます」


 諸々手伝ってもらって少ないくらいだが、味噌をお裾分けする。

 正宣と伊尹、出来れば右大臣にも渡したいけど……。

 兼通には絶対に食べさせない。


 皆の支援のお陰で引っ越しも直ぐに終わった。

 家財道具は貴族のお下がり。以前よりもいささか豪華な物が揃った。


「こんなきらびやかな服を頂いても着る機会が無いですよ」


 皆が帰り、貰った服を仕舞っていると梨花さんがにまにましながら袖を通している。


 この家に見合う様にならないといけないな。





 ポツポツと逃げ延びた人達が帰ってくる。

 少しずつかつての賑わいを取り戻してきていた。


 そして。

 南へと足を運ぶと建物も道も無い荒れ果てた湿地が視界に広がる。


 貧民が追いやられ、苦しみながら生きていた場所。

 水捌けも悪く、病気が蔓延した呪われた土地。


 兼家の私有地としてもらい受けた。

 開拓の全権を俺が持ち、責任を兼家が担っている。

 かつて天皇が放棄した土地とは言っても、上手くいかなかったから諦めます、とはいかない。


 兼家の政治生命がかかっているのだ。

 途中で投げ出すことはできない。


 家を建てるために盛っていた土を、新しい住人がせっせと慣らしているのが見える。





 *  *  *


「湿地になっている一帯は田に変えるおつもりなのですね」


 開墾を許されてすぐ、兼家と打ち合わせをした。


「はい。30町ほどありますが、そこに建っている家は撤去。燃えてしまった家も建て直さずに田んぼにします。住人はできるだけ湿地から離れたところに集落を作り、住まわせようと思います」


「いざ始めてみようとするとやることが多いですね。人夫はどれ程雇えばよいのでしょう」


「いえ、彼らを使わせますよ」


「彼らをですか?」


「ええ。彼らも貧しいだけでちゃんと働けるはずです。仕事を与えることで生活をよくしてあげれば病気の危険も少なくなります」


「私はどこかに追いやるものだと思っていました。長年都にいた者達ですから農に疎いと思うのですが」


「それなんですが。以前、田坂村にまだ生き残りがいるとおっしゃってましたよね」


「え? ええ」


「その人達を呼んで指導して貰いましょう」


「なんですって! その者達は都を襲ったんですよ」


「今生きている人は何もしていませんよ。生きるために必死だった筈です。襲ってきた人だって報いは受けています」


「遥晃様は家を燃やされましたが、恨んではいないのですか?」


「今言った通りです。もう水に流しました」


「うーん……」


 兼家は抵抗があるようだった。私有地ならば問題ないだろう。人を新しく雇うより経費を抑えられる。曰く付きの土地に喜んで入ってくる人も少ない筈だ。

自分の住む場所、働く場所に愛着を持てなければ、きっと作業にやる気を出せなくなる。


 荘園から出さない。都の復興と病気の抑制に役立つなら問題は無いと思う。


「……わかりました。遥晃様がおっしゃるならそのように手配します」


 兼家は話を聞いてくれた。いつも俺のわがままを聞いてくれる。絶対に悪いようにはさせない。


 しばらく後に、田坂の生き残りは荘園に連れてこられた。




 *  *  *


 荘園から帰ってきて夜。新しくなった台所から出来上がった料理を運んでくる。味噌を使ってたところを見てた梨花さんがいぶかしい顔をしてきた。


 「あの豆醤を使ったのですか? あれ? 全然臭くない」


 「本来は塩と同じでご飯と一緒に舐める物なんだけど」


 そう言いながらお椀を食卓に出す。手作り味噌から作った味噌汁。具は殆ど無いけど、出汁も利いた懐かしい香りが広がる。


「全然臭くないです。というより美味しそう……。はるさん、食べてもいいですか?」


「断りなんか入れなくていいよ。食べよう。いただきます」


 ご飯に、味噌汁。紆余曲折はあっても食卓は常に前進を続ける。


「うわ、おいしい……」


 美味しくないわけがない。この時代に来て1年。やっと味噌汁と再会できた。




 けど、これからは家だけじゃなく、外の事にも力を入れていこう。荘園は兼家の未来がかかっている。

 成功すればきっと兼家は大きく前進するだろう。


 貧民を救済することまで出来れば、きっと兼家は一目置かれる筈だ。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ