決着
兼家は返す言葉を失い、場は兼通の独壇場と化していた。
「そう言う事だ、兼家。愚民に翻弄され、悪事に加担した愚行を恥じるがよい。幾度と忠告はしてきた筈だ」
兼通が兼家を呪っていたと聞いた時に気付くべきだった。
兼通は常に探っていたのだ。兼家を糾弾する機会を。
そこに俺が餌を与えてしまった。
「こやつは遠方に飛ばし、二度と都へは入れぬようにせねばな。兼家、お前も共犯だが兄弟のよしみだ。刑を軽くするよう進言しといてやる」
決着する。
兼通が饒舌に語る度、後悔の念が膨らむ。右京を住めるようにしたかっただけなのに。
家族を守れない。兼家を堕としてしまった。
その時。
「いいのではないか?」
「むっ?」
「は?」
それまで口を閉ざしていた人が言葉を発する。
俺と兼通の声が共鳴した。
「いや、右京を開墾するのだろう? やらせてみていいのではないかと言ったのだ」
「こ、伊尹兄。話を聞いてませんでしたか。こいつは弟をたぶらかし、京を乗っ取ろうとしていたのですよ」
伊尹が沈黙を破り、助け船を出してくれたらしい。顔が押さえつけられているせいで舞台は見れないが、兼通の狼狽ぶりが感じられる。
「元々帝も放棄なされた土地なのだ。新しく土地が広がるなら互いに良いことではないか」
「し、しかし! 都を私有地にするなど正気の沙汰ではない……」
「侍従池領」
「は?」
「侍従池領を知らなんだか。高明様、説明して頂いてよろしいですか」
「……はぁ。右京六条にかつてあった荘園ですよ。仁明帝の皇子にあられた本康親王がお作りなさられましたな。100年程前の話で結局廃れてしまいましたが」
貫禄のある声が伊尹に呼応する。
「要するに前例があると言うことだ。帝も右京に手をかけようとして、断念しただけなのだ」
「し、しかし……」
「まだ何かあるか?」
「お、大舎人なんぞに土地を与えるなど……」
「兼家に監督させれば済むではないか」
「なっ!」
兼通の旗色が悪くなる。
「ここに私達を呼んだのは決を取りたかったからであろう? お主は反対。兼家、お前は賛成だな」
「……は」
「荘園を造ることに賛同するかと聞いておる」
「……はい」
「父は?」
「うむ。問題は無かろう」
「高明様」
「……あぁ。賛同するか」
「忠行様は」
「……」
兼通に代わり、伊尹が取り仕切る。何もしていない。俺は何もできなかったが、助けてもらった。
「……はい。問題は無いでしょう」
「なっ! た、忠行!」
「兼通。お前は不服かも知れぬが結果はこの通りだ。遥晃には力があるらしい。見事収穫出来れば分け前を貰えば良いではないか」
伊尹に助けられた。勿論利益を独占するつもりは無い。
俺はただ、右京を少しでもましにしたいだけなんだ。
ここにいる人達に収益を渡す事など問題じゃない。
寧ろ今日の礼を言いたいくらいだ。
評定が一段落し、俺は引きずられ部屋を出た。
後の事は藤原家で話し合うらしい。
よかった。お咎めが無い上に、まさかの荘園開発まで許可された。思い付きで言い出したことが実現する。
連れてきた男に門前で縄と猿轡を外してもらう。
強引にほどかれたので手首が傷んだ。
「それでは失礼いた……」
「チッ」
傷む手首を擦りながら礼を言おうとすると、舌打ちと共にみぞおちに重い一撃を食らった。
「おぐぅっ!」
呼吸が、止まる。
うずくまる俺の襟を捕まれ、そのまま大路へ放り投げられた。
視界の端で屋敷に戻る男が映る。
「えぐっ、えぐっ」
路の端で激痛に悶え、涙を流した。
* * *
「伊尹様、その節は助かりました」
後日、無事荘園開発が認められる。兼家邸で伊尹と会った。
「いや、私も遥晃の術と言うのが見てみたいからな。それにしても兼家」
「はい」
「お前も少しは学べ。いずれ都を担う事になるのだぞ」
「いえ、私は……」
「お前が手抜かるから遥晃が危険な目にあったのだ」
「……はい」
伊尹に言われ、兼家が凹む。そこまで気にしていないし、今まで何度も助けられている。落ち込む必要も無いんだけどな。
「ところで遥晃」
「は、はい」
「中納言の件なんだが、兼通に遮られてな。すまんが話は無かったことにしてもらえないか」
なっ! どこまでも邪魔をして来やがって! 伊尹に謝られるが、そうではない。伊尹も動こうとしてくれたのだ。
兼通、絶対に許さない。使用人に殴られた痛みが思い起こされた。
荘園を成功させて、兼家を引き立たせる。兼通をきっと後悔させてやる。
章完結しました。
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