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穴堀

 後日、右京の元自宅の辺りに人を引き連れやって来た。

 兼家と伊尹も同行する。立入禁止区域も解除し、大仰な牛車も見えるとあって野次馬も遠巻きに群がった。


「ここに穴を掘ります」


 かつて糞尿が溢れていた袋小路を整理する。

 大きなヘラで地面をならし、半径1メートル程度の円を描く。


「この円の広さで、腰高程度の深さまで掘ってください」


 まず、汲み取り式便所を作る。野糞しほうだい、放置しっぱなしの庶民の現状を改善する。


 今まで庶民は路肩で排泄をして放置していた。

 風化するか、雨で流れるまで放っておく。雨が降れば糞尿が広がるし、足も踏み入れるからさらに道路全体が汚くなる。

 兼家も伊尹も手伝いを寄越してくれる。位がなくても出来ることを探していこう。

 




「遥晃よ、これは何を作っているのか?」


 伊尹が物珍しそうに尋ねてくる。


「これは堀込式の便所です。庶民はこれまで路肩で排泄をしていたのですが、不衛生で病気の原因になっていました。穴を掘ることで汚物が足に付かず、多少清潔になるので病気を予防できます」


「ん? 病気は鬼が祟るものではないのか?」


「いえ、鬼のように見えないものではあるんですけど、死体や糞便などを放置しているとそこに病気の原因が溜まるのです。それが人間に当たって病気に」


「邪気の事ではないか。それでも今回は病を預言し、それが広がりを見せず沈静した。忠行様が祓いを執ったと聞いていたが、もしや遥晃が防いだのではないか?」


「いえ、天台の僧が病を畏れず立ち向かってくれたのです。私は病に伏してしまって何もできませんでした」


「そうか。ん? どうした? そのように辺りを見回して」


「……あ、いえ」


 夢を思い出す。大丈夫だよな? 夢で見た皆の侮蔑が頭をよぎる。野次馬達は羨望の眼差しで藤原兄弟を眺めている。きっと大丈夫。

 これで衛生環境はよくなるはずだ。





 俺の杞憂をよそに穴は着々と堀進められ、その日の内に便層は出来上がった。

 厚い板を這わせ、足場を作る。

 簡易的な公衆トイレが完成した。


「遥晃様、これでいいのですか?」


 兼家に声をかけられる。

「はい、一応これで完成です。歌も切り上げ、またお力をお貸ししていただきありがとうございました」


「いえ、私も遥晃様のお力を見せて頂き嬉しく思います」


「私達も何が起こるのか楽しみで、手伝えて嬉しいですよ」


 矢平次にもそう言われた。こちらは給料を払えていない。貴族の使用人にボランティアをしてもらっているんだけど、そうやって言ってもらえると助かる。


「兼家がこうも楽しそうにしているのは久しく見ていなかったからな。遥晃のお陰だ。礼を言う」


「伊尹様、そう言って頂けるのは嬉しいのですが、兼家様達にタダ働きをさせてしまっているので少し心苦しく感じます。庶民の力では粗末なものになりますが、いずれお礼を致します」


「その様な配慮は要りませんよ。いや、昇進された時にお願い致しますか。中納言に召されれば私の上司になりますからね」


兼家達が高らかに笑う。まだ決まったわけでも無いのに。まだ俺は大舎人だ。


「いつでもお声をお掛けください……あ、雨ですね」


 完成にひとしおだが、久しぶりに雨が降ってきた。少しずつ雨足が強まる。


「雨も強くなって来たので本日は退散しましょう。便所は少しずつ増やしていって出来れば今年中に都に配備したいと思います」


 去年の内に降ってくれればよかったのに。そう思いながらも渇いた都が潤うようで少し心が満たされた気がした。



 *  *  *


 翌日、雨が小降りになる。仕事中、少しずつ不安が募ってくる。


 仕事を終えて日が落ち薄暗くなり始めるなか、便所を確かめに右京に向かった。雨が降った事で一抹の不安がよぎる。汲み取り式便所は穴を掘る。雨が降ることで水が溜まり、溢れてしまう事を考慮していなかった。


「よかったー」


 右京に着き、便層を覗き込むが、水は溜まっていなかった。この辺りは排水が効いているのだろう。どこぞにある水溜まりよりも水位は低い。


 政策をしくじる夢が頭をよぎってたせいで心配が絶えない。

 それでもなんとか上手く行っている。1日手伝ってもらってこのトイレは使えませんってなったら寂しいからな。よかったよかった……




 トイレから顔を上げ、伸びをしたときにそれは目に映った。

 家が燃え落ちたせいで広く見渡せるようになったお陰で、問題が浮き彫りになる。


 元自宅の辺りは排水が効いているのだろう。多少の水溜まりが点在しているだけで済んでいる。


 しかし、西側。右京の奥は一帯が沼地と化していた。


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