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売官

 兼家に頼んでいた防水の手袋が届いた。20双あるから、俺を含めた20人で残っていた遺体を運ぶ。


 灰で覆っているとはいえ、路肩に放置し続けていい数ではない。

 都の外に運ぶのは骨が折れるので、西堀川から流す。

 水に浮かべた無数のひいなを洛外へ送った。




 ――私に、まつりごとの手解きを願えませんか。


 次々と流される死体を眺めながら、兼家とのやり取りを思い返す。



 *  *  *


「遥晃様、それは……!」


「私は、今まで面倒事を避けて生きていました。しかし今回の件、もしかしたら防ぐことができたかもしれません。結果を見て批判することは良くないことと存じますが、違う手を打っていればこのような状況は回避できたと思います」


 兼家は静かに話を聞いてくれる。


「ぼんやりと余生を過ごそうという考えは捨てました。都を、日本をより良くしていきたいのです。お力添えを頂きたく存じます」


「と言うことは議政官ぎじょうかんに……。伊尹兄はこの事を知っていたのか?」


「はい?」


「いや、以前に兄弟で話し合う機会があったのですが、私の兄である伊尹が遥晃様を中納言にされるよう進言するという話が上がったのです」


 中納言!

 太政官の中の、国政を司る職を議政官と言うらしい。役職は大臣、大納言、中納言、参議。中納言は議政官の末端ではあるけど、国政に参加できる。兼家達が裏で取り繕うとしていたらしい。

 兼家の役職である少納言は、太政官ではあるけど事務的な事しかできない。もし話を通せるなら兼家の出世を待たなくてもすぐに政治に着手できる!


 以前の俺なら断っていただろう。でも、今なら喜んでお受けいたしますよ。





 あれ? でも……。


「あの、無位下級官の私ががいきなり中納言に昇官できるものなのですか?」


「前例はありませんね。売官ばいかんであっても五位相等しか見たことはありません。従三位じゅさんみの中納言、兄もそれだけ遥晃様を評価されてるのでしょう」


 ……ばいかん?


「あの、ばいかんとは?」


「あぁ、寄付をくれる下級役人に官位を与えているのですよ。朝廷を安定させるために採ったものです」


 売、官……官位を売っている、のか?

 え? それって。賄賂を送って官職を貰うって事?


「そ、それって汚職なんじゃ……」


「ん?」


「あ、いえ。仕事よりも、あの、藤原家に媚び……忠誠を見せた家を優先してるみたいで」


「売位売官は良くないことなのですか? 反発する者も減るので議政も滞りなく行え、治世が乱れることも減ると思うのですが」


 イエスマンを集めることで人間関係を安定させたいらしい。

 世界を平和にするには皆が同じ思想になればいいって理論か。

 周りを賛成する人だけで固めてしまうと、間違った方向に進んだときに過ちに気付けないと思うんだけど……





 いや、元々藤原一極の政党だ。この制度が有ろうが無かろうが体制は変わらないだろう。どうこう言っても仕方がない。

 どんな手を使っても国を変えるって決めたんだ。

 それこそ下級役人の俺が成り上がるチャンスを貰えている。国政に参加する機会なんだ。この時代では合法なんだ。


「……なるほど。何となく分かりました。官職についてはどうぞよろしくお願い致します。それで、政なのですが」


「はい」


「まだ分からないことが多いのでお聞きしたいのですが」


「そうですね。実際にやってみながら覚えていくのがいいでしょう。すぐに慣れると思いますので私がお教えします。誰か、色紙しきしを持って参れ!」


 兼家が使用人に声をかける。こうもすんなりと進んでくれると嬉しい。

 兼家だけでなく、伊尹の後ろ楯も貰える。国を見渡し、変えていくことができる。


 農地の改革が大幅に進んだのは安土桃山時代以降だ。関白の豊臣秀吉が兵農分離と太閤検地をやって農民が農業に従事できるようになったからで、この時代でも政策を取っていけば農業事情は改善できる。飢饉を無くせはしないだろうが減らす事はできるはずだ。……あ、そうだ。


「兼家様、摂政や関白と言ったものを聞いたことがございますか? 官職の名前に見当たらないのですが」


「はい? 摂政、関白は官職ではございませんよ」


 ん?


「帝が幼かったり、故あってお后がご即位なされた時に治世を補佐する者を摂政、帝が成人なされても続けて扶翼する者を関白と呼びます。官位は無く例外官です。祖父の忠平ただひらが関白の任に就いていましたが、亡くなってからはお帝は関白をお就けになられておりません」


 そういう事だったのか。今この次期にはいないだけで元々あたってた人はいたのか。

 確か聖徳太子も摂政だったしな。新しく作る役職ではないのか。


「村上帝は関白を廃し、統治なさろうとしているのですが、関白を就けた方がよろしいのですか?」


「あ、いえ。そんな気にしなくてもいずれ就く人が出てきますよ」


「それはまた預言ですか? まさかお帝が……」


「失礼致します。兼家様、申し訳ございません。家中を探したのですが色紙も短冊も見当たりませんでした」


 矢平次が入ってくる。


「何? あぁ、先の合わせで使ってしまったか。いつ用意できる?」


「3日程あればご用意できるかと」


「わかった。遥晃様、申し訳ございません。この様ですので、3日程お時間をください」


「いえ、お気になさらずに。私も急いてはいませんので。本日は話を聞いて頂けて嬉しく思います。では次の休みにまたお伺い致します」


「あの、遥晃様」


 帰り支度を進めていると矢平次が声をかけてくる。


「以前ご注文なされた手袋がご用意できました」


「本当ですか? あの、早速作業に当たりたいのですがお手伝い願えますか?」


「はい。兼家様、またいとまを頂きたく存じます」


「よい。遥晃様に支えて参れ。それでは遥晃様、この件は次回と言うことでお願い致します」


……



 *  *  *


 伊尹のお陰で都を変えれる。国を変えれる。

 もう二度と、こんな事は起こさせない。

 流した憂いが見えなくなるまで目で追った。後悔を追いやって、気持ちを新たにした。




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