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遥晃の決意

 一面真っ白な空間に立っていた。


 地面と空の境界が無い、白の世界。

 ぼんやりと辺りを見回す。


 あぁ、これは夢か。


 少しずつ思い出してくる。正宣の家に戻り、赤痢にかかった正宣の父さんと吉平の看病をしていた。


 寝る間も惜しんで動いていたから、気付かずに寝てしまったのかな。


 あ! いけない! まだ2人は倒れている。早く目を覚まさないと。


 覚めろー、覚めろー。


 ……


 ……


 ……


 あれ、起きれない。夢だと気付いてるのに目が覚めない。




 もしかして、汚物を気にせず動きすぎて……俺も赤痢になってしまったのか? 寝ているんじゃなく、倒れてしまって。


 ここは死後の世界? どうしよう。家の人には近付かないように言っていた。

 放っておくといけない。


 ぐううう!


 気付けば強烈な腹痛と胃から物が込み上げてくる。


 苦しい。その場にうずくまる。

 病は怨霊、か。

 確かに、見えない霊に腹を締め付けられているみたいだ。

 断続的に圧迫感が襲ってくる。


 立ち向かおうと決めたのに。結局何もできなかったな。

 力もないくせに独りでもがくなんて……


「まったく。本当ですよ」


 声がする。背中をさする感覚がある。温かい。

 この声は……あぁ、梨花さんか。





「1人で抱え込まないでください。何回言えば分かってくれるんですか」


 でも、病気に近付くとうつっちゃうし……


「それで倒れられたら困ります。吉昌に来させるつもりですか?」


 それは……ごめんなさい。


「もう。はるさん、無茶はいけませんよ」


 無茶なんて、いや。今回は無茶をしたのかな。今まで逃げてばかりだったから。


「そんなことないですよ。はるさんにはずっと助けられてます」


「父ちゃん、俺もよくなったよ!」


 吉平。大丈夫なのか? まだ安静にしろよ。


「うん! げんきになったらみやこの人を助けにいくんだ!」


 いや、吉平は頑張ったよ。後は父ちゃんがやる。吉平は家の中を守ってくれ。


「なら、早く良くならないとな」


 正宣? なんでお前が出てくるんだよ。あれ? 2人は? 梨花さんと吉平が居なくなった。

 おい、正宣。梨花さんを返せ。


「何を言ってるんだ。大丈夫だから楽にしろ」


 何が大丈夫なんだ。誰も居なくなったじゃないか。梨花さんを返せよ。「梨花さんを」


「かえ……せ?」





 目が覚めた。布団に寝かされていた。吐いたもので喉が詰まらないように横向きに。


「気が付いたか! 遥晃!」


 屏風で仕切った部屋のなか。目を赤くした正宣と梨花さんがいた。


「2人とも……入ってきちゃいけないのに……」


 病気が移っちゃうよ。そう口にしてみたものの、2人を見ると安堵してしまった。正宣はあれから思い立ち、こちらに向かってきたらしい。正宣の機転のお陰で助かった。




 *  *  *



 吉平と正宣、梨花さん……いや、この家にいる人達全員だな。


 皆が的確に動いてくれたお陰で家の人は全員無事だった。俺たちは快方に向かい、事なきを得た。


 正宣親子には、多大に感謝された。

 こっちこそ、正宣に助けられた。勇気も貰えた。

 それに、俺は殆ど何もできていない。一番の功労者は吉平だ。小さくても、この子は真の勇者だった。





 都も、僧侶たちのお陰で大きな広がりは抑えることができた。

 迅速に情報を伝達したお陰で、防疫の意識が共有できたのだろう。


 それでも、栄養不足の庶民だ。体力が尽きて死亡した者もいる。


 およそ500人。


 小さい子供が殆どらしい。大流行を防ぎ、10万人の都市でそれだけ死者を抑えることができたのだから、ましではあるのだろう。

 ただ一言指示を出しただけなのに、僧侶は機敏に動いてくれた。

 俺のお陰だと感謝される。そんなわけないだろ。都で活躍したのはあんたら坊さんたちだ。子供が多数亡くなったのは心惜しいが、都を救ったのは間違いなく彼らだ。





 *  *  *


「田坂村と言いましたね。詳しくお聞かせ願えますか」


 兼家に会う。従者達も発症することなく、無事だった。

 一連の事件は一応の収まりを見せていた。


「はい。国政で秘匿すべき事なのですが、遥晃様には伝えるべきだろうと思っておりました」


 つらつらと事件の発端を説明される。

 話を聞くうちに茫然としてしまった。





 始めは、雨の不足。全国的に雨が降らなかった。


 多数の地域で不作になっていたらしい。

 そこで取った都の対策は、地鎮と称して祈祷を増やす事だった。

 祭事のために、不作の村に追加で徴税をしたらしい。明らかに悪手だ。


 それで、食べるものに困り、行き詰まった田坂の村民が都に矛先を向けて襲ってきたということだった。


 この1年を振り返る。


 思い返せば。


 思い返せばいくらでもサインはあったじゃないか。


 雨乞いも頼まれた。

 逃げなければ、少雨だったと気付けたんじゃないか?

 

 米の値段だって上がっていた。

 都で物価が上がり、盗賊も増えたって噂されてたじゃないか。


 祭事も多かった。

 何も考えず、酒を飲めたなんて浮かれていた。


 逃げなければ気付けた事だった。もっと動いていれば、考えていれば。都への襲撃を防げたんじゃないか。


 事が起こった後でも、すぐに対処すれば病気を防げたかもしれない。

 どの時点でも……逃げなければ事を大きくせずに済んだんだ。吉平も苦しむことは無かったんだ。


 逃げたことで1つの村が滅んでしまった。都に危機が広がった。

 人が死んだ。家が燃えた。

 家族にも危険が及んだ……




「兼家様。私に、まつりごとの手解きを願えませんか」


 俺は静かに決意を固めた。




これでこの章とともに、第1部が完結しました。


連載を開始して2ヶ月、なんとか折り返しまで筆を進めることができました。

歴史物が好きで、でも他の戦国作品に埋もれてしまうんじゃないかと平安時代を題材に書き始めました。

考証も杜撰な素人小説ですが、皆さんに多大な応援を頂だき、ここまで辿り着くことができました。


感謝の気持ちで一杯です。

お読み頂だき、ありがとうございました。


次回から少しずつ舞台を移して話を進めていこうと思います。

引き続きのご愛顧とご指導の程、どうぞよろしくお願い致します。



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