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浄霊

「父ちゃん、きをつけてね!」


「あぁ。父ちゃんいない間、しっかりするんだぞ。大監物様、しばらくお願い致します」


「こちらも正宣を頼む」


 翌日、すぐに浄化作戦に移る。正宣と共に兼家の屋敷に向かった。





 顔は目だけ見えるようにして手拭いで覆う。

 手は布を巻き付ける。足は革足袋を用意してもらい、服の裾を紐で縛り肌の露出を防ぐ。


 防水処理もしていないから少し心許ないが、今はこれだけしか用意出来なかった。


 近代まで治療法の確立していない病気はいくつもある。

 抗生物質も作れないし、ウイルスだけじゃなく、細菌による病気でも治すことができない。

 もし病気が蔓延してしまったら、まず助からない。

 治療もせず、祈祷にすがって苦しみ逝くだけだ。


 その大元に行くのは事実怖いけど、感染病が広まってしまえば同じだし、いつまでも放置されてたら沈静することはない。

 まだ病気が出ていない今のうちに行かなければならない。




 意を決する。

 できるだけ現場で喋らなくてもいいように説明を済ませる。と言っても灰をかけるだけなのだけれど。


 厚手の防水の施した手袋ができるまでは、死体に触らない方がいい。


 顔を覆った不気味な一団で右京の事件現場へ向かった。




「朝廷の命により、しばし立ち入りを禁ずる」


 火事からしばらく経っているから野次馬も減って来ているけど、それでも人は来る。

 解体作業を進める職人もいるし、死体を気にせず近くを通る人もいる。


 立て札と紐で立ち入り禁止区域を作った。


 関係者以外が入れないようにして、死体に灰をかけていく。

 かけると言うよりは埋めると言った方が正しい。

 燃え尽きた家から灰を取り、被せていく。




 歴史上、大量死を起こした病気は何だっただろう。

 歴史の授業を思い返す。


 確か、江戸時代にはコレラとか天然痘が流行したんだったな。

 ヨーロッパではペストが有名か。

 インフルエンザはこの時代にもあるのだろうか。

 いや、病気の原因も分からない時代だ。騒がれていた病気は解明されていないだけでこの時代にもあるんだろう。


 肺結核、チフス、狂犬病……


 もしかしたら今この時に保菌しているのかもしれない。


 想像するとわなわなと震えてくる。ここに、彼らを連れてきて良かったのだろうか。俺は来るべきじゃなかったのでは無いだろうか。


 死の陰がちらつく。

 正宣の家で決意したはずなのに、いざ死体の中に飛び込むと最悪の状況を連想してしまう。




 皆を眺める。俺の話を聞いてくれて、何も言わず手伝ってくれている。

 病にかかる可能性を説明しても、それでも来てくれた。


 俺が言い出したことじゃないか。


 もう、来てしまっている。腹を括ろう。

 正宣と兼家の使用人に懺悔の気持ちを抱きながら作業を続けた。


 皆のお陰で日が傾く頃に作業は終わった。





 兼家の屋敷に戻る。前もって入り口には灰を撒いていた。靴で踏み、門を通る。


「只今戻りました!」


 中に聞こえるよう大声で伝え、屋敷には上がらず、庭を横切る。

 伝えてあった場所に、桶と熱湯を用意してもらった。


 お湯に着ていた服を漬ける。

 裸になって湯殿へ向かった。


 湯殿、貴族が御祓みそぎの為に使うお風呂場だ。石鹸で体を洗う。入浴は出来ないが、これで表面は綺麗にできたと思いたい。




 服を用意してもらい、屏風で仕切った一室に皆でこもる。病気が無いと安心できるまで接触を避ける。

 もし、俺たちが病気を持って帰ってきてたら、兼家の屋敷が全滅してしまう。


 風下に部屋を作ってもらい、10日間住まわせてもらう。


 もう、出来ることはない。後は天に任せるしかない。





 兼家には、散々良くしてもらった。服も棲みかも、神事に使うはずの湯殿も快く許可してくれた。


 ずっと逃げて来たのに。

 兼家から避けてきたのに俺の要求を全て聞いてくれた。

 ここにいる皆も、自分をなげうって従ってくれた。


 俺は自分の事しか考えていなかったのに……




 今までしてきた事を省みる。

 皆のためにも病を防ぎたい。心配が杞憂であってほしいと望んでいた。




 *  *  *


 親父の家に来たお陰で兼家と遥晃の魂胆が見れた。

 それにしても、遥晃は気味が悪い。

 未来を予知する力を持っているのだろうか。病が都を襲う……奴が言っているとなると強く否定することが出来ない。


 先手を打って恩を売るべきだな。




 親父に代わっておれが忠行に話をつける。

 忠行を呼び寄せ、事のいきさつを話してやった。


「と、言うわけだ。祈祷を頼めるか?」


 忠行は少し時間を置き、頷いた。こいつも遥晃の預言を目の当たりにしている。

 すぐに話を信じた。


 兼家の手柄にはさせて堪るか。病が起きようが起きまいが、奴の好きにはさせぬ――


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