検非違使
遥晃様の要望に応えるため、父の屋敷へ向かう。
検非違使を動かしてもらうよう依頼する。
「父様、遥晃より要求がございます」
「おぉ、何か術を見せてもらえるのか?」
歌を詠むのを止めて嬉々として振り向いた。
遥晃の話を説明する。
右京の大火で出た死人が、近く怨霊となり都を襲う恐れがある。
火葬するか、埋葬し弔う事が最善であるが、一刻を争う。
遥晃が大規模な除霊をしたいが、人手が足りない。検非違使を使い、儀式の準備を手伝わせたい。
「ふむ、天変の次は疫災の預言か。急ぎ必要とな。10人程なら手配できるが、忠行に知らせ無くてよいのか」
「はい。出来るだけ早くと申しておりました。2日以内を所望してましたが、早ければ早いほどよいか……」
「駄目に決まってるだろう」
話を遮られる。振り返ると兼通兄が立っていた。
「見慣れた車があると思えばお前か、兼家。こそこそと何を企んでおる」
敵意を露に兼通兄が問う。
父に伝えた事と同様に説明する。
「ふん、聞いてみれば可笑しな事を。雑任に公民の死体処理を依頼され、国が京職を動かすのか?」
「そのような捉え方はやめてください。遥晃の預言は以前も当たったでしょう。その者が再び危惧してるのです。即刻動くべきです」
「陰陽頭へ進言もせず、か。死体などこれまで都に溢れていたではないか。今に始まった事ではない。お前も言われたことをほいほい信じるな。少し考えてみろ」
したり顔の兄が続ける。
「そもそも除霊をするのであれば検非違使ではなく陰陽師に依頼するのが自然ではないか? 一切伝えようとしないこともおかしい。この度の大火は右京の、遥晃の小屋の周りで起きたのだろう? 奴の身辺の遺体の処理をお前に投げつけようとしてるのがわからないのか?」
「そ、それは……」
「動ける人間を寄越せと言ってきてるんだ。それに乗じて右京の復旧も手伝わせる魂胆に違いない」
「そのような事はありません。彼は危機を察知し、動こうとしているのです! 都の大事には助けると言っていました。今回も……」
「今回の大火は大事では無いと言うのか?」
「そ、それは……」
「遥晃を気にかけるお前なら噂も届いておるだろう。自宅が燃えるのに何も出来ず逃げ出したと。術も使えないと言う話も聞いたぞ。そもそも、預言を披露するならば賊の襲来と大火の話をすればいいのではないか? お前は賊の話を聞いていたのか?」
「……いえ」
「自分の都合のいいことだけを考えるからそうなる。本当に除霊を行うのであれば陰陽師を遣わす。愚民の使役に検非違使を動かすのなら俺が許さん」
「それでも……いえ、分かりました」
超子を助けてくれたときも奇抜な事を言っていた。彼の言動は兄達には不審に映るのかもしれない。父も訝しんでいる。遥晃様との約束は果たせなかった。
父は私の話を譲歩して、忠行様に祈祷の手配を遣わした。
兼通兄はいつの頃からか官位に執着するようになった。
父はそれを知りながら敢えて私に良くしようとしてくる。
昔のように兄弟で共に未来を語り合いたい。
今では私の成すことを遮りに来ている。
いや、兼通兄の言うことも分からないでもない。術を目にしなければ、疑うのも仕方がない。
しかし、遥晃が進言してきたのだ。私を頼ろうとしている。
彼の依頼はなんとしても応えねば……
牛車に揺られ、頭を抱えた。
* * *
遥晃様は既に大監物の家に戻ったらしい。
家の者を集め、いきさつを伝える。
遥晃に言われた、病の危険があることを伝えても、皆従ってくれた。
動けるものを選抜し、遥晃様の元へ急ぐ。
「遥晃を呼んでもらいたい」
「かっ! かねかねかかねかねかね……!」
「平伏さずともよい。顔を上げろ。急ぎ呼んで参れ」
「はひ! はわわわわわわ! 遥晃! かねっ! 兼家様がいらしたぞ!」
転がるように男が家に戻り、遥晃を連れて来る。
「申し訳ございません。見栄を切ってしまいましたが検非違使を連れて来ることは叶いませんでした」
遥晃様の顔が曇る。
「で、ですが、早急にとの事ですので動ける者は用意いたしました。私の元に仕える者がいますので、どうぞ使ってください」
「いいのですか? あ、いえ、以前申しました通り病を患う危険がございます」
「それも理解しております。私共、遥晃様の為に動きます」
「そ、そうですか……いや、急ぎ済ませなければならないことです。申し訳ございません、よろしくお願いします」
紆余曲折はあったが、遥晃様の期待には添えることができた。
「骨を砕くつもりでやらせていただきます」
「え? いえ、兼家様は屋敷に残っていてください」
「いや、私も働かせてください」
「それはなりません!」
「お止めください!」
前から後ろから止められる。兼通兄に言いくるめられた不甲斐なさを労役で報いたい。
「兼家様! 屋敷でしてもらいたいことがございます! そちらでお待ちください!」
執拗に止められた。やり場のない我が身が虚しかった。




