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逃避

 煌々と炎が上がっている。一帯は火の海になっていた。


「遥晃、おい! しっかりしろ!」


 検非違使に肩を揺すられる。ぼんやりとしていた思考を呼び戻される。


「頼む! このままでは都が燃えてしまう! 火を消してくれ!」


 ……狡猾な性格を気付かされる。


「雨を降らせてくれ! 火を消してくれ! 術を……」


「すみません。自分にはそんな力が無いんです」


 何度と言ってきた言葉を繰り返す。


「そんな! 我々では間に合わないのだ!」


 無謀にも桶を持って水をかけている人を眺める。

 もう、大規模な火災が起こっている。

 手遅れだ。


「すみません。」


「あ、おい! 遥晃!」


 懇願を払いのけ、逃げ出した。





 はぁっ、はぁっ……


 息急き切ってその場から離れる。

 中途半端に。

 中途半端に噂に喜んでいた。

 貴族に目を付けられたら困る、対処出来ない事が起これば何も出来ない、そんなことを言っていながら褒め称えられる事に酔っていた。


 のらりくらりと他人を避けて、噂が広まることに喜んでいた。


 火に炙り出されて醜い心が剥き出しになる。


 彼らからしたら裏切られた気持ちだろう。

 困っているのになにもしない。


 噂を放置してたせいで彼らを落胆させただろう。


 いくらでもやりようはあった筈だ。

 近くに口の軽い人間がいる。四方から術は嘘だと、ただの勘違いだと話を広まらせれば噂も落ち着いたかもしれない。


 話が盛り上がるのを眺めて楽しんでいたんだ。



 分かってることじゃないか。俺には何も出来ない。


 その事を放置してきたせいで皆を困らせる。


「あっ、遥晃様! どうか都をお守りください!」


 俺に気付く人に助けを求められる。


 心が苦しくなる。


 今までのつけが回ってくる。




 人通りのない道でへたりこむ。

 都は蟻の巣をつついたように騒がしかった。


 梨花さんに会いたい。そうだ。梨花さんは? 平昌は?


 あの暴漢達に襲われてないだろうか。守るって言っておきながら安否も確認せず逃げ出してしまった。


 何をやっているんだろう。しっかりしろ。

 落ち着け。


 皆を探さないといけない。落ち着いて考えろ。


 携帯なんて無いからはぐれた人を探すのも難しい。1人でうろうろしてもしょうがない。


 吉平は正宣の家に預けていた筈だ。

 正宣。彼なら情報収集も長けている。一緒に探してもらおう。


 梨花さんも吉昌もきっと逃げ出せた筈だ。信じよう。





「はるさん!」


 正宣の家に行くと梨花さんも吉昌もいた。

 右京の噂を誰よりも早く聞きつけ、梨花さん達を見つけ出しかくまってくれたらしい。


 なんだよ。よっぽど術師より有能じゃないか。


「ありがとう、正宣」


 感謝してもしきれない。


「困ったら助けてやれって言われてるしな。家も燃えてしまっただろう? しばらくここで暮らせ。ところで、術で火を消さないのか?」


 いつだって正宣は我が家の救世主だな。

 もう、術師を騙るのはやめよう。はっきりと否定しなきゃ。


 俺は改めて正宣と、自分と向き直した。



 *  *  *


 火事は2日続いた。

 延焼は俺の住んでた区画を過ぎた所で止まった。

 密集していた一帯は炎に包まれたが、火の粉のかからなかった区域は道を隔てて無事だった。


 火消しのための家屋破壊は普及していないみたいだけど、道幅が広いお陰で延焼を止められている。


 無意味だと思っていた道幅も、実は理由があったのだろう。




「なんでそんなことするんだ?」


「いや、結局何もできず逃げただけだし、変に期待されても動けないんだよ」


 正宣に噂を広めてもらうよう頼む。


 俺は術師でもなく、何も出来ない。火を見ても怖じ気付いて逃げ出したと伝えてもらう。


「だってお前、飴も作ったし箱も透視してたじゃないか。俺は実際にこの目で見たんだぞ」


「あれには理由があるんだよ。知っちゃえば術じゃないってわかるさ」


「でも、あれは確かに飴だった。食べたしお前に買えないことくらい……」


「飴の作り方は教えることは出来ないけど、他は何でも説明するよ。俺は術師じゃない」


 納得いってない正宣だったが、噂が流れればきっと俺のことも鎮まってくれるだろう。

 逃げ出した所も見られているんだし、何もしなかったと不満に思う人らもそうやって俺を悪く言ってくれる筈だ。


 種を明かしてひっそり暮らそう。




 正宣の家での生活は快適だった。

 使われていない部屋を借りて、一家をそこで住まわせてもらう。

 一部屋が家よりも広い。少し寒いけどのびのびできる。


「狭い家にしか住めなくてごめんね」


「何言ってるんですか。皆で生活できるならどこも変わらないですよ」


 もう、兼家とも関わることもないだろう。ちょっとは夢に見た貴族生活も可能性は無くなった。



 *  *  *


 後日、右京大夫に住まいを決めてもらう。

 場所は変わらなかった。復旧が済めばまた住むことができる。


 この時代は住む場所が決められていて、勝手に引っ越しもできない。

 公営住宅に家を割り振られて生活している。


 その割りにこんな災害が起きても手当ては無いんだけど。

 仮設住宅も提供してもらえないし、家財も補填なんて無い。


 偶然にも味噌を運び出せたから、完成すれば結構な金にはなる。

 この辺に住む人達は俺と同じく生活はギリギリだから、この火事で致命的な打撃を受けたかもしれないけど……


 いや、何も出来ないんだ。助けることはできない。

 正宣に助けてもらって何とか生き延びている。奇跡に感謝しよう。自分のことだけで手一杯だ。




 大規模な災害だから、元に戻るまでには時間がかかるだろう。

 燃えた材木を運び出している。

 一面が焼け広がり、住宅街だったところが荒野になっている。


 どこかしこに死体が転がり、放置されている。

 腐り始めているが、顔の形もまだ認識できる。

 ガリガリに痩せ細っている強盗だ。物価が高騰したせいで食うのに困ったのだろう。服もみすぼらしい。


 にしては変だな。以前に見た浮浪街の人間は、そこまで活発なのはいなかった筈だ。無気力に物乞いをするばっかりで、ここまで襲ってくるようなのは見なかった。




 不幸にも襲われた人や、強盗がそこかしこに横たわっている。

 何日も経ってるのに放置か。住む頃になってもこの臭いが落ちていなかったら嫌だな。




 ん?



 ……い、いけない!

 見渡して、自分の過ちに気付く。まだ、やらなきゃいけないことが残っていた。




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