非日常
「枝作! 枝作ー!」
ついに枝作まで息が止まってしまった。食べ物も無くなって骨のようになった息子が死んでしまった。
今年は雨が降らなかった。川から水を運び続けたが稲は枯れてしまった。
俺の所だけじゃない。村の皆が飢えていた。
必死に生き延びようと藁でも土でも食って凌いでいたが、もう限界だ。
数人に声をかけ、長のとこへ向かう。皆痩せ細っていた。
「長! もうダメだ! 俺達皆死んでしまう!」
「郷長も逃げてしまった。蔵にもなんも残ってねぇ」
「米もできねえのに税は増えてしまった。おらたち限界だ」
口々に訴える。長に言っても仕方ないが、不満をぶつけた。
「村を出ても生きていけねぇ」
長は皆の話を聞くと静かに語りだした。
「かといってこのままでも皆死んじまう。おい、あれを」
稲の束を持ってこさせる。
「次の田植えに使う米だが、このままでは植えることすらできんだろ。もういい。最後に食おう」
達観したような面持ちで長は続けた。
「もうワシらは死んだ身だ。術師が言ってたがこんな状況でも都は飯が溢れとるらしい。村は困っても助ける事もせん。税も増やしおった。最期にわしらの恨みをぶつけたい」
話を聞いて賛同する。もう考えることすら出来ない。
米を貰って食べた。火を通す時間さえ惜しい。生のまま飲み込む。
久しぶりに腹が膨れた。
生き残った人達を集める。もう、死ぬことに未練はない。
地獄以上の苦しみを味わったんだ。俺達で都の人間に恨みをぶつける。
俺らから食べ物を奪うだけで、助けてもくれねえ。
長の話す都の生活に怒りが込み上げる。
枝作は死んでしまった。利口で可愛いやつだった。
都が俺達からなにもかも奪っていったんだ。許せない。
一人でも多く殺す。死んでも呪ってやる。
皆の決心は固まった。
種籾も食ってしまった。もう俺達に戻る場所はない。
* * *
検非違使を追うように家の方へ向かう。
見物に向かう者、火から逃げる者、近付くにつれ人々の混乱が増していく。
「鬼が襲ってきた!」
火の手から逃げる人々が鬼が来たと叫びながら去っていく。
人の流れに逆らって辿り着くと絶望的な状況だった。
火は、まだ家には届いていないが同じ区画で上がっている。
木造の住宅が密集して、風下にあたる。火が次第に移ってきている。
水をかける程度では対処できないが、水をかけることくらいしか出来ることが無い。
確か江戸の火消しは建物を壊して延焼を防ぐんだよな。
……駄目だ。そんな事俺だけじゃ出来ない。
梨花さんは? 吉昌は?
安否が分からない。家に近付こうとしたら検非違使に止められた。
「おい! 危ないぞ離れろ! ん? お前遥晃か」
「いや、ここ……俺の家が」
「鬼が来ている。こっちで対処するから遥晃は下がってろ」
いや、火が。家が。
やり取りをしてるうちに火が広がっていく。
すると火の上がった家々から鬼が出てきた。
死の縁から出てきたようにわらわらと鬼が溢れてくる。
鬼……いや、人だ。頬が痩けてみすぼらしいなりをしてるが、人間だ。強盗が増えたと言っていたが徒党を組んで襲ってきているのか。
棒を持って、こちらを敵視している。
目が合うとこちらに向かってきた。
「なにくそ!」
向かってきた鬼に検非違使が立ちはだかる。
戦闘が目の前で繰り広げられる。
いや、戦闘と呼べるものではない。
武器も、体躯も歴然とした差がある。一方的な虐殺だった。
鬼が殺されていく。火の手が回ってくる。
住み慣れてきた土地で非日常が起きている。
あれ? 何が起こっているんだ? 梨花さんに味噌を家から出すように言われて、都を歩き回って……なんでこんなことに。
あ、梨花さんは? 吉平は正宣の家に……梨花さんと、吉昌。
「り、梨花さ……ヴォエ」
眼前の光景に吐いてしまう。
「おい、こいつは放心してる! 誰か運んでやれ!」
誰かに肩を担がれる。されるがままに引き摺られていく。
あ、俺の家に火が移ってしまった。
「ほら、しっかり立って」
「うん!」
「こっちが今回で、これは春に測った時のだよ。大分伸びたな」
「本当だ! もっと大きくなれるかな」
「あぁ、しっかり食べて、いっぱい運動したらすぐ大きくなるよ」
「父ちゃん! 僕も!」
「よし、次は吉昌だな」
「あれー? 前は点けれた筈なんだけど」
「はるさん、その木湿ってるんじゃないですか?」
「え? うあっち! あつっ!」
「もう! なんで手で触るんですか! 気を付けてくださいよ」
「父ちゃん、暴れたらあぶないよ」
「……ごめんなさい」
「ふふふっ」
「あははは!」
思い出の詰まった家が燃えている。煙に変えて空に消えていく。
人が死んでいく。鬼に化けて殺されていく。
力なく眺めるしかできなかった。
俺は、自分の無力さを見せつけられていた。




