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味噌と一条戻橋

 大豆はすっかり葉が落ちた。鞘を揺すってみるとからからと音がする。


 ついに収穫できる。

 両隣の人を集めて株を抜いていった。麻布の上に広げて棒で叩く。

 すると鞘から大豆が出てくる。


 農薬を使わないせいか虫食いのものが多い。細い芋虫みたいなのが鞘の中で豆を食っていた。

 味噌にする分には問題ないので手作業で選別して虫食いをもらうことにする。


「最近、強盗が増えてきてるみたいですよ」


 世間話を交えながら作業を進める。冬に近づいてきて、治安が悪くなってるようだ。

 商人も値段を釣り上げてきてるようだし、周りの人たちは生活が少し苦しくなっているらしい。


 兼家に米を貰えて本当によかった。お陰で我が家は不自由なく冬が越せそうだ。

 いや、大豆も栽培ができたから、今年に限ってはこれを売って凌ぐこともできただろう。両隣の人達も今年は裕福な暮らしができるはずだ。


 取り敢えず治安がよくないみたいなので、家の安全と吉平の送り迎えだけは気を付けるようにしよう。




 選別すると豆は5升、虫食いは2升あった。

 結構食われるもんだな。


「私達はほとんど作業もしていませんし、少しでも頂けるだけで嬉しいですよ」


 均等に分けようとしたけど、両隣からは遠慮された。


 結局、虫食いは全部俺が処分。

 5升のうち、1升を集金屋に。1升は来年の栽培用に。残りの3升を3軒で分け合った。




 *  *  *


 集金屋も驚きつつ喜んでくれた。これで来年から少しずつ大豆を布教していけるかもしれない。


 来年こそは他の野菜も育てれるようにしよう。そしてこの一帯を大穀倉地帯にして味噌と醤油を浸透させる。


 夢が広がるな。その前にまずはこれで味噌を作ろう。


 醤油も作りたかったけど、量が少ないから今年は味噌だけにしよう。

 ちゃんとできるかも分からないしね。




 大豆を水洗いしたあと、水に浸けて吸水させる。

 一晩置いた後に煮る。

 ざるで水を切ったらすり鉢で大豆を潰す。

 麹と塩、水を混ぜて鍋に詰める。

 蓋をして重石を乗せたら寝かせて、春には完成だ。


 物置にしまう。畑に移植してきた生姜もにんにくも掘り出してる。葛の根も芋も採ってきた。冬支度は完璧だ。



  *  *  *


 数ヶ月経った。季節はすっかり冬になり、夏の暑さが嘘みたいにめっきり寒くなった。

 味噌の発酵は上手くいったみたいで、物置からは芳醇な味噌の香りが流れてきている。


 たまに確認してるけど、腐ってる様子もないし、カビも出ていない。


 順風満帆だったけど梨花さんの顔が日に日に悪くなっていった。


「はるさん」


 梨花さんが思い詰めたように話しかけてくる。


「ずっと我慢していたんですけど、物置の豆の臭い、ちょっと耐えられないです」


「え、あの香りがいいんだよ。春には美味しい味噌が……」


「ごめんなさい! これだけはお願いします! どっか外に持っていってください!」


 梨花さんに言われて渋々土器を抱えて外に出た。





 どこに持っていこう。宛てもなく洛中をさ迷う。麹の香りが駄目だなんて、もったいない。


 大舎人寮で預かってもらえないかな。路肩に置いて盗まれても困るし、宮中に向かう。




「あぁ、遥晃どうし……むぁっ! 臭い!」


 職場でもひんしゅくを買った。


「何てものを持ち歩いてるんだ! どこかに置いてこい!」


 なんだよ! 糞便も死体も放置してる町中の方がよっぽど臭いじゃないか!




 この調子じゃどこも受け入れて貰えない。正宣もきっと嫌がるだろう。


 都の外れまで来てしまったけど、結局置き場も見つからなかった。


 もう駄目だ! 重い!


 何キロもある土器を抱えて歩き回ったけど、もう疲れた。

 しょうがない。ここなら人通りも少ないし、しばらく置かせてもらおう。


 都の外れにかかった橋の下に土器を隠す。家から大分離れてるけど、もう持ち歩けるほど体力が残っていなかった。


 仕事帰りに見に来るから、すまんがそこで待っててくれ。


 そう言い聞かせて家に帰る。




 結構歩き回ったな。大分時間が経ったみたいだ。


 味噌が出来たら酒も作ってみようかな。前に頂いたものはとてもじゃないが甘すぎた。

 発酵が上手くいってないのかアルコールが少なく、糖が残りすぎている。


 酵母は嫌気下でアルコール発酵するから、上手く密封できなかったのだろう。

 このままあの酒飲みに飲酒を続けさせると糖尿病で早逝されてしまう。


 ちゃんとした日本酒なら兼家といくらでも飲み交わせる。ろうそくも作って酒も作って。

 少しずつ暮らしを変えていけるぞ。


 のんびり思案しながら歩いてると武装した検非違使に追い越される。


「右京で火が上がっている! 急げ!」




 彼らの声を聞いて家の方角を眺めると、白い煙が上がっていた。



これでこの章は終わりです。

お読みいただきありがとうございました!

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