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秋の宴

 不安を抱きながら月日が過ぎていったが、特に問題は起こらなかった。

 吉平も保憲もうまくやっているようだった。


 気になる事と言えば、祭事が増えた事だろうか。保憲の父、加茂忠行が取り仕切り、頻繁に祈祷を行っている。


 流星群に恐怖しているのだろうが、こちらは休みを返上して準備だなんだと駆り出されている。

 会場の設営から、催し後の宴会まで。雑用として連日走り回っていた。




「おいい、はるあきらぁ」


 空いた酒器を下げていると、声をかけられる。すっかり出来上がっている兼家だった。


「おい、なにやってる。ちこう寄らんか」


 兼家が言うんだから大丈夫だよな? 周りにいる貴族の視線が気になるが、近付いて平伏す。


「おい、顔を上げんか。こっちが兄の伊尹だ」


「お前が遥晃か。兼家から話は聞いているぞ」


 頭の上で声がする。まずい、たしか右大臣の長男だ。対応を間違えば首が飛んでしまう。酔っている兼家に構うと行動を誤ってしまうかもしれん。


「遥晃、無礼講だ。お前にひとつ聞きたいことがある」


 伊尹に尋ねられる。


「この度の件は忠行に任せて成るものか? 兼家も不安に思っておるようだ」


「私が困れば助けてくれると申しただろう。あー困った困った。私は困っておるー」


 酔っ払いの合いの手が入る。下級官が物申して大丈夫か? 無礼講の言葉を信じて伊尹に返答をする。


「はい。問題はございません。元より大事にはならないと思っております」


「では天変を預言したのはやはり遥晃であったのだな」


 あ


「……はい。申し訳ございません」


「何を謝る。数々の噂は私の耳にも入っておる。私も力を貸してもらえると嬉しいのだがな」


 保憲にも吉平にも口を固くと言ってるのに自分がこれだと示しが付かない。


「この凶事も天変と繋がっておるようだから遥晃に対処してもらえたらと兼家も言っておったのだかな。忠行が鎮めれるのならそれでもいいのだろう」


「私は不安だぞ、伊尹兄! ええい、遥晃! いつまで顔を伏せておる! ほれ! お前も飲め! 遥晃様、こちらを召し上がってください」


 兼家に引き起こされ、椀を渡される。顔を赤くし、目を座らせた兼家が酒を注ごうとする。


 え? いいの? 対応がわからない。伊尹をちらと見ると「いい、飲め」と言われた。


 兼家に酌をしてもらう。やった。飲んでいいなら飲ませてもらいます。

 この時代に来てお酒は飲めていなかった。日本のトップがいいと言ってるんだ。飲まなきゃ失礼だよな。


 兼家になみなみと注がれる。トロリと粘性を持ったどぶろくだった。


 太古のお酒。こんなものを飲めるなんて。ありがとう兼家。やはり食べ物の力は絶大だ。兼家に忠誠を誓いたくなる。


 ごぶ


 口に含むと危うく吐き出すところだった。危ない。貰ったものを吐いたらいくら無礼講でも収まりがきかない。


 飲み干さなければ。椀から溢れそうな程の酒を一気に口に入れる。

 粘りけが喉に絡み付く。血が熱を持って目の奥が痛くなる。


「か、かは」


 なんとか飲み込めたが、味が口の中に残っている。


 甘い。甘すぎる。


 日本酒に砂糖と片栗粉を混ぜたような味だった。一杯の酒で血糖値が上がったかと思った。


「か、兼家様。けほっ、これはあまり飲んではいけません。お体に障ります」


 つい口から出てしまう。駄目だ。口の中が甘い粘りけにまとわりつかれている。


「ははは! さすがの遥晃も酒には疎かったか。これはな、こういう飲み物なのだ。飲むと気がよくなるぞ。はよう上がってこい。酒の味を覚えさせてやる」


 いや、アルコールじゃない。味が駄目なんだって。こんなもの常飲してたら体を悪くする。今まで宴会見てきたけどこの人たちはこれを飲んでたの? 


「兼家、遥晃はおよそ酔いが深いことを指摘してるのだと思うぞ。今日は飲みすぎだ。そろそろ控えろ」


「何を言ってる。私はまだ酔うておらん。まだ宴も始まったばかりではないか。ほれ、遥晃、杯が乾いておるぞ」


「あぁ、もういい。遥晃、もう戻って良いぞ。また機会があれば話を聞かせてもらう」


 さらに酒を勧めようとする兼家を制してもらう。

 伊尹、言われてるほど厳しい人では無さそうだった。


 初めてのお酒はいつまでも余韻を残していた。



 *  *  *


「おい、遥晃。お前も聞いたか?」


 悲しい報せは急に訪れた。


「ここに魚と言って売り付けてきた女がいただろう。あれ、蛇だったらしい」


 太刀帯たちはきが鷹狩りに行った時に蛇を捕まえてる所を目撃したらしい。


 いずればれるだろうと思っていたが、ついにその日が来てしまった。


 皆、注意せずに買い食いするといけない等と言い合っている。


 気付かなければ美味しいと思っていただろうに。


 これを機に蛇は美味しいと知って食べるようになればよかったけど、そうはいかなかった。

 楽しみがひとつ無くなってしまった。


 秋は寂しさを添えて深まっていく。


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