勉強会
保憲との勉強会も大分回数を重ねた。
しかし、相手は40代のおっさん。やはり理解するのに時間がかかっている。
「わ、我々がいるこの大地も星で、太陽の周りを廻っている……しかし、月はこの星の周りを廻っている。ううむ、言われてることは分かるのですが、頭が追い付かないです」
保憲は今のところ口外はしていないみたいだ。
流星群も加茂忠行、保憲の父さんが取り成してくれたらしい。
保憲が家に来ていることも、俺が教えた事も広まってはいない。
兼家も訪ねて来ることはない。そっとしておいてくれと言った矢先に他の人間と会っていると知ったら問い詰めてくるだろう。
現代の知識、といっても簡単な物だが保憲に教えていく。時間がかかるが頑張る姿勢は見える。きっと大丈夫だ。
それよりも……
「おじちゃん、簡単だよ。なぁ吉昌」
「うん! えっとね、これがたいよう!」
机の上に外で拾った石を置く。
「こっちがちきゅうで、これが月」
「月がちきゅうのまわりをぐるぐるしながら、ちきゅうもたいようをぐるぐる」
2人で石を動かし、保憲に説明する。勉強会に興味を持った平昌についでと思い教えたらみるみる吸収していった。
「な、なるほど。どうしてもこの大地が星であると納得できずに理解しかねていた。図で見るとよく分かりますな」
「おじさん、新しいことだから今までのはぜんぶなしにしてかんがえようって父ちゃんも言ってたよ!」
「はい。申し訳ございません」
人に教えるということは自分が理解するよりも難しい。
俺よりも上手く説明できている。吉平もだが、吉昌も末恐ろしい。
「ながれ星もたいきけんでちりがもえてるだけで、星じゃないんだよ」
「じてんとこうてんのにっすうがいっしょだから月はおなじほうこうをむいてるんだよ!」
「きょくに対して23.4°ちじくがずれてじてんしているからほっきょ……」
「あわわわわあわあわ、まっまって!」
教えてよかったのだろうか。この子達の成長に愕然とする。
「2が3こで6こ。6を3でわけると2こ」
「こーら、食べ物で遊ばないの」
勉強は平昌に火を点けたらしく、暇さえあれば2人で探究している。
「すみません、いつもご馳走になります。いやはや、3人も講師が就いてくれるお陰で勉強が捗ります」
「うちの息子達が、なんと言うかすみません」
「いえ、私の物覚えが悪いせいですよ。一緒に始めたはずですがいつの間にか差がついてしまった。しかし、私も頑張ります。こちらに来させて頂いてからすこぶる体調が良くなりました。若返った気分です」
俺も保憲も40前後。江戸時代でも平均寿命が40歳と言われている。信長も人生50年と吟っているから俺達は最早老人の域に達している。
それでも体調は悪くないし、保憲も改善されたと言っている。
やはり栄養状態が良くなったことが理由なんだろう。
摂生に気を付ければ問題は無さそうだ。
平昌も幼いし、こんな時期に家族を残して先立つ訳にはいかないしな。
「それにしてもこの子らの意欲には頭が下がります。私も負けていられません」
「あのねー、ちょうしさまとお友だちにないたいの」
「おにいちゃん、えらくなるためにがんばってるんだって」
「超子様と……なるほど……」
「保憲様、呪いは存在しないので気に病むことはございませんよ」
「はい、そうですが……」
あぁ、そうだよな。庶民の子供が藤原家に遊びに行くなんて出来そうもない。
将来天皇に嫁ぐ予定の姫には、いくら兼家と親交があっても会わせるべきではないだろう。
なら超子が后になった後だけど、そうなると内裏の中に篭っちゃって物理的に会えなくなる。
息子の恋路を応援したいけど、禁断の恋でいろいろヤバい。
いや、まだ4歳児だ。愛だの恋だのはまだ分からないんじゃないかな。
といって現状は会えないんだけど。
「保憲様、陰陽師は中宮と謁見できますか?」
「え、ええ。陰陽頭か、陰陽博士にでもなれば占卜を依頼されることもありますよ」
「この子は陰陽師になれますか?」
「ええ。この分なら齢12になれば陰陽寮に入れるでしょう。私が推薦すれば問題はありません。遥晃様も直ぐにでも入ることはできますが」
「いや、私は現状で満足してるので。そうですか。吉平、頑張って勉強したら超子様と会えるかもよ」
「ほんと! やった! がんばる!」
「やったねにいちゃん!」
「あ、しかし吉平君はまだ読み書きができませんよね。それだけは必須なのですが、いや、まだ先の話ですしいずれできるようになりますか」
平昌にはまだ読み書きを教えていない。俺も辛うじて解読できるようになったけど、この時代のみみず文字に慣れていないんだ。漢文みたいな文書も目が走る。
大舎人なら文字に出会う場面が少ないけど、陰陽師は必然増えるだろう。保憲の勉強会が終われば逆に教えてもらうか……
「もじもならう! すぐやる! おしえて!」
吉平のやる気スイッチが付いてしまった。




