師輔の屋敷にて
政務が終わると、父に呼ばれた。兄2人を交えて話がしたいらしい。先の晩に起きた天変の件だろう。仕度を調え父の屋敷に着くと既に皆揃っていた。
「遅れました。申し訳ございません」
「俺達を待たせるとは兼家も偉くなったもんだな」
「よいではないか兼通。兼家も取り入る用があるのだろう」
伊尹兄に諌めてもらうと父が話を切り出した。
「兼家も来たことだ。早速議題に移るとしようか」
陰陽師から集めた資料に目を通す。
「私は噂でしか聞いてないが、この度の天変を大舎人が予見したらしいが、誠か?」
「私も又聞きなので確証はありませんが、遥晃はそれだけの力を持っていると思われます」
超子の件、道秦の件を交えて説明する。
陰陽師でも予期し得なかった事だ。この都で彼の他には思い当たらない。
「兼家、お前はその遥晃とやらと関わっておるのだろう? お前の方から其奴に話を通して貰えるか? 噂だけでは判断できぬだろう」
「伊尹兄! 相手は舎人だぞ! 話す必要もない。忠行に任せればいいではないか」
「しかし、この件は彼が予見していたのだろう? 私も兼家の話は耳に届いておる。予てより会ってみたいと思っておったのだ」
「し、しかし……」
兄達のやり取りが続く。
「舎人だから会えぬと言うならばいくらでも位を与えればよいであろう。どこまで昇れば兼通は満足するのだ。中納言にでも推しておくか?」
「ふ、ふざけている場合では無いだろう! 伊尹兄!」
「冗談ではないんだがな」
「あの、兄様」
割って話に入る。
「遥晃自身、昇進を望んでいませんでした。理由は分かりませんが、彼は大舎人に思い入れがあるようなのです」
「それはまた不思議な話だな。兼家、人目に付かぬようにしてお前が飼いたい訳ではあるまいな?」
「いえ、道秦と術比べをしてからは音沙汰が無いのです。彼に出来るだけ静かに暮らしたいと言われ、こちらも願いを叶えると言ってしまった手前……」
「はん、雑任に舐められてるんじゃないか。お前には人を統べる力が無いんだな」
「兼通」
「いえ、その通りです。今回の事も遥晃には相談もできず」
兼通兄に冷やかされるが、言い返せない。私とて遥晃様に協力を賜りたいが、彼の意見も尊重したい。
彼ほどの実力がありながら昇進を望まぬ事にいささか謎を感じるが、うまく聞き出せなかった。陰陽師に職を転ずれば何も困ることも無い。私達も気兼ね無く接することができると言うのに。
「ではどうする。私としてもその者に話を聞くべきかと思っていたが」
「父様まで! おかしいとは思わないのですか! 地下人を呼ぶなど正気の沙汰とは思えません!」
「兼通、何をそんなに焦っておる。急事なのだ。力を持っている者に話を聞くくらい問題無かろう」
「あ、焦ってなど! 忠行を蔑ろにして話を進めても不満を募らせてしまうではないか!」
そうか。遥晃はこれを危惧しているのか。名が上がれば他の者に目をつけられる。確か大膳太夫、遥晃の父は失脚させられたはず。それを根に持っていてもおかしくない。
「兼通兄の言う通りですね。忠行様も動いた星を座に戻したとおっしゃってましたし、陰陽師に任せてもよいのでしょう」
「兼家が言うのであれば、そうすべきなのか。遥晃というものに対処させようと思ったのだがな」
「父様も異論はございませんね」
「ああ。前から言ってるが、私も老い先短い。お前達で話をまとめるようにしてくれ」
「父様、まだまだご健在です。そのような事はまだ言わせませんよ」
「兼家、いいだろう。父様も俺の意見を取り入れてくれるんだ。この家の事は俺が纏めてやる。だから父様も安心して俺に預けてください」
「兼通、そういう主張は然り気無くすべきだぞ」
「私も兼通兄に従いますよ。遥晃には何度か雨乞いを頼みましたが断られています。忠行様に対処を願います」
皆、不安なのだろう。噂でしか聞いていないが遥晃様に期待されている。私も今一度彼の法力を拝みたい。
しかし、薄々感じていたが、法力を使うことに躊躇する素振りが見えていた。
力を誇示するならばもっと大々的に主張するはずだ。困るときは助けてくれると言っていた。事が重大なれば動いてくれると期待しよう。
今はそっとしておこう。彼の望むように動くべきだ。
これでいいのでしょう? 遥晃様。