理解者
朝も早いからとすぐ家に戻った。梨花さんはどうにか落ち着いてくれたが、天体ショーは恐怖の対象なのかもしれない。平昌は怖がることもなく、夜中興奮しっぱなしだった。
「吉備津遥晃様!」
朝方、家の外から呼ぶ声が聞こえる。しばらく大人しくなってたのにまた占いを依頼する人が出てきたか。
「はい、今開けます。あの、すみませんが占いなんかは――」
「どうか弟子にしてください!」
戸を開けると陰陽師の正装、黒い束帯を纏った男が地面に頭を擦り付けている。
急いで起こすと思ったより老けていた。40過ぎのおっさんである。
「兼家様の屋敷での占覆を拝見させて頂きました! その上、天動まで預言なされるお力。願わくばご教授承りたく存じます!」
朝っぱらから家の前で土下座されても困るので、取り敢えず家へ上がらせる。
鐘が鳴っていたから5時になるか?見たところ陰陽師……だよな。仕事はいいのだろうか。
「あの、お仕事は――」
「あ! 申し遅れました! 私、陰陽寮にて歴道を修めております加茂保憲と申します!」
いや、そうじゃなくて仕事に行かなくていいの?
あれ? なんか聞いたことあるような名前だ。どっかで会ったことあったかな。
住職に貰ったお茶を梨花さんが点てて出してくれた。平昌はまだぐっすり眠っている。
口に含み、整理する。
服装からも見て取れるように、この人は陰陽師らしい。
更に聞くと陰陽博士と歴博士を習得しているとのこと。
え?相当のエリートじゃ……あ、もしかして。
「あの、陰陽頭の――」
「はい、加茂忠行は私の父になります」
思い出した。そう言えば陰陽寮のトップが加茂って名前だったんだ。なんともはや。陰陽師の御曹司ってわけですか。
勘弁してくれ。なんで朝っぱらから。
「そうだったのですね、合点がいきました。しかし、あの、昨晩の事は口外してなかったのですが、どうやって知られたのですか?」
「あの天動は周知しておりましたよ。私には昨晩に遥晃様が預言をなされるという話が届きました。他の方は星を見ろと言われてたらしいですが」
え? なんで話が広がってるの? ……あ。
「梨花さん、もしかして正宣に話した?」
「え? あ、はい。とても興味を持って聞いてましたよ」
なんて事だ。正宣、やってくれたな。
「父も珍しく観測しに来てました。宮中も騒然としておりました」
と、言うことは流星群に関しては陰陽師は把握してなかったということか。宮中が騒いでいる。
これは厄介な事になる。
「あの、昨晩の事はどの様に判断されたのですか――」
あ、聞いたらまずいかな。確かこう言ったことは秘匿するもんだ――
「あれは明らかな凶相です。音を立てて星が動くのをこれまで見たことはございません。帝にも至急報告致しました」
話してくれるのか。いよいよまずい。何か不都合があれば厄災の原因を俺が作ったことにされかねない。
やっぱり噂が独り歩きするのは危険だ。勝手に勘違いして盛り上がりやがって。
どうする。ここまで事が大きくなってしまったらいっそ法術師を装うべきか……?
この時代の基準のせいでどれだけ訴えてもこちらを理解してくれない。
オカルト研究会よろしく全てを見えざる力で納得しようとしている。
「もし私が、法力がこの世に存在しないと言ったら信じますか?」
道秦の言葉を思い出した。術に携わる者はもしかしたら気付いているのかもしれない。
術なんて有りっこないって。
これで最後だ。この人も駄目なら俺はこの時代で術師として生きていこう。敢えて術師を装っていこう。
法外な報酬を要求すればそこまで依頼もされるまい。
「術が、この世に無い……ですか?」
「ええ。陰陽師の言っている術というのは大方説明が付くものです。占いにしても原理を理解できます。私の意見を信じられますか?」
保憲は思案している。が、まぁ無理だろう。
この世界の常識を覆す理論なんだ。その時代の常識なんて簡単には……
「あの、呪いも存在しないのでしょうか」
ん? 食い付いた?
「はい。呪いもありません」
保憲は更に考え込む。何か思い当たる事があるのか?
お茶を手に取る。啜りながら保憲の返答を待った。
「確かにおかしいと思ってました。父の法力を私は発現できず、常に誤魔化していました」
保憲は続ける。
「兼通様より、超子様に呪いを掛けるよう言われ、初めて呪術が成功したと思っていたのですが――」
ぶふっ!
お茶を噴いてしまった。
「げほげほ! ちょっと、保憲様――」
「しかし、本当に呪術を扱えるなら兼通様が未だ健常な事に矛盾がありますし……」
いきなり爆弾を投下された。なんだこの人、口にフィルターが無い。危険すぎる!
「超子様に行った呪詛も無いと言うのであれば、私としても心が軽くなります。……いや、それでは遥晃様が呪いを解いたというのはどのような――」
「保憲様! その事に関しては説明させて頂きます! しかし、今仰られたことは秘匿すべき事ではございませんか?」
暫しの間を置き、保憲の顔が真っ青になる。
「あ、あわわあわわわわわわ」
「保憲様、私共は決して漏洩させません。ここだけの話にしますのでどうか落ち着いてください。梨花さん!」
口を開いて呆けてる梨花さんに忠告する。
「この事は何があっても言わないで。絶対に喋っちゃ駄目だからね」
特に正宣には。
とんだ危険人物だ。兼通って言ったら藤原家の次男。兼家の兄さんだよな。
裏で兼家を攻撃しようとしていたのか。
けど、そんなことはどうでも良かった。
この世に術はない。その見識で俺を見てくれる人ができるかもしれない。
この時代での初めての理解者かもしれない。ずっと飢えていたのだろう。僧侶にも陰陽師にも気付いてもらえなかったんだ。
俺は加茂保憲と手を組むことを決めた。