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天変

「おーい、遥晃。今日休みだったろ。うちに……あれ? いないのか?」


「あら、正宣さん。はるさんは朝から出てますよ。言伝てがあるなら預かりましょうか?」


「あぁ、いや。家に氷が下って来たから一緒に涼もうかと思ってたんだ。そうか、無くなってしまってもしょうがない。梨花さん時間あるなら家に来ない?」


「えぇ! そんな大層なもの頂いてよろしいのですか?」


「はは。以前飴を貰ったからね。削りで食べよう。この子らも一緒に連れておいで」


「わぁ、ありがとうございます! ちょっと支度を済ませるのでお待ちください」


「はいよ。急がなくていいからね」


「ふふ、楽しみです。あ、楽しみと言えばはるさんが言ってたのってあと10日でしたよね」


「うん? なんの話?」


「夜に面白いものが見れるって言ってたんですけど、正宣さん聞いて無かったですか?」



 *  *  *



 帰りは馬を用意してもらった。

 行きに一緒だった僧侶に馬を引いてもらう。


「あなたも乗っていかないのですか?」


「私は修行の身。徒歩で参りますよ」


 一応訪ねてみたけど、乗り慣れていないから馬を操ってもらえるのは助かる。



 噂が広まった事で命の危険は減ったのかもしれない。野次馬達のお陰か家に押し掛けて来る人もいなくなった。

 下級役人という身分が人を寄り付かせる原因になってたんだろう。

 術を使うように見えた勘違いが逆に助けてくれている。


 梨花さんですら自分を知ってくれない寂しさはあるけど、いっそのらりくらり術師を装っていた方が楽になれるのかもしれない。


 道秦には悪いことをしたな。いや、人を騙してきたんだ。しょうがない。兼家も、家族だって被害にあうかもしれなかったんだ。


 これでよかったんだ。馬の上で必死に自分を肯定する。

 都には日が傾く頃に帰り着いた。



 梨花さんたちは正宣に誘われかき氷を食べてきたらしい。惜しいことをした。暑い日が続いてるから俺も食べたかったな。

 しょうがない。俺はもらえなかったけど今度お礼をしよう。




 *  *  *


 10日後。

 計算が正しければ今日は新暦で8月13日になる。

 きっと、この時代でも見れるだろう。


 ペルセウス座流星群。


 毎年、お盆に決まって見れる天体ショーだ。夏休みに見れたから自由研究に観察していた。

 13日頃に極大を迎えるが、その前後でもある程度は流れ星が出る。


 多少日がずれても予言として扱えば勝負を避けれると思っていた。

 結局道秦とやりあうことになったから必要は無くなったけど、これだけ星の見れる空だと個人的にも楽しめるだろう。




 仕事を終えて帰ると、枝豆を数株抜いた。

 梨花さんのお陰ですくすく育ち、実も着いた。星を眺めながら食べるのも乙になる。


「はるさんおかえりなさい。今日の夜なんですよね? 何があるのかずっと楽しみにしてましたよ」


「ただいま。多分真夜中になるからそれまで仮眠とるよ。明日も仕事だからね」


 食事を摂り、枝豆を茹でて仮眠をとる。

 茹でたてよりも冷ましてから食べる方が好きだ。夜中には食べ頃になってるだろう。




 *  *  *


 深夜、都の人達は家の外で星を眺めていた。


「お前さんも聞いたんか。遥晃様がまた何かなされるつもりらしいな」


「私は預言をされると聞いてるぞ。この時間に何を話されるのか知らないが気になってな」


「俺は星を見ろって言われた。遥晃様が言ってたのか?」


「星?」


 その時大きな流れ星が一筋走る。それが合図となった。


「な!」


「うわああああ!」


「ひいいいいいい!」


 人々は騒ぎ立て、恐怖の中各々の家へと逃げ帰った。




「ん?」


 なにやら大きな音が聞こえた気がした。寝過ごした、わけでは無さそうだ。


「梨花さん、起きて。外見に行こう」


「ふあ? あ、はるさん。私気になって全然寝れませんでした」


「大丈夫、ぐっすり寝てたよ。ほら吉平、吉昌。起きてきな」


 梨花さんに火を点けてもらう。今日くらいは油を使ってもいいだろう。


 枝豆を一房食べる。うまい。カリカリとした食感なのに舌の上で旨味が溶けるように味が広がる。

 塩気が更に引き立てる。ビールが無いのが惜しい。


 舌鼓を打ちながら外へ出た。広がる光景に言葉を失う。


 流れ星が流れている。1つが消えぬ間にもう1つ。3つ4つ同時に流れたりもしている。

 絶え間なく流れる星は音をたてて長く尾を残していた。


「は、は、はるさん! 恐いです! 星があんなに沢山……」


「すごい……」


 梨花さんは袖にしがみついてきた。寝ぼけていた平昌は口を開けっぱなしで空を見ている。


 流星群って1時間に100個とかだよな?これって流星雨かな……

 多いし、でかい。


「梨花さん、流れ星って流れてる時に願い事を言うと叶うんだよ。怖くないから眺めてごらん」


「ちょうしさまとともだ……ちょしさまととどだちに! ダメだ父ちゃん! すぐに消えちゃうよ」


 吉平が一生懸命叫び出した。


「はは。吉平、一杯流れているんだからゆっくりお願いしな」


「ちょうしさまとお友だちになれますように! これで大丈夫かな!」


「あぁ。きっとね」


 吉平の願いを聞いて梨花さんが恐る恐る手を合わせる。


「かっ、家族みんな幸せになれますようにっ!」


「ぼくはもう1回けずりこおり食べたい!」


 きっと流れ星はみんなの願いを聞き入れてくれるだろう。いや、俺が叶えてあげなきゃいけないんだ。


 皆の願いが叶いますように。


 流れ星に決意表明をした。



 *  *  *


 陰陽頭おんみょうのかみ加茂忠行かものただゆきは不機嫌な面持ちで陰陽寮にいた。

 都に流れた噂に自分が動かされている事が腹立たしかった。


 大舎人の吉備津遥晃が未明に何かがあると預言したらしい。

 下級官の流した噂だが気になる事が多かった。


 ここ数日、記録される流星が増えている。「その日」に向けて。

 吉備津遥晃の噂もどこからでも流れてくる。恨めしくも自分の目で噂を確かめずにはいられなかった。


 夜を通して空を測る。記録の通り星はちらちらと流れている。確かに天文に通じているのだろう。大舎人ごときが数日も前より把握していることは小癪だが、認めるしかない。


 加茂忠行には吉備津遥晃をどう扱うべきかという思案が支配していた。


 そこへ一際大きな星が流れる。それを皮切りに空が動き出した。


「な、なんということだ……」


 当直にあたっていた陰陽師達の騒ぎが聞こえるが、それどころではない。


 天が、動いている。星が、座を変えている。

 これを預言したというのか!


 国だけでは無く、天までも知り尽くしているというのか。いや、天をも動かす力を持っている?

 いずれにせよ有事である。老体を軋ませ、忠行は内裏へと走った。




 帝へ奏上せねば。息も絶え絶えに清涼殿に向かう。


「みか……」


 帝は縁にお出になり、星をご覧になられていた。

 急ぎひれ伏し、申し上げる。


「て、天変にございます!」


「見えておる」


 帝は静かに肯定された。


「朕の耳にも届いておる。吉備津遥晃という者が兼言しておったようだな」


 帝のお言葉に返答をあぐねる。忠行は息を整えるのに必死だった。

 

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