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すれ違い

「やぁ……あ、いや、遥晃……様。お早いご出勤ですね」


「普通にしてくれ、正宣」


「いや、それはそうなん、だが……」


 対決の日から、正宣がよそよそしくなった。

 自分で説明したじゃないか。同じ役職でへりくだる事は良くないって。

 なんとか説得するが、どうにもたどたどしい。


 野次馬の伝言ゲームはうねりをあげて都を駆け巡った。

 道秦の不正を暴き、法力でみかんをねずみに変えて懲らしめたことになっているらしい。

 箱を持っていたはずの女声のおっさんですら「なるほど、そういう理屈だったのか」と納得してしまっていた。


 なんでここの人達は思い込みが激しいんだろう。いくら説明しても自分の中で完結してしまっていて聞く耳を持ってくれない。皆の勘違いのせいで職場が微妙な雰囲気で満ちている。

 道秦はペテン師のレッテルを貼られ、都を出ていった。

 やり過ぎたとも思う。挑発してきたのはあっちだが、もう少し冷静になるべきだった。

 花と呼ばれていた女房も責任を感じて辞職。兼家に、彼女は被害者なんだと訴えたが、不正に加担して詐欺師に超子を渡すところだったと言われ何も言い返せなかった。


 勝負は後味の悪い結果と大きくなりすぎた噂だけを残してしまった。



 *  *  *


 次の休み。都の外出許可が降りたので件の住職に会いに行く。

 調度都に来ていたお坊さんと共に寺へ向かった。


「私共も遥晃様の法術を見せていただきました。半信半疑、いや、ほぼ疑っていたのですが間近で拝見すると信じざるを得ませんでしたよ」


 道中、あれこれと話かけられる。以前とは違い妙にフレンドリーになっていた。


「その年までどれだけの修行を積んだのか想像もつきません。寺ではいずれ仏の教えが無くなってしまうと危惧されていますが、私も諦めず悟りを開けるよう精進しようと思います」

「いや、私には力は無いです。皆が言ってる力というのはいずれ皆が到達できることなんですよ」


「それは私にもですか?」


「はい。偏見を持たずに物事に接すれば理解できることなんです。だからまずは私の――」


「有難いお言葉です! 私も生涯を遂して達成します!」


 うん、まずは偏見を棄ててください。




 あーだこうだと会話を交えて寺に着いた。味気ない食事までごちそうになり、住職と面会する。勝負のために一時的に都に戻ることができたが、また戻ってくる約束をしていた。

 反故にすると後々面倒になる。身辺も落ち着いたので休みの日に戻ってきた。できれば解放してもらえることを期待しながら。


「顔をおあげください、遥晃様」


 住職から以前の威圧感が消えていた。

 道秦との勝負は終わった。俺を都に戻す理由は無くなっただろう。ろうそくができるまで幽閉されるかもしれない。

 なんとか説得して自由になりたいんだけど、坊さんは屁理屈が上手いから逆に言いくるめられるかもしれない。なんて切り出せばいいか思案する。


 先に動くべきか?

 顔をあげて出方を伺っていると住職が先に口を開いた。


「遥晃様。あなたは人を殺す事ができますか?」


「……」


 いきなり問答を始めて来た。唐突すぎる。まとめようとしていた頭が真っ白になった。

 どういう意味だ? 人を殺す事に戸惑いは無いということか? 物理的に人を殺傷できるということか? 社会的な抹殺の事なのか?


 何を聞きたいんだろう。意味を捉えあぐねる。

 坊主の言葉は1聞いたら100の深読みをしなきゃいけない。まず殺すという単語にどんな意味を持たせているんだ。


「……」


 ダメだ。分からない。分からないが答え方はイエスかノーだよな。人を殺せるか、殺せないか。


 考え始めるとなかなか深い言葉だぞ。流石は坊主。一言に無限の広がりを見せている。


 人を物理的に殺める事は可能だろう。旧石器時代から武器はある。道具を使わなくても水に沈めるだけで人は簡単に死ぬ。社会的に殺す事だって簡単だ。現に道秦を死に追いやってしまった。


 まさか道端はこの寺と繋がりがあるのか? 殺せないと答えてしまうとやってる事と矛盾がでてしまうと言うことか?


 人に手をかけることに躊躇はある。でも、大切な人を守るためにはそういう手段をとらなきゃいけないかもしれない。

 梨花さんが暴漢に襲われたら。吉平、吉昌

 が危険な目に遭ったら……

 その時は自分の手を汚してでも守るだろう。


「……はい。可能です。人を殺すことはできます」


 純粋に意味を捉えればこう答えるしかない。変に取り繕ってもボロが出る。素直に思った事を口にした方が矛盾も無くなるだろう。


「そうですか。ここにいる僧も容易く殺す事ができますか?」


 何を物騒な事を言ってるんだ? 住職の目線の先の坊主に顔を向ける。目が合った坊さんはひっと声を出し顔が白くなっていた。

 そんな具体的な事を言われても。僧侶と言えば座って念仏を唱えてるだけで体は痩せ細ってるイメージを持っていたのだが、便利な道具が無い時代だからか、何か武術を嗜んでいるのか。筋骨隆々でとても敵いそうに無い。


 可能性という言葉を考えてみる。できるかできないかと言えば出来るだろう。

 寝込みを襲うなり、背後を取るなり不意を付けばいくらでもやりようはある。閉じ込めて火を点ければどれだけ屈強でもどうしようもない。

 なんか考えてると暗黒面に堕ちてしまいそうだ。


「……可能ですが、容易くは出来ません。それに死んでしまえば生き返らせるすべを持っていません。なのででき得る限り人に手をかける事はしたくありません」


 住職に向き直り、答える。目の端で僧侶が安堵しているのが見えた。


「そ、そうですか。成程、私たちが生きているのはあなたのお慈悲のおかげなんですね」


 ……はい?


「あなたの力を見誤りこちらへ連れてきてしまい、あまつさえ閉じ込めてしまうような真似をしてしまい、申し訳ございません」


「あ、いや、ちょっと違――」


「数々の無礼をお許し下さい。早急に都へお連れ致します。然りとても恥を忍んでお願い申し上げます。もし宜しければ何卒私達にお力添えを賜りたく存じます」


「あ……」


 住職に頭を下げられる。勘違いをしていたのはこっちだったらしい。術で人を殺せるかって聞いてきてたの? それは無理に決まってるじゃない。


 弁解しようとしたが、都に返してくれると言われ言い淀む 。

 捉え方を間違ってるけど、今後ここに連れてこられることも命を狙われる危険も減ったはずだ。

 都の噂と違い、ここでは飴や蝋燭の製法も披露している。思い込ませててもいいのかな。僧侶はどっかの某宣君と違って噂をばらまくような人達では無さそうだし。以前あった住職の殺気も考えるとこの方がきっといいんだろう。


 そうやって自分に言い聞かせた。でも、自分の心境を理解してもらえないってなんか寂しいな。


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