対決
「遥晃、いよいよ10日後だな」
正宣に嬉々として話しかけられる。
結局打開策が見つからないままずるずると日が迫っている。
寺に軟禁されたせいでうやむやにする機会を失ってしまった。ずっとその事が頭から離れなかったせいで考えが思い付かない。
兼家はどこまで要求してくるだろうか。たしか梨花さんは術師の事を――
『未来を占ったり、吉兆を判断したり。
あと、空を飛んだり雨を降らせたり。はるさんみたいに病気を治したり、お米から飴を作るのも法力じゃないですか』
確かそう言っていた。勝負をする日で決着をつけるはずだから未来予知や占いの類いは無いだろう。
空を飛ぶ? 雨を降らせる? この辺を要求してくるか?
錬金術の類いかもしれない。それくらい不可能なものを求めて来ると痛み分けで終わるんだけど。
「なあ、正宣。どんな勝負をすると思う?」
「そんなの分かるわけ無いだろ」
まぁ、そりゃそうか。
俺が勝てる内容なら勝って道秦を持ち上げる。いい勝負だと言っておけば彼の知名度も上がるだろうし問題はない。
互いに応えられなければ俺は助かるけど道秦はインチキのレッテルを貼られる可能性がある。
あまり他人の職は奪いたくないな。気分も悪いし逆恨みされても困る。
俺が負けて道秦が勝つのだけはダメだ。ロリコンペド野郎に超子を渡す訳にはいかない。
考えれば考えるほど勝負するリスクが高い事に気付く。俺だけができる事。そんなもの思い付かない。
道秦と交渉するしかないか。なんとかこの勝負を流さなければいけない。
あまり乗り気はしないんだが……
* * *
「ここにいたか、道秦」
人の噂を頼りに道秦を見つける。
「ああ、遥晃か。法力比べの日が待ち遠しいな。」
「その事なんだけど、勝負をやめないかと相談にきたんだ。こっちに案が……」
「何を言うかと思えばやめるとな? この期に及んで怖じ気づいたか。権力者にいいところを見せたいだけの詐欺師が。こそこそと隠れているがよい。私から伝えておこう、遥晃は畏れを為して逃げたとな」
むっ。なんだよこの男。いちいちイラッとくる事を言いやがって。絶対友達いないだろ。
……いかん、落ち着け。そんなことよりも話し合う方が大事だ。大丈夫、大人になれ。冷静に冷静に。
「いや、そう言う訳ではないんだ。勝負をしなくても……」
「遥晃、見損なったぞ。いや、元よりお主の事は信用もしていなかったがな。どのような卑劣な手段を取ったか知らぬが、兼家様を騙して取り入ろうとしてるのだろう。都合が悪くなれば逃げるその性根、治したほうがよいぞ」
落ち着け。聞き流せ。
「お主には力が無いのであろう。見ておったぞ。兼家様にお題を聞きに行ったな。教えて貰えず手段が無くなりこちらに頼ってきたと言うわけだ。術師を名乗るなら法力により策を練るべきではないのか。手をこまねいているようだが……おっと失礼、言葉が過ぎたな。お前には当てられまいが、ここまで容易な手合いを私が辞退するわけないだろう。精々その日になるまで震えているがよい」
「言わせておけばペラペラとよく喋る奴だな! 分かった、道秦! 吠え面かくなよ!」
こいつの事を心配して損した。もうどうなっても知らないからな!
家に帰って後悔した。
ああ、何で感情に任せてしまったんだろう。売り言葉を買ってしまった。いや、それにしても言い過ぎだろ。さすがにむかっとするわ。
梨花さんに慰めてもらう。
だけど、何故あそこまで自信を持っていられるのだろう。こっちが何もできないって考えてるんだろうが、だからって自分の手に負えるかのような振る舞いだった。
分からない。何か策があるのか?
もうこっちは互いに出来ないことを要求してくるのに賭けるしか無くなった。
* * *
「揃ったな。今日という日を待ちわびたぞ」
結局無策のままこの日を迎えた。兼家は張り切っている。
正宣のせいだろう。門の外には野次馬がひしめいている。もう道秦には逃げ場がない。もし何もできなければ術師の箔が落ちる。
でも、もし俺が負けたら……いや、それだけは何としても避けなければいけない。……どうにかして。
何かできるかな。
どうしよう。何もできないじゃないか。何とかして超子を守らないといけないのに。
「では、今から準備をする。弥平次、寝殿の奥に長持を置いてある。それを取って参れ」
「私もお手伝い致します」
「ん? 分かった。一緒に参れ」
「はい」
2人によって木箱が運ばれてきた。漆塗りの綺麗な装飾がされている。
何をするんだろう。
「今から2人にこの箱の中身を当てて貰う」
兼家が出したお題はこうだった。
え? 中を見ずに当てるの? 現代のリアクション芸ってこの時代でも通じるのか?
あれ? これ法力関係あるか?
その時音が聞こえた。
え……これ問題として破綻してるよ。
「あの、兼家様……」
「では私から参ります」
俺の言葉を遮り道秦がぶつぶつと呪文を唱え出した。なにやってるんだこいつ。そんなことしなくても……
「分かりました、兼家様。この長持の中には15個の夏みかんが入っております。どれもみずみずしく美味しそうだ」
道秦がどや顔で答えた。ちょっと何を言っているのか分からない。