道秦
芦川道秦は若い頃より女を手篭めにする事に長けていた。
これは天性と言うよりは、断られ続けてもめげずに女を口説いていた事により培われた技術だった。
一度の失敗で諦めない精神力は、天性と言い換える事もできるが。
ともかくその技で、女を操り、貢がせ、金を得た。
それでも、道秦は不満だった。金も女も思いのままだったが、この村は裕福ではない。女達の家を潰すほど貢がせても、道秦にとっては小銭も同然だった。
村でかき集めてもたかが知れている。女を操る術を会得した道秦は法力を得たと自惚れていた。
村を捨て、都へ上る。
己の栄華を夢想し、未来に思いを馳せた。
しかし、思い通りにはいかなかった。
占術を独学で会得していたが、付け焼き刃の技では、陰陽寮に認められない。
村では非難が上がっていたため、戻ることもできない。
蓄えを減らし、路上で占いをして食い扶持をつないだ。
「都へ来て5年か」
道秦は思う。都では女を外で見かけなかった。たまに来る客も男ばかりで大した稼ぎにならない。
自分の存在意義に疑問を抱き始めていた。
そこへ遥晃の噂が耳に入る。
自分がしているからこそ分かる。術など欺瞞だ。急に祭り上げられた男など、信用できない。
逆にそいつに勝てばこちらの評価も上がるだろう。道秦は遥晃と勝負することに決め、その男を捜した。
それからは衆知の通りである。
予想外にも藤原兼家に取り入る機会を得た。
苦難の5年。全てはこの日のためだったと苦渋の日々を思い出し、懐かしんでいた。
「朝はどうもありがとうございました」
「あら、占い師さん。またお会いしましたね」
「朝のお礼をと思いこちらで待たせてもらいました。こちら、夢見を良くする宝玉です。お受け取りください」
「そんな、きにしないで……まぁ、綺麗な珠ですね。なにも大層な事もしてないのに頂いてよろしいんですか?」
「ええ。ほんのお礼です。寝るときに枕元に置くといい夢が見れますよ」
「まあ、それなら……ありがたく頂いてますね。こちらで待っててもらったんですか?すみません。ありがとうございます」
「いえいえ、それでは」
女を操るのは至極単純だ。気付いてしまえば同じ手順だとわかる。
――安心させる。
「お早いですね。昨日はいい夢を見れましたか?」
「あぁ、占い師さん! ありがとうございました! とてもいい夢で寝起きがよかったんですの」
「ふむふむ。ウサギの夢。ウサギは吉夢ですな。今日1日良いことが起こりますよ」
「えぇ~、本当ですか? 朝から嬉しいです。あ、でも私そこまで持ち合わせ無いんですが……」
「いえいえ、お代など結構です。仕事柄話し相手もいないですから来ていただけると私も助かります」
「……わかりました! また来ますね占い師さん」
――入り込む。
「実は仕事でちょっと失敗しちゃって。愚痴になりますが聞いてもらえますか?」
「はい、はなさん。私でよければいくらでもお聞きしますよ」
「ありがとうございます。今日なんですけど……」
――こじ開ける。
「やはり思った通りですね」
「え?」
「家の位置とこの通り。貴女が悪素を溜めてしまい災いを招いています。」
「そ、そんな! では父の病は……私の……うぅ」
――ねじ曲げる。
「いえ、早く気付けて良かったですよ。私にかかれば直ぐに良くなります」
「あぁっ! ありがとうございます! ありが……ううっ」
「それでは儀式の準備に取り掛かりましょう。付いてきてください」
――これでこいつは駒になる。
「道秦様……あの、もう5日もしてもらって無いのですが……」
「あぁ、はなか。祓いは終わったぞ。もう大丈夫だ」
「いえ、あの……」
「どうした?」
「あ……うう……か、体が疼くんです……」
「そうか。それは大変だな」
「お願いします……堪忍してください……」
頃合いだな。
「半月後に兼家の家で法力比べをするのだが。勝負の内容を探ってもらおうか」
「そ、それをすれば! 助けてくれるんですか!」
「……約束しよう」
――
もはや花には一切の躊躇は無かった。
超子様を寝かしつける。遊ぶ最中さり気無く伺ったが、長持の中身を当てる勝負をするらしい事は分かった。
しかしそれだけでは道秦様は満足しないだろう。
「皆さん、後は私が看ていますから、お休みになられて下さい」
「いいのですか?すみません。失礼します」
ぞろぞろと部屋を出る。
皆が居なくなることを確認し、部屋の奥に隠された長持を見つけ、蓋を開けた。
みかんが……15個。
これで、道秦様に慰めて貰える。
花の頬は嬉しさで濡れた。