軟禁
仕事を早退させられ、僧侶に連行される。
大内裏を出ると、西へ向かう。都を抜けてさらに歩く。
一切の会話は無かった。
どれくらい歩いただろうか。日が傾く頃、大きな建物に着いた。
貴族の屋敷のようだ。兼家の屋敷より数段でかい。
「ただ今住職が不在なので、しばらくここにいて頂きます」
敬語だが威圧のある口調で告げられる。
抜け出す事も無理そうだ。川沿いを戻れば都に帰ることもできるだろうが、きっと捕まってしまうだろう。
大人しくしてた方が得策だな。今すぐ何かされるわけでも無さそうだし。
自分の性格に笑いが込み上げる。危機的状況になると変に冷静になってしまう。
初めて都の外に出たが、本当にただの森だった。人の往来はあるのだろう。舗装はされてないが、踏み固められて道はできていた。
思い当たる事は1つある。
飴の事だと思う。兼家の事でも忙しいのにタイミングが悪い。
飴なんかの加工品の技術は中国から渡ってきたのだろう。空海も最澄も中国に渡り、仏教の修行をしてきた。
寺院が技術を寡占してる可能性は十分ある。
飴の事で連れてこられたのなら最悪殺される可能性もあるが、道中で手にかけられた訳でもないし、食事も貰えている。
軟禁状態だがまだ大丈夫そうだ。
住職と面会か。話の分かる人であればいいけど。今は何も手が出せないから、とにかく我慢しよう。
それにしてもこの飯、とてつもなく不味い。
そういえばこの時代に来てすぐの頃はこんなんだったっけ。よく食えたな。
外出は禁じられているが、庶民の食事と同程度の物を貰えてる。休むところもちゃんとしている。そこまで邪険にされてる訳じゃないな。
でも、家のご飯が恋しい。
梨花さんに会いたい……
結局、住職が戻ってきたのは5日後だった。
「吉備津遥晃様で間違いございませんね」
「はい」
敬語だがつくづく威圧感がある。
「近頃あなたの噂をよく耳にします」
「私も把握しております」
「高名な術師のようですね。ひとつ私も見せてもらいたいのですが」
「いえ、噂が独り歩きしてるだけで私に力は宿っていませんよ」
「……そうですか。ただ、気になることがありましてね。
遥晃様、あなたが飴を作り出せると言う話があったのですが」
――ほらきた。
「それは本当ですか?」
住職に凄まれる。一呼吸置いて交渉を始める。
それにしても梨花さんに会いたい。
いや、まずは現状を打破しないと。
――
兼家とのやり取りを終えると、道秦は一切の道具を兼家の屋敷の方へ移した。
屋敷からは気にならないが、門の方を確認できる場所へ。
客を待つふりをして屋敷の出入りを眺める。
下人は住み込みで働くものもいるが、外に家を持ち、通ってる者もいる。
道秦は1人の女に目を付けた。
あのやり取りの場にいなかった女。気づかれないように後を付け、家を把握する。
翌日。
「ううむ、困った」
女が歩いて来ることを確認し、貝殻を落として途方にくれる、ふりをする。
「あの、どうかされました?」
女が尋ねてきた。
これは幸先がいい。最初の女で成功した。
「あぁ、すみません。ここらで法具を落としてしまったみたいで。探しているのですが見つからないのですよ」
「まぁ、それは大変ですね。どのような物ですか?」
「白い、巻き貝のような物なのですが、いえ、大丈夫ですよ。お手を煩わせる訳には……」
「いえいえ、お困りのようですし……あ! 貝殻のような物。
もしかして探していたのはこちらではないですか?」
「おお! まさしくそれです! 誠にありがとうございます! このお礼は必ずや……」
「いえいえ、そんな大層な事はございませんよ。それでは」
「……役に立ってもらうのはこれからだよ」
貝殻を受け取り、去っていく女の後ろ姿を、道秦は下卑た微笑みを浮かべて見送った。




