秘策
「私と勝負するまでもないとやけに自信を持っておられるようだが、その鼻へし折ってしんぜよう」
梨花さんに慰めて貰いながら、道秦の言葉を思い出して苦しくなる。そうじゃないのに。
「梨花さん、術ってなんなのさ」
「え?はるさんがされてる事ですよ」
「俺は何も出来ない一般人だって。術師ってどんなことが出来ると思われてるの?」
「術師と言えば、そうですね、未来を占ったり、吉兆を判断したり。
あと、空を飛んだり雨を降らせたり。はるさんみたいに病気を治したり、お米から飴を作るのも法力じゃないですか」
この時代には現代で常識になる知識が存在しない。
誰か、先人が法力を万能として広めてしまったせいで、こんなオカルトが蔓延してるんだ。どんどん飛躍していって、人間の遠く及ばない現象までできるものと信じ込まされている。
「梨花さん」
「はい?」
「梨花さんって、周りに頼りにされるし誰にでも優しくできるけど、実は心の中では嫌われてしまわないか不安になってるよね?」
「……! はい!」
「で、そうやって考えてしまう自分が嫌になるときがあって、自分を変えたいと思ってるでしょ?」
「え? ……え? なんで?! み、見えてるんですか?」
「あとは……小さい頃に動物に嫌な思い出があるね」
「は、はるさん……! やっぱり凄いです! 私、その事1度も話した事無いですよね! 私、犬に追いかけられたことがあって、それ以来……あ、でも、もう見ないで下さい! 恥ずかしいです」
「いや、見てる訳じゃないんだよ。思い込ませてるんだ」
「え?」
「占いってね、抽象的な事を言うだけで相手が勝手に思い込んでくれるんだよ。
それで、力があるように見せ掛けてるだけ。
実はそんなものってないんだよ」
「あ、あの……はるさん?」
「力を持ってるように思わせたいから空を飛べるとか、天気を操ったりできるって事にして異常性を装っていたのが、いつの間にか術師は何でもできるって事にされて……梨花さんわかった?」
「……いえ、全く理解できませんでした。だってはるさん現実に術を使ってるじゃないですか」
暖簾に腕押ししてる気分だ。
布団から出て、平昌を踏まないよう気を付けながら外に出る。
「は、はるさん?どちらにいかれるんですか?」
「ちょっと夜風にあたってくる……」
都会の真ん中で天の川が見える。灯りが無いから凄い星が綺麗だ。
あまりに多いから星座も見つけづらい。
道秦は、多分今まで術師として持て囃されたせいで、自分に力があると思い込んでるんだろう。
言われてる内になりきってしまって自信を持ってるだけだ。
兼家は梨花さんと同じで、術師にとてつもない力があると思い込んでいる。
多分俺らが出来ないようなことを要求してくるはずだ……あ!
どっちも出来ないことをやられたときの事を聞いてなかった!
超子の事は流れるよな。
でも、道秦の信用も無くなって、あいつが路頭に迷うかもしれない。
何とか穏便に済ませられないかな。
1ヶ月か。何か出来ること無いかな。
星を仰ぐ。
何か、今年に起こることが分かれば未来予知だって事にしてうやむやに出来るのに。
道秦に教えてやれば信用も上がってこの都で有名になれる。
超子の事を諦めてもらうことを条件に出せば全部上手くいくのに。
西暦の年月日が分からないんだよな。
まぁ分かってもこの時代の事が分からないからなんとも……
流れ星が一筋走った。
「凄いな。流星群の時期じゃなくても流れ星が見れるなんて……」
……ああ! そうか! ……いや、でもいつなのか分からない。
太陽暦の日付が分かればもしかしたらいけるかもしれないのに……
今は夏だってことしかわからない。陰暦との差が分からない。
夏……秋、冬……夏、冬……
あ! あああああああ!
いける! かも!
いや、多分大丈夫だ!
「梨ー花ーさん!」
憂いも晴れたので夜はしっぽり。
次の日、陰陽寮へ行く。
ここでは、暦と天体と時間を司っている。
ここなら分かるはず。
「あの、1年で一番日が長いのはいつですか?」
「夏至のことか?夏至なら11日前、6月3日だが」
「あ、ありがとうございます!」
夏至は通じた。これで太陽暦の日付が分かる。
今日は大陰暦6月14日。太陽暦7月3日。
これでいざこざを治められる……
仕事が終わったら兼家に進言しよう。
「あなたが吉備津遥晃様ですね」
つくづく声をかけられる。
「いえ、人ちが……」
厳つい僧侶5人に囲まれていた。
危険を察知する。
「はい。私です」