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贅沢

「話は聞いているな」


「は、はい!」


 このところ、右大臣の次男、藤原兼通ふじわらのかねみちは不機嫌であった。


「超子は健常に戻ったようだ。お前の呪いは吉備津遥晃とか言うやつに消されてしまったらしい」


 兼通の苛立つ声に、術師は平伏しながら震えていた。


「くそっ……」


 遥晃の存在が邪魔だ。遥晃の事は既に兼通の耳にも届いている。相手は強大な法力を持つと噂されていた。だが、大舎人だ。

 兼通が一声かければ遠方に送る事も、亡き者にするのも容易いだろう。


 しかし、兼家と既に通じてしまっている可能性がある。


 超子に続き遥晃にまで危害を与えればいよいよ兼通の疑いは強くなってしまう。


「おい! 遥晃と言う奴を何とかしろ! しかし、くそっ! 殺すことは許さん!」


 兼通は理不尽を叩き続ける。


「超子に対しての失態、次で挽回しろ! 猶予は無いからな!」


「はいっ!」


 術師はただ頷く事しか許されなかった。






 ーー


 仕事に熱を感じなくなったのはいつからだろう。

 生前を思い返す。


 きっと、若い頃は熱かったんだ。

 作業の効率も、コストの見直しも、探せばいくらでも問題は見つかった。

 今思えば仕事をしている自分に酔っていた。当時は会社の為に動くことが正しいと本気で思っていたが。


 上司には話を聞き流されていた。理由は今なら分かる。若者の理想は粗が多い。そして、歳になると仕事のリズムを変えるのは面倒くさい。


「やりたいことがあるなら、自分が上に立ったときにやれ」


 溜め息混じりにそう言われるだけだった俺は、上司を改心させることを諦め、仕事に没頭した。

 いつか上に立ち、会社を変える。会社から社会を変える。確かにそう思っていた。


 もう、気が変わった境界なんて覚えてない。いつの間にかだ。熱はいつの間にか冷めていた。


 給与も十分にある。独り暮らしなら問題ない。

 高卒を言い訳にして昇進も諦めた。

 歳と共に体が重たくなる。少しでも楽な方に、体も心も向かっていった。


 最小限の仕事量を求めた。週のルーチンが決まれば、頭も使わず仕事を続けられた。


 そうでもしないと体が持たない。たまに問題が起きたときだけ頑張った。





 その気持ちが染み付いていたのか、それが四十路の宿命なのか。

 平安の地に降り立っても変わることは無かった。


 転移と言うのか憑依というのか。最初に来たときはワクワクしたんだけどなぁ。



 兼家様から大金を貰い、生活が困らなくなったと確信すると、全ての熱が逃げていった。


 このまま、大舎人を続けるのが楽でいい。

 術師として兼家様に付き添う事になると、問題がいくつも降りかかってくる予感があった。


 雨乞いを頼まれるくらいならまだいいだろう。疫病が流行ってしまったら鎮めろと言われるかもしれない。


 無理難題だけじゃなく、政界にも巻き込まれる可能性だってある。


 今が一番。取り敢えずのんびり。生活に余裕ができたんだ。これからは平安時代をきままに楽しもう。





「魚、いりませんかー」


 昼の休憩時、大舎人寮にはたまに行商人がやって来る。ここに限らずどこの詰所にも行ってるのだろうが、食器、織物、食べ物などを、時間を見計らい売りに来ている。


 今までは手が出せなかったが、これからは違う。貴族の御曹司と同じ様に贅沢が出来るようになったのだ。


 一度買ってみたいと思っていた。


 今日やって来た女性。この人の売る魚の干物が大層評判がいい。

 来ればいつも完売で、他の舎人も味の談義をしばらく続けるほどの物らしい。


 ずっと我慢していた。いや、特に羨むことも、苦しむことも無かったが、お金が十分にある今、自分を止める尤もな理由は存在しなかった。


「すみません、4つ」


 この時代に来て初めての贅沢をしてしまった。


 いや、これはご褒美だ。これまで苦労を重ねてきたんだ。たまには自分を祝ってあげよう。

 仕事を終えるのが待ち遠しかった。





 家に帰り、仕事と魚を報告する。


 残ってた雑穀も合わせた雑穀米、タニシの吸い物、そして魚。

 少しずつ、日本食が完成してきている。

 俺の改革はこれだけでいい。この食卓、栄養も味も問題のない所まで……


 梨花さんが青い顔をしている。

 視線の先は魚だった。

 何か問題があるのか?



「梨花さん、大丈夫? 何かあった?」


「いえ、私は平気なんですが……あの……」


「……?  どうしたの?」


「えっと……あ! 待ってください!」


 魚を食べようとすると梨花さんに止められた。何かあるのか?

 匙を止めようと思ったが間に合わなかった。魚を頬張る。


「……むむむ!」


 これは!


 魚と違い、崩れずに程よい弾力のある肉。

 塩漬けにされているが、仄かに感じる陸上生物の味。

 肉をひっくり返し、皮を見る。


 魚と違う鱗。


「これは……蛇?」


「ご、ごめんなさい。止めるべきか悩んだんですけど、はるさん凄く嬉しそうで、言うに言えずに」


「初めて食べたよ! 鶏肉に似てるって聞いたことあるけど本当だ! 凄く美味しい!」


「は、はるさん食べても平気なんですか?」


「え? 何かまずいことあるの?」





 梨花さん曰く、この時代は、まぁ現代でもそうだがあまり蛇を食べる習慣は無いらしい。貴族ならなおさら。遥晃さんも生前は食べることは無かったのだろう。


 梨花さんは農村で育ってたから食べないことも無かったらしい。見たときから蛇とわかったが、余りにもこっちが大舎人寮での噂を力説してしまったせいで訴えることができなかったみたいだ。


 騙されたのだろうが、初めて動物のお肉を摂取できた。美味しゅうございました。




 翌日、正宣にそれとなく聞いてみたら、やはり蛇を食べることは無いらしい。寧ろ嫌悪している。

 これは教えることはできないな。魚と偽り蛇を売ってるなんてばれたら、あの商人は2度とここには来れなくなるだろう。


 生活の中にある小さな楽しみ。こうした幸せを見つけていくのが自分には合っているようだ。




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