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暴走

 吉備津遥晃きびつのはるあきら……


 噂を疑っていたが、間近で見てしまうとその力に圧倒されてしまう。

 術師の結界の中に入った途端原因を突き止めてしまった。


 下人が興奮していたのも分かる。

 祈祷を行わずして超子ちょうしを快方せしめた。


『兄様達の呪いなどありませんよ。疑い合うのはよくありません。出世競争が激しいのは分かりますが、そのせいで超子様が不幸になっております』


 彼の言うことは正しいのだろう。私が、超子を苦しめていたのだ。





「……兼家様? 箸が進んでおりませんが、いかが致しました? お食事召されませんとお体に障られますよ」


 今まで父の言うことに素直に従ってきた。それが藤原北家を、日本を担い、支えて行くものだと信じていた。


 しかし、それが兄弟の反発を買うことに……いや、そういうものは無いと言っていたな。

 私の猜疑心が増しただけなのだ。


 私のような者が国を語るなど烏滸おこがましい。

 力の及ばぬ事に溺れ、いつの間にか兄を疑い、家族を苦しめていた。


 私が呪いをかけていたのだ。





 知らぬ間に全てを壊していた。


 今からでも修復はできるだろうか。いや、諦めていた超子も快復したのだ。


 動かねばなるまい。


 元には戻せないだろうが、家族の憂いは取り払わなければならない。


 気付かせてくれた遥晃には感謝してもしきれぬな。






 ――


 オシロイバナは、無い?


 頭が白くなる。考えが、思い付かない。

 いや、何かあるはず。えっと、片栗粉……葛!


 そうだ、葛粉を作れば代用できるはずだ!


 もう外の葛は繁ってきているから使えないとしても前に採ってきたやつが残っているはずだ!




 物置を探したら2本あった。よし、これを使えば……

 葛の根を叩き潰す。


 ほぐれたら 水に溶かす。でんぷん質と繊維質の比重が違うからでんぷん質は沈殿する。


 上澄みを捨て、何回も分離を繰り返していけば葛粉を抽出できるはずだ。


 葛の根を水に溶かす。真っ黒などぶのようだ。


 1日置いて……いや、そこまで待つ必要は無いはずだ。時間が惜しい。

 そうだ。また休みを取ろう。今のうちに休職願いを出しに行かなければ。





 権力者の姫とはなんて不幸な立場なんだろう。


 濁る水を眺めて思案にふける。

 いっそ、権力争いなぞやめて家族を大事にしろって言ってやった方がいいのかな。


 聞いてもらえるかな。いや、そんなことできるわけ無いだろう。


 おれがもし、今から家族を連れて山の中で自給自足をしてくれって言われたらどんな理由があっても断るはずだ。


 どんな言葉を使っても、今吸えてるうま味を道具のために捨てろと言ってるようにしか聞こえない。


 手放す訳がない。


 そんなことを言ってしまったらもうこのような相談は受けれないだろう。


 そしてまた手に負えなくなってから俺に頼みに来るんだ。


 そして無惨な超子を見せつけられて……





 それじゃ駄目だ。あの子の一生が不幸に染まってしまう。


 俺が救わなきゃ。白粉を作らなきゃ……







 作らなきゃ……いけないのに……


 何回か水を交換して残った白い沈殿を見て落胆した。




 少なすぎる。水を蒸発させたら一欠片にしかならない。


 葛粉はできそうではあるが、思った以上に量が少なかった。


 駄目だ……超子は治ってきている。喜ばしいけど、タイムリミットに間に合わない。


 何が救う、だ。何が俺しかできない、だ。

 何もできないじゃないか。

 その場しのぎで束の間の安堵を与えただけじゃないか。


 何も手を思い付かない。怨霊のせいだと言いながら超子を苦しめる兼家が思い浮かぶ。


 助けてやれない。俺には……


「……さん、はるさん!」


 声が聞こえる。振り返ったら梨花さんがいた。


「なんで何も言ってくれないんですか? 私はそんなに役立たずですか?」


 梨花さんが悲しそうな顔をしている。あれ?そう言えばここ最近梨花さんの顔ちゃんと見てなかったような……


「……救ってあげられない」


 ちゃんと喋ったのもいつぶりだろう。

 口から言葉が零れたら何かが込み上げてきた。


「俺が……俺が何とかしなきゃいけないのに……何もできない。救えない。救う……」





 梨花さんに抱き寄せられる。


「私、失敗してはるさんに迷惑かけてばかりですけど、話を聞く事はできますよ」


 優しく、諭してくれる。


「近頃のはるさんは1人で思い詰めてるように見えます。大丈夫ですから。1人にならないで」


 暖かく、包んでくれる。






 兼家が嫌だった。


 権力争いが嫌だった。


 子供を大事にしないのが嫌だった。


 外面を誤魔化しているのが嫌だった。


 梨花さんの腰に手を回す。全部吐き出す。溜めていたものをぶつけた。


 どれだけ喋っても梨花さんが受け止めてくれた。





 ――私は、そんなに役立たずですか?


 自分は知らない間に周りを見下してたのだろうか。1人でなんでもできると思い込んでいたのだろうか。


 超子を見てからずっと苛立っていた。周りを見ず、1人で慌てていた。


 勝手に熱くなって、勝手に落ち込んで。


 梨花さんに話す度に心のモヤが晴れていく。


 話しもしないで家族をほっぽっていたのに、梨花さんはずっと俺の事を待っててくれた。


 ごめん、梨花さん。






「お話聞きましたけど、はるさんは兼家様とお話しされましたか?私には兼家様がそのような方とは思えないのですが」


 俺の髪を指で鋤きながら梨花さんが尋ねてくる。


 噂を信じてるからそう思えるのかも知れないが、いや、確かに兼家とは話してはいない。


「はるさん以前に人の心は読めないとおっしゃってたじゃないですか。兼家様はどんな人とも話をされる方と聞くので、話し合われてはいかがですか?」


 ずっと兼家とは距離を開けてきた。思い込みで決めつけてたんだ。もしかしたら自分の考えを聞いてくれるかもしれない。


「梨花さん、そうだね。ありがとう。すっきりした」


 腰に回した手に力が入る。

 強く抱き締める。


「あ……それじゃあも、もう大丈夫ですね! えっと、もじも……お夕飯の支度をしなきゃいけないのでそろそろいいですか?」


「……やだ」


「え、あの……その」


 胸に顔を埋める。梨花さんの鼓動が聞こえる。早くなってきてい……


「父ちゃんおれもー!」


「ぼくもー!」


 平と昌がくっついてくる。バランスが崩れてみんな転がった。


「あははははははは」


 まだ解決策も見つかってないけど、心は晴れていた。

 1人で閉じ籠ってた。もしかしたら分かってもらえるかもしれないじゃないか。


 ありがとう、梨花さん。

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