帰路
『なんでタメ口なんだよ! 大分歳離れてるだろ! てっきり俺も同じくらいだと思ったじゃないか!』
うっかり現代語で叫ぶと男は驚き、後ずさった。
あ、いけね。
「歳が離れてるようだけど、敬語とか使わないのか?」
「何言ってんの。同じ大舎人だろ。んな畏まったことしたら貴族に失礼だろうが」
「おおとねり? なにそれ」
「あぁっ! 本当に何もかも忘れたのかよ!」
男はうんざりしながら、それでも丁寧に教えてくれた。
男は石山正宣と言うらしい。現代っぽい名前で覚えやすかった。
俺らは大舎人と言って宮中の宿直、食事の配膳、祭事の準備、掃除、その他雑用……つまり用務員みたいなことをやってるらしい。
官位は無い。無位下級官。雑任って言って本当に雑用。
生活レベルは生かさず殺さずのギリギリ。贅沢はまず出来ず、まあ、食べていく分には何とかなると言う状況。
記憶の無くなってる今、取り敢えず休みを貰って記憶が戻る事に賭けようと言うことになった。
ちなみに彼は23歳。
正宣くんの親は大監物という宮廷の鍵の管理者のリーダー。
従五位下という官位を与えられている貴族らしい。
官位は一位から八位まであり、五位より上が貴族とされる。五位と六位では給料が倍違う。
親が貴族だと家に金がある、いい生活が出来るだけじゃなく、子供の出世にも影響する。
この時代は親の権力が子供にモロに影響する超世襲世代。今は同じ用務員でも正宣には将来が約束されている。まぁ、親かこいつがよほどのヘマをしなければっていう条件付きだが。
この時代、下克上なんて存在しないし、自分の学力は関係ない。親の権力が絶対の社会で、いくら現代チートが備わっていたとしても出世というのはほぼ無理。
まずこの歳(聞いたらはるあきらさんは自分の生前と同じ38歳だった……)で未だに雑用に甘んじてる人間が目に止まるなんてことは無い。
はるあきらさんの父親は大膳太夫という給食センターのセンター長みたいな職に就いてた。正五位下の立派な貴族だった。
親父が貴族だったときにこの職に就いて、ゆくゆくは親父から継承されるはずだったのが、親父が失脚した時点で話がなくなり、そのままこの下っぱを続けてるという状態。
地方に産まれたらベリーハードモードって言われる時代に手に職を持って日本一の都に住んでる。
そして言うなれば国会議事堂と宮内庁の用務員って考えたら勝組の部類に入るんだろうけど……
詰んでるよなぁ。昔の日本とか合法ハーレム天国とか思ってたけど色々無理だ。それこそ死なない事を考えるしかない。
神様の御褒美かもって思ったけどこんなんじゃ生前と変わらない、いや、生活が困窮してるような状態で健康保険も年金も生活保護も無い世界だと更にハードかもしれん。
「本当に記憶無いのか? ここがお前の家だぞ」
タメ口も理解出来た。言うなればお情けで置いて貰ってる中年の下っ端と、将来の約束された貴族のご子息だもんな。年功序列なんて存在しない。
逆にこっちが敬語使った方がいいのか聞いたら、同じ役職で敬語を使うことは同じ下位の人と貴族を同列に見てるのと同じで貴族を貶めてる事になるらしい。
家の戸を開けるとはるあきらさんの妻が出てきた。家族構成は妻と子供2人らしい。
「あら、お帰りなさい。まぁ、正宣さんまで。どうしたの? 上がってく?」
目を見開いた。はるあきらさんの美的センスに感謝する。
肌は日に焼けたのか少し褐色気味だがぱっちり二重、鼻は通っててお歯黒も無い。
か、かわいい……
おたふくみたいなのを想像してたけど、神はまだ見捨てて無かったのか。
こんな美人と一緒にいれるなんて!
この世界にちょっぴり生きる希望が見えた