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梨花

 はるさんが記憶をなくしたと言ってどれ程経っただろう。


 最初は、恐かった。

 不思議な事を言うようになったし、よくキョロキョロと物を見て回るようになった。


 はるさんが働けないようになったら家に米が入ってこなくなる。


 正宣さんの言う通り、記憶が戻ってくれることに期待した。


 夜に抱いてくれなくなっても、色々聞かれても平静を装っていたけど、恐かった。




 病にかかったときはもう駄目だと思った。


 お義父様も失脚され、はるさんも誰かに狙われたのだろう。呪いをかけられてしまったんだ。




 でも、その時からはるさんは変わった。そこら辺に生えてる草から薬を作り出した。


 今ある食べ物で料理の味を変えた。


 それまで辿々しかった接し方が本当のはるさんに戻った。


 恐かったのが今まで以上に尊敬するようになった。

 昔と変わらず優しかったけど、他人と関わるようなよそよそしさを受けていた。それも無くなって本当の家族に戻ったようだった。




 私の失敗も法力を使ってより良い結果にしてくれる。頼もしくて、何でも叶えてくれると思った。





 ただ、お米が足りなくなった時は困ってた。私のせいなのに。はるさんの給料が減ることを考えて無くて、家計が急に苦しくなったのに。


 何とかするって言ってくれた。


 でも、それからのはるさんは苦しそうだった。私のせいなのに。


 私なら、木の皮でも稲の藁でもいい。それで空腹を誤魔化してもはるさんと息子たちにはちゃんと生活してほしい。


 夜に寝ずに働きに行ってもいい。これ以上はるさんを苦しめたくなかった。


 でも、結局何もできなかった。せめてはるさんを支えようと、悲しい顔を見せないよう取り繕う。それしかできなかった。




 なのに……


 麦の蓋を開けて呆然としてしまう。ハッとして麦を掻き分けると底に水が溜まっていた。





 なんで。





 なんで?




 麦は根っこが生えてきていた。なんで私ははるさんを苦しめているんだろう。


 涙が止まらない。なんで苦しんでるとこに追い討ちをかけるんだろう。


 胸が締め付けられる。

 貴族の方に抱かれたら幾らか助けてくれるだろうか。

 いや、私みたいな女なんて見向きもされないだろう。


 いっそこの命を絶って罪を償う……




 いや、それはただ逃げてるだけだ。これだけ問題を残して自分だけ逃げるなんて出来ない。





 家の外に出る。何か、私にできること……そんなものない。私にはなにもない。


 その時遠くから走ってくるはるさんが見えた。足ははるさんに向かってしまう。


 胸に飛び込んだ。



 ごめんなさい。


 私が苦しめているのに。



 ごめんなさい。


 どこまでも問題を作り出して。



 ごめんなさい。


 それでもはるさんに頼ろうとしてしまう。



「あぁ。いや、ちょうどよかったよ! ありがとう! 直ぐに取り掛かれる!」


 ……え?


 はるさんの顔を見ようとしたらぼやけてた。涙をぬぐおうとしたらはるさんが顔を拭いてくれた。


 あ……はるさんの顔、明るくなってる。


 申し訳無いのに、この顔を見たら何故か安心してしまった。




「飴を作る」


 家に入るとはるさんが言ってきた。

 耳を疑った。糖や飴は高くて手に入れる事が出来ない。昔、1度だけ食べたことがあるだけだ。


 それを作ると言ってきた。買うじゃなくて、作る。


 そんなことできるわけ無いのに、はるさんは自信のあるような顔をしていた。



 え? 本当に作れるの?



 今までの法力とはるさんの自信、不思議と出来そうな気がしてしまう。


「砂糖は700年かかるけどね。試しだから米を3合炊いてもらえる?>あと……」


 言われた通りに麦を乾かし、米を用意する。


 水を多めに、いつものようにお粥にした。


「あちっ、あちちっ……」


 はるさんはお粥に時々触ってる。術をかけてるようだ。


「あちっ、そろそろかな」


 そう言って根の生えた麦を砕いて入れた。


「続きはまた明日」


 そのあとは今まで通り、ごはんを用意してお風呂に行った。





「そんなに謝らないで」


 夜、布団の中で謝っていた。私の失敗は失敗なのだ。


 そんな私にはるさんは優しかった。


「どんなに失敗しても俺が何とかするから」


「梨花さんが明るいと俺ももっと頑張れる」


「だから梨花さんは笑顔を絶やさないで」


 はるさんに抱き寄せられる。


 優しさに満たされていく。


 ゆるされる。




 ありがとう、はるさん。私、頑張る。






 朝起きるとはるさんが釜戸にいた。火を付けようとしてうまくいかないらしい。


 可愛かった。


 ずっと見ていたかったけど起きて手伝う。はるさんの役にたてたことが嬉しかった。


 昨日置いてたお粥をして、出てきた水を火に当てている。

 水が無くなっていくととろみができてきた。


「……そろそろかな」


 冷ました後に味見をしている。うん、と呟き頷いていた。


「舐めてごらん」


 はるさんが指に付けて口に持ってきた。


 指を、くわえる。


 もじもじしてくる……


 ……!


 あ、甘い!


 本当に糖を作り出してしまった。私はただ驚くばかりだった。



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