夜勤
頭の中で同じことがぐるぐる回っている。
売ってお金になるような物もない。
何もかも売り払ってもお金を稼げる様なものを手に入れる事が出来ない。
異世界に行ってしまった時を妄想して醤油と味噌の作り方は覚えてきた。
この時代には普及していないから革命的な発明になり得るのに、原材料の大豆に手が届かない。
油すら手に入らない。石鹸も作る事が出来ない。
多分この家の物を全部売り払ってもたかが知れてるだろう。
日本なのに日本で馴染みのあるものが手に入らない。
米すら満足に食べることも出来ない。
頭がずっと同じところを回ってる。解決しない考えを何度も引き出しては否定していく。
結局何も出来ず仕事の時間になってしまった。
夕陽の刺す都を宮廷まで向かう。
宿直。3人組で1時間宮廷内を見回り。2時間休憩。
最初は正宣と一緒に見て回った。
松明を持ち、ぐるりと回る。時計も時報もないから体感で戻る。だからきっかり1時間ではないのだけれど。
基本的な引き継ぎが「異常なし」なんだから、特段何が起こると言うこともない。
終わって次の人と交代したら仮眠もできる。また答えのでない問題に取りかかろうとしてたら夜のお泊まり会名物、怖い話が始まった。
「……で、男は藪に隠れて老婆をやり過ごそうとするんだけど、足音は真っ直ぐに自分に向かってくる。そこで……」
「 回ってきたぞー。次、誰だ?」
「……よし、肝試しだな。誰か行く度胸のあるやつはいないか?」
「ま、まだ話の続きだろ? お……俺は最後まで聞きたいな」
「あー? お前こわがってんな」
ははははは。
夜の怪談はいい感じに盛り上がっていた。話しに粗はあるんだけど、やっぱり人外に追いかけられるタイプの話は苦手だ。
「よーし、じゃあ遥晃だな。今回は1人で回ってみよう」
お、おい! 誰だよ提案したやつ! あ! 皆も話しに乗るなって!
1人暗い宮廷を歩く。結局俺が行くことになった。
月が天高く宮殿を照らしている。月明かりってこんなに明るいものだったんだ。
神秘的な、太陽とは違った明るさと、古の建物が不思議な感覚に陥らせる。
大分慣れてきたからだろう。周りを見る余裕が出来るようになって改めて過去に来ていることを実感していた。
でも。
やっぱり怖い話を聞いたあとに1人で夜の宮廷を歩くのは怖い。
建物が建物だし。夜の神社に1人で来てるような恐怖を感じる。
よ……よし、あまり暗いとこを見ないようにしよう。出来るだけ急いで回ろう。怖くない怖くない。
こういうときは楽しいことをイメージして妄想に集中するんだ。現実を逃避しろ。えっと、楽しい事……ば、ばん……ばんちょう……
番町皿屋敷
あーあ、何だよ。こういうときに限って何故か出てくるんだよね。出しちゃいけないイメージ。早く楽しい事……
「……いちまーい」
「ひいいいいいいいいい!」
心臓が! 裏返るかと思った!
空気を吸いながら変な声が出た。
「誰かそこにおるのか?」
「は、はい! 大舎人の吉備津遥晃と申します! 警護中でした! 大声をあげてしまい申し訳ございません!」
屋敷の方から聞こえた。宮中の女性か。グッドタイミング過ぎて死ぬかと思った。もう歳なんだから心臓止まってもおかしくないぞ。
「いや、こちらもすまなかったな。先程から数えておってな」
「まさか、1枚足りないのですか?」
つい口走ってしまった。
「……! 分かるのか? 帝より頂戴した櫛なのだがな。1枚見つからぬのだ」
当たってしまった。まんま皿屋敷じゃないか。てか櫛って枚で数えるものなのか?
櫛とか無くすって言ったら……
「箪笥の裏じゃないですかね……あ、申し訳ございません! えっと……」
「よい。探し回っておったがみつからん。明日探してみよう。遥晃と言ったか。お勤めご苦労」
ついうっかり軽い言葉で返してしまったが聞き流してもらえた。
「ありがたきお言葉にございます」
取り敢えず見回りを続ける。まだ心臓がバクバクいってる。怨霊とか信じないとか言っても怖いものは怖い。
暗闇は恐怖を掻き立てるんですよ。
膝がプルプルいってる。見回りを終えたら直ぐに横になって布団を被った。
他の舎人に囃し立てられたが、「ああ、怖かったよ!」と女性とのやり取りを説明する。
「何で女の声がしたんだ?」
ん?
「だってこの時間、内裏の外に女なんていないだろ?」
宮中にいる女性は天皇の后か妾くらい。天皇の生活する内裏に屋敷を貰い、住んでいる。内裏は2つの塀で覆われて向こうから出ることも、こちらが入っていくこともできない。
だから会話は出来ない。
……え?
じゃあさっきのやり取りはなんだったの?
……
……よし、忘れよう。
うん。何もなかったんだ。
そして、布団を頭から被ると直ぐに寝てしまった。