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ハルのほぼ日常日記  作者: 銀月
1.落ちこぼれ女と面倒臭い脳筋
7/11

そのろく

「こんなに面倒だとは思いませんでした」

 翌朝、朝食をつつきながらターシスを相手にハルはぶつくさと愚痴を漏らす。

 レーネには先に朝食を運んであるし、カルナートは不貞腐れているのかなんなのか起きて来ないしで、食堂にはターシスとハルのふたりきりだ。

「何がです?」

「助手という名前の弟子ですよ」

「ああ、もう弟子と認めてるんですね」

 げほ、ととたんにむせるハルに、ターシスはにやりと笑う。

「……魔法だけ教えればいいと思ってたんですよ。いい大人なんだし、学校も出て師団に入って数年経ってるんだから。

 それが、蓋を開けてみたらこのざまです」

 くっくっと笑うターシスを睨むように目を眇めて、ハルは朝食のパンを齧った。

「ええと、20くらいでしたっけ。僕の息子も似たようなものでしたし、あれくらいの歳は皆そうなんじゃないですか?」

「デールが? 彼はもう少し落ち着いてたと思いますけど」

「いやいや、似たようなものでしたね」

「そうですか?」

 笑い続けるターシスを恨めしそうに見やって、ハルはスープを飲む。

「……まあ、それなら自分の時はどうだったんだと言われたところで、もう数百年も前のことなんて覚えてませんけどね」

 ぶちぶちと少々愚痴っぽい口調のまま続け、それから、「ああそうか」と何か思いついたような表情を浮かべた。

「何がそうかなんです?」

「どうしてそんなに焦って行動するのかと思ってたんですけど、考えてみたら人間の結婚適齢期はいいとこあと5年でしたね。そこから10年もしたら、子供を産むにも遅すぎる年齢なんですよね。

 そんな一瞬で終わるものなんだって、正直、忘れてました」

 人間はいろいろ急ぎすぎるから、テンポが掴みにくいんですよ……などと、ハルはやっぱり愚痴るように呟く。

「……確かに、ヴァルツフートじゃ人間のほうが少なかったですからね」

 笑いながら朝食を片付けるターシスを、ハルはもう一度見やって溜息を吐いた。


「それにしても、まだひと月も経ってないのにえらく疲れました。今さらですけど、前師団長(シーロン)が頑なに弟子を嫌がってた理由がわかります」

「そんなにですか?」

「弟子がもしデールだったらと考えても、年寄りにはキツイですね」

 ぷ、と噴き出すように、またターシスは笑う。

「ハル殿だって、魔族ではまだ若いほうのくせに。そういう年寄り臭いことは、西の元魔王くらいの歳になってから言うことなんじゃないですかね。

 それに、レーネのことも結構気に入ってるように見えますが?」

「そうですか? まあ、嫌ではありませんけど」

 食べ終わった食器を横にのけながら、ハルはまたひとつ息を吐く。

「……ターシスさんには何が問題に見えますか」

「問題ですか」

 ふむ、と考えて、ターシスは茶をひと口飲んだ。

「いちばん大きいのは、レーネに自信がないことですかね。そこをカルナートがさらに押してるように思います。

 彼は、ある意味正しい騎士道精神の持ち主のようですし」

「やっぱりそう見えますか……まったく、大事に閉じ込めておきたいなら、深窓の令嬢でも選んでおけばいいのに。

 エーメさんに弟子入りしたと聞いたから、そのあたりの意識が変わったんだと思ったんですよ」

 苦笑するターシスに、ハルは顔を顰めてみせる

「魔法使いと騎士を、剣と体力という点で比べること自体がナンセンスだと、未だに理解してないんです。どちらが強いとかそういうものではなく協力して補い合うものなのだと、この国の騎士はどうもわかっていないようですよ」

「……この国は戦争らしい戦争なんてなかったですからね」


 魔物退治も魔族討伐も、どちらかといえば騎士たちが箔をつけるためのもので、魔法使いはその補佐をする立場でしかなかった。北方の蛮族だってたいした脅威ではない。

 妖精郷とは友好な関係を続けているし、東の大陸も遠く海を隔ててたまに船で行き来するだけだ。

 だから、国内の貴族や領主にさえ気を配っていればいい、ある意味すごく平和な国だったのだ。


「その割に、魔族の叩きっぷりはすごかったようですが」

 ターシスは軽く肩を竦める。

「これは、エディトやエルネスティからの受け売りなんですけどね」

「はい」

「人間は、魔族が怖くて羨ましくてたまらないらしいですよ」

「……は?」

 ハルは胡乱な目でじっとターシスを見つめる。

「あまりに怖いし羨ましいから、目につかないよう滅ぼしたくなったんだろう、と言ってました」

「……種族の差なんて一長一短でしょう」

 呆れたような口調で漏らすハルに、ターシスも呆れたように眉を上げる。

「元魔王の話じゃ、魔族が妬ましくて憎くてどうしようもなくて、魔族を迫害しながら魔族のような寿命と魔力を欲しがった魔法使いもいたらしいです」

「……馬鹿なんですね」

 はは、と笑ってターシスは立ち上がる。

「まあ、そのあたりはクラインリッシュという国も似たようなものだったじゃないですか。

 それじゃ、僕はカルナートを連れて身体でも動かしてきます」

「……はい」




 部屋へ戻ると、朝食を終えたレーネがぼんやりとベッドに座っていた。

「レーネさん、調子はどうですか」

「あ、大丈夫です」

 慌ててベッドを降りようとするレーネを制して、ハルはそのまま寝ていて構わないと手を振る。

「ああそうだ。午後までぶり返さなかったら、教会に行ってみますか?」

「教会ですか?」

「太陽神の教会に、神の御使いの犬がいるんだそうですよ」

「御使い、って」

「食堂で、女将さんがそう言ってました」

「神がいるなんて聞いたことがないのに、御使いなんですか?」

 首を捻るレーネにハルは「さあ?」と肩を竦める。

「何かそういう謂れでもあるんでしょう。人間て、ほんの数百年前のことでもいろいろ改変して伝えるものじゃないですか」

「ほんの、ですか」

 どことなく納得いかないような表情のレーネは、わかりましたと頷いた。




 午後になり教会へと赴くと、“神の御使いの犬”は2匹いた。

 1匹はハルとレーネを歓迎するように数回尻尾を振ると、またゆったりと寝そべってしまった。もう1匹はまだ若いのか、見慣れない客人に興奮して走り回る。


「親子ですかね」

 大きさと毛の色合いだけが少し違っているだけのよく似た2匹を見て、ハルが小さく首を傾げる。

「たぶん、そうじゃないでしょうか」

「御使いという割に、落ち着きがないですね」

 じゃれて身体を押し付けてくる犬をもふもふと撫でると、犬はちぎれんばかりに尾を振り回す。

「こっちはずいぶんお婆ちゃんのようですから、親子かもしれませんね」

 レーネが寝そべったままの犬をそっと撫でると、また小さく尾を振って気持ちよさそうに目を細めた。

「どう見てもただの犬ですけど、どうして御使いなんでしょう」

 そう話す間にも、犬は伸し掛るように前脚を掛けて立ち上がり、ハルの顔を舐め回し始める。「ちょっと落ち着いてください」と、どうにか犬を抑えようとするが、力負けして抑えきれない。

 アルティは、大きな犬を避けてハルの頭の上に登ってしまっている。


「ジュニア!」


 急に呼びかけられて、犬は声のするほうを振り向いた。とたんにハルから離れ、そちらへと走っていってしまう。

「大丈夫ですか? すみません、ジュニアはひとが好きで、すぐああして甘えてしまうんです」

「いえ、大丈夫です。少し重かったくらいで」

 立派な髭をたくわえた、太陽神の印を刺繍した騎士服を着た男が、手巾を差し出しながら軽く頭を下げた。

「私は太陽神と大地の女神に仕える騎士レナトゥスです。こちらで御使いの犬のお世話もさせていただいてます」

「俺は魔法使いハルで、こちらは助手の魔法使いレーネです」

 名乗りと一緒に握手を交わし、ハルはレナトゥスの足元に座って尻尾を振る犬に視線を落とした。

「この犬が神の御使いというのは、どういう謂れからなんですか?」

「ああ、神の御使いたる黄金の竜が預けていった犬の子孫だからですよ」

「……は?」

 怪訝な顔になるハルに、レナトゥスはくすりと笑う。

「その昔、何百年も前、このあたりに魔神が現れて人々に(わざわい)をもたらしたのですが、太陽神の御使いたる黄金の竜に乗った大地の女神の御使いが現れ、地の底へ封じたという話があるんです。

 その時、御使いが教会に預けた黄金の犬が、この2匹の祖先です」

「はあ……」

 にこにこと流れるように説明されて、ハルは戸惑ったように頷いた。

「御使いの犬は、代々リヒトという名前なんです。先代のリヒトは今年でもう12歳になるおばあちゃんなんですよ。最近は動き回るのもしんどいようで、寝てばかりになってしまいましたが。

 今代は今年5歳で、先代が少し歳がいってからの子供なんですが、もう仔犬でもないのに、全然落ち着きがなくて」

 笑みを深めるように目を細めて、レナトゥスは続ける。

「それに、御使いのおふたりもリヒトたちを気にかけてくれていて、ちょくちょく顔を見に訪れてくれるんですよ」

「……御使いが、来るんですか?」

 ハルが目を瞠る。レーネも犬を撫でる手を止めて、「御使いって、本当にいるんですか?」と顔を上げる。

「ええ。昨日は来られなかったから、今日あたり……ああ、やはり今日でしたか。いらっしゃいましたよ」

 レナトゥスさん、と遠くから呼びかける声が聞こえてハルは振り向き、顔を引き攣らせて固まってしまう。レーネはいったい何をそんなに驚いているのかと首を傾げる。

 教会前の広場を横切って、手を振るふたつの人影がのんびりと近づいてくるだけだ。男女のようだけど、ふたりとも背が高い。

 ジュニアと呼ばれた犬が、ウォン、と一声鳴いて尻尾をちぎれんばかりに振り回しながら走り出した。

「わあ、小さいリヒトは今日も元気ですね。大きいリヒトはどうですか?」

 小さいほうの人影が、そう笑いながら被ったフードを下ろした。長く伸びた癖のある黒髪から1本だけ突き出た角を見て、レーネも目を瞠る。

 大きいリヒトと呼ばれた犬が、地面に寝転がったまま頭だけを起こしてはたはたと尾を振った。

 もうひとりの人影も、ハルとレーネに軽く会釈をしながらフードを下ろす。

「え、金色?」

 ぽかんと驚いた顔で呟くレーネに、金色の髪に金色の角を生やした彼は「今日はお客さんがいるんだね」とにっこり笑った。



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