そのさん
どうやらやる気を出したらしいな、と考えて、ならば指導の前に現状を把握しなければ、と呪文室で念のため結界も作って魔法を使わせてみたが、これは……。
「……正直言って、君の魔力量はさほど多い方ではないと思います」
「……はい」
ハルが切り出すと、案の定、ショックだという顔でレーネは黙り込んだ。
「人間の魔法使いならギリギリ平均程度という量ですし、別に少なすぎるというわけではないですよ」
「そう、ですか?」
しょぼしょぼと俯向くレーネを、ハルは「それで」と続けつつちらりと見る。
「俺たちが西に来て驚いたことでもあるんですが、こっちの魔法使いは基本的に魔力の制御が甘くて無駄が多いんですよ」
「え、無駄?」
「魔族みたいな、魔力感知の得意な種族抜きで長年やってきたせいでしょうね。妖精も魔力量の割に感覚は鈍いですから、精霊眼でもなければそんなに気にしませんし」
渋面のまま、考え込むような顔でハルは続ける。
「西の魔法使いは、必要十分な魔力量きっちりで魔法を使うのが下手なんです」
「きっちり……?」
「さすがに高位の魔法使いはそこそこうまいですけど、下位から中位の魔法使いは、俺が見る限りかなり適当です。
あれでは枯渇も早いし痕跡も残しまくるし、いいことありません」
ハルの言う内容が今ひとつピンと来なくて、レーネは不思議そうに首を捻る。
「……で、君の場合、さらに言うと、その辺のコントロールが相当酷い」
「相当、酷い、ですか……」
「そう。魔力量の割にやたら無駄遣いするから、すぐ打ち止めになるんです。おかげで大技を出そうにも魔力不足で出せないということになる」
やれやれと首を振るハルに、レーネはがっくりと項垂れた。
学院時代にも持久力がないとよく言われたのだ。心当たりがありすぎる。
「魔力量って、もう増えないものなのでしょうか」
コントロールが問題なら、今後の努力でなんとかなりそうな気がする。けれど、魔力量は……と考えて、レーネはぎゅっと目を閉じる。
基本、魔力とは生まれ持った才能であり、一生変わらないものだと言われるのだ。
だが。
「魔力量は、まあ、解決できないことはありません」
レーネがパッと顔を上げる。
「けれど、解決したところで無駄遣いを止められないなら、意味はありません」
「なんとかなるんでしょうか?」
縋るようなレーネに、ハルは「君次第です」と肩を竦めた。
「ま、順番に解決していきますが、まずは魔力量ですね。魔力を底上げしてから、みっちりコントロールの訓練をしましょうか」
「魔力の底上げなんて、どうやって?」
方法などまったく想像がつかず、レーネは少し胡乱な表情を浮かべる。
「ああ、それは簡単です。使い魔ですよ」
「使い魔で増えるんですか?」
ことも無げにに言ってのけるハルに、思わず彼の肩のアルティを見ると、レーネを振り向いてにゃあと鳴いた。
「そこは運といいますか、呼べた生き物次第です。けれど、使い魔にした生き物の魔力を共有するわけですから、底上げがゼロということにはなりませんよ」
「使い魔で……」
「他に、使い魔を持つと若干の感覚の底上げと共有もあります。それに、なんといっても一生を共にすることになるんですから、どんな生き物を使い魔としたいかのイメージはしっかり作っておいてください」
どんな、生き物。
じっと考え始めるレーネに、アルティはまたにゃあと鳴く。
「今すぐでなくて構いませんよ。呼ぶまではまだ時間があるんですから」
ハルが肩を竦めて声を掛けると、レーネも「そうですね」と息を吐いた。
それから、ふと、ハルが何かに気づいたように「あ」と呟く。
「この近辺に、ひとが少なくて獣が多く住むような場所はありますか」
「え? ……わかりません」
「では、誰か詳しいひとを探して……ああそうだ、デールに訊いてみましょう」
「デール殿ですか?」
「彼なら知っていそうですから」
部屋を出るハルの後についていきながら、デールというのは、確かもともと西大陸出身の魔族だったっけ、と考える。けれど、だからと言って西大陸の地形に詳しいということになるのだろうか。
デールの研究室も同じ棟内だ。すぐに着いて、ハルは扉をノックする。
「デール、ちょっと教えて欲しいことがあります」
間をおかずに中からどうぞと声が掛かった。かちゃりと扉を開けられて中を覗くと、小さな女の子がいることにレーネがぎょっとしてしまう。
「レヒター、またその格好になってるんですか」
「おう。結構おもしろいんだぜ」
ハルがくすりと笑うと、にいっと笑ってまるで乱暴な男の子のような口調で話し出した女の子に、レーネはまたぎょっとする。
「ハルさん、どうしたんですか? 後ろのひとは、ハルさんの助手ですよね?」
がたりと椅子から立ち上がる音がして、部屋の奥から声が掛かった。
「そう、俺の助手のレーネですよ」
「あの、レーネです。よろしくお願いします」
ゆっくりと歩いてくる長身の魔族の青年に、レーネは慌ててお辞儀をする。
「そうですか。ぼくはデール。そいつは、ぼくの使い魔のレヒターです。
レヒター、いい加減変身を解けよ」
「ちぇ」
女の子の姿がたちまち溶けるように歪み、虹色に輝く鱗の小型の竜に変わった。
「俺はレヒターだ、よろしくな、嬢ちゃん」
驚いたままこくこくと頷くレーネに、レヒターはもう一度、にいっと笑った。
「で、急にどうしたんです? 訊きたいことって?」
「レーネさんに使い魔を呼んで貰おうと思うんですよ。それで、良さそうな生き物のいる場所を知らないかと」
「ああ、なるほど」
また女の子の姿に変わったレヒターが、かちゃかちゃと音を鳴らしながら茶の入ったカップを置いていく。
レヒターは使い魔だというのにお茶汲みまでするのかと、変に感心しながらレーネはひと口こくりと飲んだ。
「……さすがにちょっとよくわからないですね。たぶん、そういうのは父さんのほうが詳しいと思います。趣味と実益兼ねて、あちこちで魔物狩りしてるはずだから」
「なるほど、ターシスさんですか……彼はどこに?」
「……さあ?」
肩を竦めて、デールは少し考えて、「でも」と続ける。
「連絡すればすぐ王都に来るはずですから……ちょっと待ってください」
ふむ、と頷くハルに、デールは魔法を唱えて集中する。
「今日の夕刻には王都に戻るそうです。数日は門の近くの“妖精の薄羽”亭に泊まるから、いつでもそこに来てくれればいいって」
「そうですか。ありがとうございます」
夕刻、日暮れの鐘がなる頃に“妖精の薄羽”亭を訪ねると、食堂には既にターシスがいた。すぐにハルに気付いて、ひらひらと手を振る。
「久しぶりです」
「そちらが、あなたの助手ですか」
にこにこと会釈をするターシスに、レーネもぺこりとお辞儀を返す。
「レーネです。あの……魔族、なんですよね?」
「え? ああ、角ですか」
色は確かに魔族だし耳もそのままなのに、ターシスの頭に角だけがない。レーネがつい視線をやったことに気付いて、ターシスが困ったように目を細める。
「……姿変えを掛けたまま行動するのに慣れてしまってるもので、出すとすぐ引っ掛けてしまうんですよね。意外に重いから、バランスもうまく取れなくて。頭がぐらぐらするんです」
はは、と笑って魔法を解いた彼に、「はあ」とレーネもつられて曖昧に笑った。
「それで、今日は?」
「レーネさんの使い魔を呼ぶんですよ。それで、どこか使い魔向けの生き物がいそうな良い場所がないかとデールに尋ねたら、ターシスさんなら詳しいんじゃないかと言われたんです」
「使い魔向け、ですか……」
「ええ。できれば魔力を持つ生き物を呼びたいので、魔力だまりのあるような土地がいいんですけど」
ふむ、とターシスはしばし考え込む。
「この辺なら、魔の森かグラウシャッツの森ですね。僕としては、グラウシャッツのほうがいいかと思いますけど」
「グラウシャッツ?」
「王都のほぼ真東にあるんです。理由はわからないけれど魔力が集まりやすい土地で、魔の森に比べるとあまり危険な生き物がいないんですよ」
「なるほど、それは良さそうですね。
ターシスさんにガイドはお願いできますか?」
「ええ、構いませんよ」
レーネが呆然としている間に、ハルは手際よくターシスと3日後に出発することまでを決めてしまった。
その後も、魔道具屋に寄るからと、レーネを連れて路地の中へと入っていく。
師団へ戻る時にはふたりとも両手いっぱいの荷物を抱えていた。歩きながら、ごく軽い調子で出発までに済ませなければならない諸々のことも説明され、レーネは早くも頭痛を感じていた。
そして3日後、出発の日。
「あの、ハル殿、どうしてカルナートまで……」
「ああ、いちおう10日ほどの外出なので届けを出したのですが、騎士団から護衛を連れて行くようにと言われたんですよ。
それで騎士団に行ったら、彼がどうしてもと志願するので依頼しました」
約束の宿の前で、ターシスと共に馬を引いて立つカルナートを見つけてレーネが青くなると、ハルはことも無げにそう言ってのけた。
「で、でも……」
「ま、俺の監視も兼ねてるんでしょうね。
彼の腕は悪くありませんでしたし、俺としてはレーネさんの儀式の邪魔さえしなければ誰でも構いません」
淡々とそんなことを述べるハルとじっと佇んで自分たちを待つカルナートを、レーネは挙動不審気味にきょろきょろと見比べた。