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ハルのほぼ日常日記  作者: 銀月
1.落ちこぼれ女と面倒臭い脳筋
10/11

そのきゅう

 翌日、レーネの体調を確認すると、ハルは言葉どおり、太陽が中天を回るころに町を出た。

 馬の背に野営用の道具を積んで、たっぷり5日分の食料を用意して。


「こんなに必要なんですか?」

 レーネは鞍袋いっぱいの食べ物やさまざまな道具をちらりと見やる。町までの旅程の荷物はここまで大きくなかったのに、少し多すぎなのではないか。

「往復で2日、現地で最低1日、そこに余裕分を足して5日分ですよ」

「余裕分ですか?」

「そう。1度目で首尾よく呼べればいいですが、うまく呼べなかったら場所を変えなきゃいけません」

 なるほど、と納得して……今度は、余裕はたった2日分だけでいいのかと不安になってしまう。そんなに早く、自分に呼べるのかと。

「――ちなみに、食料に関してだけなら、ターシスさんの狩りの腕は確かですし、転移もあるのでさほど心配はしてません」

「はあ」

「なので、まんがいちのトラブルを想定して、ですね」

 森にどんなトラブルがあるものなのだろう。




 森に踏み込んでから半日以上が過ぎた。

 さすがに、道のない足場の悪い森の中を行くのに騎馬では不都合だからと、皆、馬には乗っていない。それぞれの馬の背にそれぞれの野営道具を積んで、手綱を引いてゆっくりと歩く。


 地面の上を這うごつごつとした木の根や張り出した草に足を取られないよう注意して、低木の茂みを迂回して……レーネには、今、森のどのあたりまで来たのか、さっぱりわからない。

 だが、ターシスはこの手の外歩きにはずいぶん慣れているようだし、道に迷ったりはしていないのだろう。

 少し前を歩くハルは、きょろきょろとひっきりなしに周囲を見回している。まるで、何かを探しているように。

 おそらく、召喚するのにふさわしい場所を探しているのだろう。

「どんな場所がいいんですか?」

「――竜の棲家から、離れたほうがいいんですよ」

「そうなんですか?」

 レーネの質問に答えて、ハルは森の東のほうへ視線を向ける。

「この森にいるのは金の竜で性質は穏やかですし、普段ならいいんですけど、彼の気配に紛れて“声”が届かなかったらいけませんから」

「気配ですか?」

 気配で声が届かない? レーネはまた首を捻る。

「竜は強い魔法を帯びた存在なので、そこにいるだけで結構な気配を放っています。そのためか、近くでは使い魔候補に“声”が届きにくくなるんです」

 ハルからちゃんと魔法を学ぼうと考えてからずっと、レーネにとっては何もかもが初めて聞く話ばかりだった。そもそも、“使い魔の召喚”というものだって、東の魔国からやってきた魔法使いが伝えたものなのだ。

「その、私、竜のことも全然知らなくて……」

「もったいないですね。竜と知己になれる機会なんてそうありませんよ。

 デールの連れてる妖精竜(レヒター)もそうですけど、竜はまだまだ知られていないことのほうが多い種族なんです。せっかくの機会を得たんですから、君はもっと貪欲にならなくては。魔法使いならなおさら」

 くすりと後ろで笑う声がして、レーネは振り返った。

 くっくっと笑っているターシスに、自分の未熟を笑われてるようで、レーネはなんだか気まずくなってしまう。

「レーネ殿、白き贈り物の日に王都に現れる、“幸運の黄金竜”の話を聞いたことはありませんか?」

 が、ターシスが口にしたのは別なことだった。どうして、幸運の竜の話がいきなりここに出てくるのだろう。

 レーネは小さく首を捻る。

「そういえば、少しだけ……」

「有名な話だな」

 カルナートが、聞き齧りの黄金竜の話をする。

 貴族街にあるパティスリーの毎年一日だけ限定発売される菓子の行列で、彼の後ろに並べればその恋が成就するとか、言葉を交わせればプロポーズがうまくいくとか、竜に戻る姿を目にできればその年は幸運に恵まれるとか。

 たしかに、師団の男性魔法使いたちがそんなことを話していたなと思い出す。

「あの竜は、この森に住んでるんですよ」

「え? じゃあ、まさか」

「あなた方が昨日会ったっていうウルスさんが、その黄金竜です。竜のことを知りたいなら、彼に訊けばいいと思いますよ。

 王都にもこっそり遊びに来ているようですし」

「そうなんですか!? 全然気づかなかった」

 ハルもレーネも、そしてカルナートも呆気に取られてしまう。

「彼はどうやら気配を消すのがうまいようです。エシュヴァイラー伯と懇意にしていますし、特に何かする気もないようだからと、師団もあまり構わないようにしていると聞きましたが」

「驚いた……本当に気付きませんでした。俺はこれでも、感知には結構な自信があるんですけど」

「昔は角が禁止だったから、見つからないようにがんばったらしいですね」

「はあ」

 角が禁止って何のことだろう。

 レーネは首を捻りながら歩き続ける。




 ほとんど丸一日歩き続け、ようやく止まった。少しだけ木々が切れて、狭いながらも天幕を張れそうな余裕はある、平らな広場になった場所だ。

「この辺りならいいと思うんですよ」

「はい……」

 そう言われても、レーネには他の場所とどう違うのかわからなかった。だが、ハルがそう判断するなら、ここは適した場所なんだろう。

「今夜は準備だけして休みます。儀式は明日の夜明けからですよ。

 カルナートさんとターシスさんは、念のため、周囲に注意してください。けれど、何かが近づいても弓を射たりはしないで、様子見だけでお願いします」

「ああ」

「様子見だけでいいのか?」

「君には、使い魔候補なのか、ただの獣なのかの区別がつきませんからね」

「……わかった」

 ターシスとハルのふたりが、準備や夜番の割振をさっさと決めてしまう。もちろん、レーネは抜きだ。

 さらには、夜明けとともに開始だからと、野営に慣れたターシスの先導で準備も食事もあっという間に済ませると、レーネは早く寝てしまえとばかりに天幕に押し込まれてしまった。しっかりと休息を取るようにと言われて。

 儀式を明日に控えて、はたして寝られるのだろうかとレーネは不安だったが、ずっと歩き通しだったせいか、あっという間に眠りに落ちてしまった。




「カルナートさんに、ひとつ注意をしておきます」

 天幕の外で、焚火の火を小さくしながら、ハルがおもむろに口を開いた。カルナートは怪訝そうな視線をハルへと向ける。

「明日の儀式中、絶対にレーネさんの集中を邪魔しないでください」

 カルナートは無言で目を眇めた。口を一文字に引き結び、じっとハルを睨みつける。

「君が彼女をどう考えているかというのは、はっきり言って俺にはどうでもいいことです。ですが、彼女は俺の弟子です。彼女が真剣に魔法を学ぶつもりなら、俺はそれを全力で助けます」

「つまり、何が言いたいんだよ」

「レーネさんには使い魔の召喚で自信をつけてもらう予定なんですよ」

 低く唸るようなカルナートを、ハルはちらりと眺める。

「ですから、もし君が恋情に任せてレーネさんを邪魔するのであれば、俺は君を全力で排除するつもりだと言ってるんです」

「な……俺が、そんなこと、すると……それに、排除なんてできるわけ……」

 カッと顔に血を上らせて、カルナートは反射的に怒鳴り返そうとして……。

「ない、と思いますか?」

 にやりと笑って、ハルが片手をかざす。たちまち周囲の音が何かに吸い込まれて無くなったかのように、しんと静まり返った。

 カルナートがごくりと喉を鳴らして、口を噤む。

「君は、すでに何度も彼女の意思を無視して自分に従わせようとしています。なので、俺はレーネさんに関して君を信用していません」

「そんな……っ!」

「おや、違うと言うんですか?」

 ぐ、と言葉に詰まる。確かに、カルナートは何度もレーネに師団を辞めろと繰り返してきた。

「俺は君たちの言う“東の魔国”で、魔族が多数を占める魔術師団の副師団長を勤め上げました。前師団長はとても性格の悪い怠け者の妖精で、国王陛下は面倒ごとを全部下に丸投げする腹黒魔族で、おかげで俺がとばっちり全部食ってたんです。そういえば、騎士団も魔法騎士団も、どっちかといえば君のような脳筋ばかりでしたね。その場の勢いで余計な仕事まで増やしてくれるので、彼らの後始末も大変でしたよ。

 だから、君程度ならどうとでもできますよ」

 淡々と述べるハルを、カルナートは必死に睨みつける。まるで、獰猛な獣を相手に、目を逸らした瞬間に負けるとでも思っているように。


 急に、ぶ、と後ろで噴き出す声がした。

 振り向くと、ターシスが肩を震わせていた。

「ハル殿、それ、あまり脅しになってないのでは……?」

「そうですか?」

「……お前! まさか、俺のことからかったのか!?」

「大声出さないでください。レーネさんが起きてしまいます。それと、からかってなんていませんよ」

 ギリギリと歯を軋らせるカルナートに、ハルはひとつ息を吐いた。

「君に邪魔させないためなら手段を選ばないのは本当ですし、陛下や前師団長に比べれば、君程度をどうかするなんて簡単なことだというのも本当です」

 ハルはじろりとカルナートを見上げた。

「そもそも、レーネさんは君が考えているほど何もできないわけではありません。彼女はこの国の魔術学院を出て師団に入った魔法使いです。少々実務が不足しているだけで、基本はできていますし、魔力量も問題ない程度にはあります。

 あとは、自信を付けて訓練すれば、並み以上の……第4の長であるエディトさんくらいの魔法使いにはなれると考えています。

 それとも、君はレーネさんに自信を付けられては困るんですか? 高位の魔法使いになってもらっては困ると?

 好きになった相手を引き摺り下ろして支配しなきゃ気が済まないようなガキは、お呼びじゃないんですが」

「な……な……っ!」

「ハル殿」

 顔を真っ赤にしたカルナートが何か言うよりも早く、ターシスが割って入った。

「言い過ぎですよ。カルナートも、右手を剣から離して落ち着くんだ」

 ふ、とハル小さく息を吐く。

「確かに、言い過ぎでした。けれど、今後、君がレーネさんの邪魔をするなら断固排除するというのは、本気です。よく考えてください」

 ターシスはカルナートの肩を押さえながら、困ったように空を仰いだ。






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