辞令を受けた日
「ちょっと何年か……100年か200年くらい、西に行ってくれないかな?」
「……は? 何寝言言ってるんですか?」
陛下の無茶振りはだいたいいつものことなのだが、今回はさすがの俺も驚いた。
だいたい、100年とか200年とか、さすがの俺にだって長すぎる年数だ。
「西って、ここより西は海ですけど」
「海じゃなくてさらにその向こうだよ」
「……行ってどうするんですか」
くっくっと、陛下は楽しそうに笑った。この方が即位してからほぼずっと相手をしているが、いったいいつも何を考えて生きているのか。
「南の情勢がガタガタなの知ってるだろう? うちもそこに参加しようか考えてみたんだが、どうにも山が邪魔なんで、静観することにしたんだよ。
その代わり、西と縁を結ぶのは面白いんじゃないかと思うんだが、どうだろう」
「どうだろうって……」
陛下は俺の使い魔を手元に呼んで膝に乗せると、もふもふとした喉を擽る。ゴロゴロと喉を鳴らす翼猫を至福の表情でわしわしと撫で回し、それからまたにやにや笑いつつ顔を上げる。
「……わかってるんですか。あっちは俺たち魔族を敵視してる国ですよ」
「うん。でもね、シーロンの弟子がちょっと面白いことを言っていてね」
陛下はまたくつくつと笑う。笑いながら、シーロンから聞いたという話をする。どうやら、あちらには穏健派……魔族との和解を考えてる者もそこそこいるらしい。
あの前魔術師団長の妖精爺め。なんだって陛下にそんな話をするんだ。とっとと妖精郷に帰るか死ぬかすればいいのに。
なのに。
「こっちでもあっちでも圧倒的に少数派の私たちが西を驚かせて揺さぶるって、なんだか楽しくないかい?」
ああもうだめだ。こんな顔をし始めた陛下が、ひとの話を聞くわけがない。
はあ、と溜息を吐いて、「それで」と諦め顔で陛下の顔をじっとりと眺めた。
「誰を連れて行くんですか。最終的な目標は?」
「お前とシーロンの弟子は確定だろう。あと、魔法騎士団から数名と、魔術師団から数名。騎士団からも数名だな。種族は魔族中心で。妖精族は、妖精王にも打診のうえ決定ってとこだ」
「じゃ、妖精王からも根回しはするんですね?」
「ああ。あと、シーロンの弟子も少しは伝手があるらしいから、そっちもだな。
最終的には、こっちと向こうで協定を結び、末長くお付き合いしたい。なんせ1000年続く大国なんだ。うちのバックに西が控えてるぞ、と南を牽制してくれたら嬉しいね」
「はあ……」
なるほどそれで100年か、と呆れてしまう。まあ100年掛けてじっくり食い込めば、大概なんとかなるだろうけどな。
「あの、陣魔法はどうします?」
「伝えるかどうかは、現地での判断に任せるよ。どうも、東の方が魔法への考え方は進んでるらしいし、そこらへんはいい感じに、交渉材料に使えばいいんじゃないかな」
「いい感じに、って」
「つまり全部任せる」
うわあ、とやっぱり嫌な顔をする俺を、陛下は楽しそうに眺めていた。
失敗したら……とか、考えてないんだろうな。
そこからひと月。
シーロンの弟子を訪ねて西の詳しい情報を聞いて、蒼月城へ行って陣魔法の一人者に魔法書の写本を頼み、連れて行く人員を選別して、うまいことまとめ役に適任な自分以外の者を巻き込んで……。
気がつけばあっという間に出立の日だった。
南方のごたごたで掠め取った港町から、数隻の船団を組んで、西へと向かった。
西の港町に到着した時は、大騒ぎだった。
しかし、うまいこと先んじて上陸した西出身の者に、西の王都への使いは頼んである。目論見通り行けば、追い返されることはないはずだ。
……なんというか、魔法的に非常に緩い風土でよかったな、と考えながら、初めて訪れた西大陸で大騒ぎの人間たちの様子を観察する。
しかし、タイミング良く……というのもおかしいが、勢い込んで到着した西大陸ではあれこれと情勢が変わっていた。
その結果、俺たちは考えていたよりもすんなりと受け入れられて拍子抜けだ。
もちろん、妖精郷からの外圧もあったし、西では“東の魔国”などと称される、故国ヴァルツフートの威信をかけたはったりによる“魔族の魔法使いの集団”への恐れもあったのだが。
ともあれ、あらかじめの手まわしもうまく働いた。首尾よく魔族への弾圧を止めさせることもできたし、うちとの同盟話も進めることはできた。
──同盟といっても、今のところ、海を挟んであっちとこっちで仲良く交易しましょうという程度だが。
それでも時間を掛けた作戦ならこちらに分がある。
なんせ寿命が違う。こっちはその気になれば1000年掛けて画策することだって可能だし、時間だってある。気の長さにかけては他の種族の追随を許さない。陛下は嫌がるだろうが、言い出しっぺなんだからその間くらいしっかり国を治めておいてもらおう。
時間を掛けて相手を調べまくったうえ、必要ならさりげなく介入して思う方向へと向かわせる……というのは、俺たち魔族が得意とするところでもあるのだから。
とにかく、こうして俺たちは西の王国の魔術師団に客員というかたちで食い込み、後進の指導にも堂々と口を出す権利を得たのだった。
……建前上は。