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エピローグ

二人が仲良く荷物を持ちながら、歩いている後姿をその後方で眺めている。

やれやれ。まず一段落着いたって所ですかね? 一時期はどうなることかと思いましたよ。

これで一先ず世界は救われた。そんな筋書きと言った所ですね。そんな台詞を帽子を被り直して声に出す。

「おいお嬢に聞かれるぞ?」

低く声の深い、今までの人生が全て詰まっている。そんな、翁独特の声が聞こえてくる。

「心配無用です。お話に夢中になっていてこちらの声は届きませんよ」

そう言って段になっていて、向こうからは隠れて見えない沿道下の道を見る。

この薄寒い空の下に薄手の和服を着ていて、桜の小紋模様が見え隠れしている。雑草を寝床にして横になりながら、片手で頭を支えもう片手では煙管の煙を吹かしながら、立派に整えられている見事な顎鬚が風に揺れている。

「まあ止める頃合いに失敗してな。肝を冷やしたよ」

そう語り、冷たい風を気持ちよさげに受けて好々爺の笑みを浮かべる。

「まったく驚きましたよ。女性同士で揉み合いになりあんな姿になるなんて。幸い軽症で済みましたが、あの綺麗な赤髪が台無しですよ? あの御方に瓜二つの赤毛が」

そう言いながら肩を竦め、おどけた表情だが、瑠璃色の瞳の目の奥が笑っていない事に翁が気づき、寝そべったまま目線を向けた。

「そう怒るなよ。お前にも悪いとは思っているよ。まあしかし間に合ったんだ。それにお嬢が成長するいい切欠になったんだし、万々歳じゃないか」

そう言い張る翁の顔は少しも悪いとは思っていない顔だった。それどころか薄く笑みを浮かべている。

「まったくあなたには敵いませんよ。さすがに私の師匠ですよ」

そう語る金髪碧眼の男もふてぶてしい笑みを浮かべている。

「おい弟子や! 名前を着けるのを忘れているぞ! オモイカネ(常世思金神)師匠だろ?」

「まったく本当に師匠には敵わないや」

そうお互いに意地の悪い笑みを浮かべている。だが目の奥はピクリとも笑ってはいない。どうやらこの師弟の間ではこれが日常で、その間互いに心を探り合っているみたいな感じだ。不器用にも思えるし、腹黒い感じもする。

「で、どうだった? お嬢の力が戻ったみたいだが?」

「まだ駄目みたいですね。やり取りを聞いていたと思いますが、デジカメの写真を撮る時に夢力で撮ると祭さんと争いながら力を発動させましたが、あれは駄目でしたね。草花程度なら曲がりますが、まだ重い物は動かせません。しかし」

「しかし?」

疑問の眼をオモイカネと呼ばれた翁が向ける。

「どうやら祭さんと肉体が一部でも触れ合ってるなら、力が使えるみたいです」

ほう。とオモイカネが片眉を吊り上げ、煙管の煙を噴き上げる。

「思い当たることが何かあるのですか?」

疑問気な眼差しでオモイカネを見つめる金髪碧眼の男。

「ん? ちとな、昔話をしようか」

そう言ってまた煙管を吸い込み、プカリと煙を吐き出す。

「何年か昔の事じゃ。万古の昔から生き、神と呼ばれる存在の拙僧からすれば、ほんの少し前じゃが、まだ生まれて間もないヒョコ同然の女と男が居たんだとさ。その女はとある国のお姫様で、男はとある国に生まれた男じゃった。しかし別々に生きる互い同士が、永遠に出会うはすの無い運命じゃったが。運命の悪戯か、望月の日に偶然出会い互いの秘密を共有してしまい、互いに恋に落ちたと。そしてお姫様のとても強大な力を恋の力によって吸い取られ、夢を叶える力を恋した男に奪われてしまった。そして長い月日が経ち、またもや運命の悪戯によって二人は出会ってしまった。お姫様は忘れずに覚えていたが、男は残念ながら覚えてはおらんかった。お姫様は一生懸命にあの手この手を使い、男に思い出させようとする。やがてひょんなことで男は記憶を思い出し、無力を発動させる。だがお互いに知らなかったのは、その力は幼い頃に互いが恋した瞬間、男にお姫様の力を吸い込まれてしまい、その結果によって男の記憶が消されてしまったことじゃ。そして男が力を発動させるには、お姫様が媒体とならねばならない。しかし互いに信じあう限り、その力はどこまでも強くなり、何倍にも膨らむ。まさに無限の力を発揮する。云わば恋の呪いじゃな。なんとも酷な話じゃ」

「成程。そんな隠された真実があったわけなんですね」

瑠璃色の瞳を薄めながら頷く。

「まあ御伽噺じゃがな。そんなに遠くは無い時代のな」

そう語り笑い出す。しかし急に真顔になり、本当に酷な話じゃよ。決して結ばれぬ運命の二人なのに。お互いが昔交わした約束を今再確認して、強い絆で結ばれつつある。さてどうしたもんじゃか。そう言い放つと流れている煙を見つめながら考え込む。

「まあ師匠。とにかく一時流れに身を任せてはみませんか?」

驚いた表情で瑠璃の瞳を見つめる。

「……アヴァロン貴様、正気か?」

アヴァロンと呼ばれた男はオモイカネの黒い瞳を見つめ返して、軽く頷く。

「勿論正気ですよ。真実を知るには今しばらく時間が必要と見ます。全ての真実を知ったときには、どれだけの影響があるのかわかりませんからね」

煙管の煙を勢い良く吸い込み、しばらく溜めてから声を出して吐き出し、煙草盆に納まっている灰吹きの縁で雁首を叩き、灰を落とす。白い陶器の火入れの上には青い見事な飛龍の彫刻が施されていて、今にも飛び発つ勢いだ。もう一度灰を叩き落し姿勢を正した後徐に語った。最初は弱く。途中からは力強く。

「……良かろうアヴァロン。貴様の自由に動け! ただし真実を教える機会はこちらで判断をする。良いな?」

その眼は先程までの好々爺とは違い、厳しい眼になっている。

「了解いたしました。オモイカネ師匠」

そう言うや帽子を脱ぎ仰々しく挨拶を済ませ、立ち去ろうとして足を止めた。

「そう言えば彼は面白い事を言っていましたよ。麻薬のような夢力を使いために、夢力に支配された、無力な状態をこう呼んでいました」

訝しげな表情をオモイカネは見せる。

「なんだ? もったいぶるな早く言え!」

「夢力に恋するとね。師匠の歩さんを操る夢力もまだまだ衰えてはいなくて、少し安心致しましたよ」

それでは風邪を召されぬようにお大事に。と言い放ち、微笑みながら軽くステッキを振り上げて、帽子が風に吹き飛ばされぬように押さえながら、颯爽(さっそう)とした足取りで歩いていく。

「待てアヴァロン。貴様まだ夢を諦めてはいないのか? 死んで星になり、あの御方の下にお嬢の母君の下に馳せ参じる夢を!」

答えずに帽子を片手で振り、去っていく。

ふん若造が。たかが七千年ぐらい生きたのではまだまだ青いな。大体アヴァロン。貴様が名前を付けて師匠と呼ぶときは、何か腹に飼っている時ではないか。そう言い大きくくしゃみをして袖下から布を取り出し鼻をかみ、腰に下げている瓢箪(ひょうたん)に入った酒をちびりと飲む。

アヴァロンの後姿を見ながら煙管を吹かし、しばし考え込む。しかし夢力に恋するか。中々良い名前ではないか。と声に出しながら口元が微笑む。

全部聞こえていますよ師匠。それはあなたもそうですよ。なんせ私の腹黒さは師匠譲りですからと、遠くで弟子の声が聞こえてくる。この地獄耳め。そう言いながら、口元はついつい緩む。いい弟子を持ったと。

しかし本当に酷な話じゃ。二人は決して結ばれぬ運命なのに、それでも惹かれあうとは。運命とは本当にどこまでも……

そして祭。貴様もその名前に遊ばれるような事になら無い事を祈るぞ。

(あと)()(まつり)にならぬ事をな。 うしろのさいとは変な名前じゃ。大体字画が悪い。ん? これはさすがに出来の悪い冗談か? 顎鬚を撫でながら苦笑いでまた大きくくしゃみをした。北風が最近身に染みる年齢になったかと思い、明けの星空を見上げる。光で見にくくなったが、目を凝らすと、そこには弟子の愛した女性の星が輝いて見えた。

あの御方の星に願おう。不肖の弟子とお嬢と祭の旅の無事を。



朝一番の飛行機が出るまでにはまだ時間がある。空港のレストランで久し振りに関東風の濃い、かき揚げ蕎麦に生卵を注文し、勢い良く音を立てて吸い込む。麺は殆ど噛まずに飲み込み喉の奥で味わう。やっぱり麺類はこの食べ方が一番だ。イギリスでは皆に気持ち悪がられ、ヌードルも音を出しながら食べる事は出来なかったので、食べた気がしなかった。やっぱり生まれ育った日本が一番だ。

向こうについて明の体調が完全に回復したら、一緒に日本に帰ろう。

そうだ。明は桜の木を見たがっていた。日本の病院に居た時にはまだ窓があり、桜の木が見えていた。二人でお花見だといって窓から外を見ていた。

あの時は明の足で庭に立つ事出来なかったけれど、リハビリで時間がかかるかも知れないけれど、歩けるようになったらいずれ日本に帰ろう。半年でも一年でもいくらでも待つ。

今ならまだ桜の季節に間に合うかもしれない。病院だけじゃなくて、あの小学校の桜も見せたい。明が通うことを夢見ながら、一度も通うこと無く無残に散ったあの場所も。明にはイギリスの風景じゃなく、私達の生まれた国。

母国日本の風景を、桜を見てもらいたい。

そんな事を考えながら最後の一滴まで飲み干した。ご馳走様と店主に言って勘定を終え、良い食べっぷりだねと店主に言われ、笑いながら店を後にする。

ロビーの椅子に座りながら待っていると醤油を飲み干したせいで喉が渇きだした。お茶でも買おうと思い席を外そうとして思い出した。

そうだあれがあった。荷物の中から慌てて探し出す。あったメロンクリームソーダだ!

イギリスには無い味なので、わくわくしながらキャップ外し、泡が勢い良く出てきたので慌てて口に含んだ。つい童心に戻りそうになる。この味も教えないと。でも祭君一つ失点だな。私水が変わってから甘い物が駄目になったんだよ。つい笑顔がこぼれる。

こんなに笑えるようになったのは全て、祭君のおかげだ。私の方法だったら、もう二度と明の笑う顔が見えない所だった。改めて祭君に感謝する。

そしてコマQでの出来事を考える。祭君のあの大人になった手。随分男らしくなってた。握手が終わるのが少し名残惜しかった。あのアルテミスって兎女の耳を引っ張った時は少し気晴らしになった。耳を引っ張りながら、痛いといっていたけれど、軽く引っ張っただけだからそんなには痛くなかった筈なのに、わざと祭君に聞こえるよう悲鳴を上げたんだから、あの女も結構な役者だ。

だから少し意地悪く言ってやった。祭君にはあんたがあの時の兎だとか、あんたが手紙を処分していたとかは秘密にしてあげる。だから祭君に嫌われるような事とか、二度と手放す事を私は許さないわよ。その時は私が祭君を奪いに行くからね。あとあんた案外大根役者ね!

そう言ったらあの女は、意地悪く笑いながら、気づいておったか。泥棒猫に大切な友人を譲る気は勿論無い。とか語るしね。あまりにも面白かったから二人で笑ってしまった。思い出し笑いでジュースを口から飛ばしそうになって慌てる。

しかしあの二人は気づいているのかしら? 友達とか言っていたけれど、あれは誰がどう見ても、完全に恋人同士じゃない。鈍い二人ね。やきもきするわ。

早くしないと泥棒猫に奪われるぞ!

そんな事を考えていると、そろそろ出発の時間が来た。

まずは飛行機の中で眠ろう。久し振りの睡眠だ。今日は必ず良い夢が見れるはずだ。そう思い席から立ち上がる前に、飛び立つ飛行機を見ながら女独りで、苦手になった味だけれど、懐かしい日本のメロンクリームソーダで、新たな自分の人生に祝杯の杯を掲げ、楽しげな足取りでゲートに向かった。



脱兎の如く駆け出しするりと逃げ出す女。それを慌てて追いかける男の後姿を横目で眺めながら歩いていると、男女の笑い声が風に流されて耳に心地よく響いてくる。そんな風の悪戯についつい口角が自然と上がる。

微笑ましいそんな光景を後にして車両に向かい歩いていく。

独り車席に座り、アルテミスの母親のことを思い浮かべる。

あの御方は燃えるような赤毛に赤い瞳の持ち主で、アルテミスは顔形もまさにあの御方にそっくりだった。しかし性格はまったく似ていない。あの御方は湖面に流れる水のように優しく語り、どこまでも心清らかな御方だった。しかし娘のアルテミスはまったくの正反対とも言える性格だ。どちらかといったら父親の性格を受け継いでいる感じがする。

そうあの憎むべき男に。私から奪い去った男に。息子が居るが子供に罪はない。

しかし今更どうしようもない。過去を考えるのも良いがまずは現実だ。何せあの御方から頼まれた大切な一粒種だ。私が守り抜かなければならない。

あの御方と交わした最後の約束を守り抜くために。最後まで守らなければ。

それが終われば私は自由の身になり、この思いを秘めたあの御方の下に駆けつけて、星となり、共に新たな生活を送ることが出来る。しかし考えてもしまう。死ぬ事は怖くないが、私が居なくなったらアルテミスは一体どんな生活になってしまうのか? 

私以外には友と呼べるような者もおらず、独りで寂しい思いを味わうことに違いない。

ならばあの男はどうだ? (うしろ)()(さい)。洒落気のある名前で、あのアルテミスが完全に気を許している存在だ。あの御方が死んで以来さらに感情を隠し、私以外の誰にも見せたことが無いのに、あの男の為に無邪気に笑い、涙をながした。

しかし彼は駄目だ。人間界で育ったために、我々のとても長い最後を看取る事が出来ないかもしれない。それにあの男は残酷な運命の下に生まれた男だ。だから駄目であろう。

しかしそんな男に運命を賭けてもみたくなる。なんとも不思議な気持ちにさせる男だった。名前の為なのかも知れない。一文字違うが、ルビを付けて人を楽しませる意味。(こう)()(さい)

彼ならば恋ではなく、真実の愛に辿りつけられるかもしれない。

恋とは盲目に導き、状況を見えなくさせやがて破滅へと向かう。しかし愛こそは無償でお互いに補うものだ。恋に永久(とわ)はないが愛には永遠が約束されている。

(うしろ)()(さい)。貴方ならばきっと……

独り考えに(ふけ)っていると車掌が私を指差して何かを言い、皆で笑いあっている。ああ、なんとも楽しげな笑いではないか。二人に待ち受けるとても残酷な物語が待っているのに。知らない事とは罪だ。しかし知らないからこそ楽しい時もある。ああ、まさに今がその時かもしれない。ならば私はその時が来るまで見守るべきだ。二人の結末を見る義務がある。それにしても本当に仲が良い二人だ。一体何に笑っているのか? そんな二人につい不思議そうな表情になっているのに気づいた。

そう考えると私の顔も自然と笑い出す。仕方がない、考えるのは止めだ。過去や未来よりも今を見て先に進もう。だから今はとにかくこの二人を見守ろう。そう考えて帽子を思い切り振り、二人の笑顔に応える事にした。

だが二人の選択し歩んだ道はこれから先、茨の道がどこまでも果てしなく待ち受けているに違いない。しかしその度に二人は今みたいに泣きながら笑い、何度も何度でも、互いの力を合わせて手を取り合い、絆を深めて乗り越えてゆくのだろう。

だが今はまだその真実を知らせる時期ではない。やがて訪れるその時までは私の胸の内にしまい込み、時が来るのを待とう。その時こそが二人にとって本当の旅立ちの日だ。

仲良く手を繋ぎ靴裏で花弁や草を食みながら、二人がこちらに歩んでくる。

その姿は二人の旅人を新郎新婦に、車掌を神父に間違えてもおかしくない。ならば私は口やかましく、とてもおせっかい焼きの仲人か。

辺りには花弁が空から舞い落ちて、花弁のライスシャワーを想わせる。

……ああ、とてもお似合いな二人だ。素敵な光景じゃないか。

とても血の繋がった兄(双)妹(子)には見えない……

冬の風に吹かれて、一片の花弁が帽子の中に混じり込んだ。


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