独繭
安いビニール傘を雨粒が容赦なく叩く。イヤホンから流れる音楽の音量を少し上げれば今じゃメジャーになったバンドがモラトリアムを大声で歌う。
雨の日は憂鬱だ。頭痛がするし髪はうねるし、何より、電車が混む。濡れた傘を持った人々が、お互いが濡れないように気遣い合いながらも、他人同士でしかないというその乗客間の距離は絶望的で、滑稽ですらある。見えない透明な膜の中に閉じ込められているみたいだ、と僕は思う。どれほど近くにいても、決して触れ合うことなく、各々が透明な繭の中で忙しなく日々を生きている。淡々と、孤独に。
ため息を吐けば、土の香りのする空気の中に身体が輪郭をなくして、溶けていくような錯覚に陥る。
「待って」
指先から透明になっていく想像をしていた僕は、耳に突っ込んでいたイヤホンをいきなり引っこ抜かれて現実に引き戻される。非難を込めて彼女を見つめると、息を切らせた彼女は僕の傘の中に入りながら、困ったように笑って見せた。
「傘、忘れちゃって」
当然のように並んで歩き始める彼女に、傘を差し向けてあげながら僕はまた、ため息を吐いた。
雨の日は憂鬱だ。頭痛がするし髪はうねるし、何より電車が混む。人は所詮孤独なのだと思い知らされる。
そして彼女はいつも「傘を忘れた」と嘘を吐いては僕の傘に入って来る。僕が篭っている繭なんかお構いなしに、僕に触れようとする。心の奥底、いちばん柔らかいところに。
「ねえ」
「なに」
「傘、ありがと」
にこりと笑う彼女に、僕はまたため息を吐いた。
初投稿でした。
雨の日の電車の中ってとても独特の雰囲気で好きです。