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ジャクシン  作者: 初瀬川渚
夏編
8/15

因縁-後編-

 一変した風景が、すぐにどこなのかは気づかなかったが、古い木造の部屋で私の少しずつ辿った記憶が正しければ、人間だった頃に住んでいた屋敷で、ここは母の部屋だったはずだ。これは間違いなく雀女丸の仕業だろう。私の記憶を弄んでいるのだろうか。近くには彼女の気配は感じない。

 廊下へと出る襖の方から何か走ってくる音に思わず身構えると、襖が勢い良く開け放たれてると、そこからは可愛らしい花柄の和服を着た幼い少女が一人、入り込んできた。

 私には見向きもせずに、一直線に向かっていった先は――白の変わり雀の紋が入った赤い和服を着て膝を折り書物を読む女性の姿があった。

 少女はその女性に「母上」と呼びかけながら涙で汚した顔を、その女性の膝に押し付けて、さらに大きく泣き始めた。

 すると、「そんなに泣いてどうしたんだ。稽古を怠けて叱られでもしたのか」と、優しい声でありつつも、どこか厳しさのある口調で問いかける。それに対して少女は、

「違います。里の子、みんなが私の名を弱そうだとかカラスにも劣ると馬鹿にするのです」

「そうか。雀、お前もそう思うのか」

「いいえ、分かりません。でも、スズメは強くはないとは思って悔しいのです」

 スズメ……この少女は私で、この女性は私の母なのか。母との記憶が少ない私にはすぐに彼女が自分の母だとは気づかなかった。しかし、母の部屋なのだから当然か、と納得する。

「なるほど、スズメは強くないか。確かに強くは無いかも知れないが、とても賢い鳥なんだ。人間のそばで暮らせば、天敵に襲われることは少なくなると知っているのだ。なかなかだろう」

「でも、それは戦いから逃げているとは言えませんか。太刀川家の娘として恥ずべきことです」

「お前も、なかなか考えているのだな。だが、さらに子育てをする時はタカの巣の下に巣を作りタカはそうとも知らずに、スズメの巣を守る形を取ったりもするのだ。確かに戦わない故に、弱いと言えるだろう。しかし、『戦わずに勝つことは善の中の善』と説く大陸の偉大な兵法家が言っているのだ。何も戦って強さを見せつけることはない。戦わずに済む術があるのならば、それを用いて勝つことこそが最良のことだ」

「母上の言うことは、少し難しいです。戦いに勝つことをほまれとする太刀川家が戦わずに勝つのは、卑怯なことではないでしょうか」

「確かに、太刀川家の家訓ではそうかも知れないが、そんなのは本当の戦いを知れば戦いなど、無い方が良いと知ることができるさ。いずれ、お前もそれを知る時がくるだろう。それにな、スズメが強いか弱いかなんて些細ささいなことだ」

「それはなぜですか」

「太刀川家の当主は『雀女丸』という刀が継承されることは、もう知っていたかな」

 その問に少女は首を大きく横に振る。

「まだ、教えていなかったか」

 そう言うと、彼女は立ち上がり少し離れた場所にある太刀掛に立て掛けられた大太刀を手に取り、少女の元へと戻って来ると、

「これが雀女丸だ」

 と、少女の前に置き見せると、少女は「うわ、すごく大きい」と目の前に置かれた大太刀を見て感嘆の声を上げた。

 そこで私は思った。母が雀女丸を持っているということは、この時の太刀川家の当主は母であることは明白だ。当時も、それは承知していたが、先ほど雀女丸を持つ者は雀神の依代となっていると言っていた。母はすでに雀神の依代ということになる。

 そう考えている間も、目の前の忘れていた過去の映像が進んで行く。

「私が、お前に雀と名付けたのは雀女丸を継承するに相応しき子。つまりは、太刀川家の跡取りに成る者に育って欲しいと願ってつけた名なのだ。だから、スズメの強弱の話なんてどうでも良いことなんだ。だから、馬鹿にされても気にするな。むしろ、誇れ」

 それを聞いた少女は、いつの間にか涙が止まり、自らの目尻に残る涙を拭うと、

「……分かりました。私、母上のように強くなれるように頑張ります。そして、太刀川家の跡取りとして相応しい武人になって見せます」

 そう意気込みながら立ち上がった。

「良いぞ、その調子で馬鹿にした奴らを、ボコボコにしてしまえ。これは当主としての命令だ」

 彼女は自分の娘に満面の笑みを浮かべながら、恐ろしいことを口走る。それに対して少女は、

「分かりました。必ずや彼の者たちを討ち取って御覧に入れます」

 と、言うや彼女の部屋から飛び出して行き、その少女も負けず劣らず恐ろしい。

 私はこんな幼い時期から、血の気が強かったのかと、少しだけ自分自身が怖くなった。その後、私が何をしたかは……今はどうでも良いことだ。そんなことよりも、雀女丸の姿はどこなのかと考えて、ぐるりと見渡してから、これはあくまでも私の記憶の断片のはずなのに、未だに続いている母の部屋の光景に違和感を覚える。

 もしかしたら、これは私の意識、記憶ではなく雀女丸の記憶で目の前の母は雀女丸の擬態なのではないかと考え試しに、改めて本を読み始める彼女を背後から一突きにしようとすると、突然横から声が聞こえ心臓が飛び出そうになった。

「いくら疑わしいからって、自分の母親を背後から襲おうなんて、酷すぎじゃないか。子供の頃はあんなに可愛かったのに」

 その声の主は、例によって雀女丸だ。私は彼女から少し離れるて目をやると、大太刀が消えていて、彼女は大太刀に擬態していたのを見抜けなかったことを心の中で舌打ちをして、彼女の言葉を聞き流し私は疑問を投げかける。

「なぜ、こんなことをするんだ。お前は私を殺して体を奪うのが目的だろ。これに何の意味があるんだ」

「確かに、お前の体を奪うことを最初は考えていたさ。だけど、お前と戦っているうちに思ったんだ。お前は絶対に私を越える存在になるってね。依代になるのではなく、神としてお前は私にとって代わるに値する存在なのだと」

 予想外の返答に私は動揺しつつ実は何か裏があるのではないかと疑いの目を向ける。

「信じられないのも無理はない。私とお前とはいろいろと因縁があるのだから。だが、これだけは知っておいて欲しい。お前を自分の娘として愛していたということ、これだけは信じて欲しいのだ。あれは神と人間との相容れなさが生んだ壮大な親子喧嘩だと思って、私は水に流したい。お前は未だに私を許せないだろうがな……」

 話が見えない。雀女丸が一体何を考えているのだろうか。私を殺すと言いながら、今度は私に代わりに神を続けろと言っているのだから、どうして急に心変わりをしたのか疑問だらけだ。だが、意識世界にいつまでもいるわけにもいかない。目を覚ませるのなら、早く目を覚ましたいと思った私は、彼女の言葉を疑いながらも受け入れることにした。

「正直、お前がまだ何か企んでいるんじゃないかと思って仕様が無いが、ずっと、こんなところにいるのは御免だからな。とりあえずは、お前の話を聞いてやるが、ここ……つまりは意識世界から出るためには、どうすれば良いんだ」

「そのためには、私を殺すしかない。言いたい事は分かるな」

 そういうと、彼女は両手を大きく広げて見せる。

「元々、そのつもりだったんだ。目的は何も変わってない。遠慮なく行くぞ」

 彼女の首に太刀筋を合わせて斬り抜くが、まるでかすみか影でも斬ったかのように手応えが無かった。

「お前の答えは聞かせてもらったよ。ただ一つ、私が抵抗しないとは一言も言っていない。だから、お前は全力で私と戦ってもらう。私は、お前を殺しはしないが、お前は私を殺すために全力でかからねば永遠にこの世界からは抜け出せないぞ」

 雀女丸の声が直接頭に響き渡って来るのと同時に、最初から簡単には行かないと覚悟はしていたが、こうも悪い方に期待を裏切らないと非常に腹立たしいようなもどかしいような、こういうのを腸が煮えくり返るというのだろうかと、あえて今の自分の感情を考察することで冷静さを保つ。

「それが、お前が提示する条件なら、私も本気で行かせてもらうぞ」

 未だに母の部屋の中にいる私は、そう吼えてると精神を集中させて雀銭神社の境内を思い浮かべ私と雀女丸がそこにいるのを想像すると、体が浮くような感覚を感じたてから目を開けると、雀銭神社の境内に私は立っていて、少し離れて同様に雀女丸も立っていた。

「意識世界を通常な方法ではなく、自身の能力で移動し、しかも、私も運び込むとは、お前の能力は一体どういうものなんだ。気になるが、それは私との戦いの中できっと知ることができると、確信しているぞ」

「勝手に確信していろ。私は、お前を全力で叩きのめし、楽に殺されなかったことを後悔させてやる」

 いつに無く怒りの感情が激しく燃え盛っている一方で、まるで山の湧き水の如く冷静で澄んだ感覚で私は雀女丸に左右に瞬間移動をしながら刀の構えをそれぞれ変えながら、どう移動するかをかく乱させ一気に詰め寄り、刀を振り下ろすとそれをかわそうと雀女丸は身をよじり避けようとするが、私の能力の本質は物体を移動させる能力であり基本的には、何かを飛ばしたり、瞬間的にその場に存在しないモノを呼び寄せたりする能力なのだが、それを応用することで自分自身を瞬間的に動かしていただけなのだ。

 この能力を使うのには、精神を強く集中させる必要があり非常に疲れるのであまり使わないが、今の状況は不思議と軽く集中するだけで使え、連続して扱えていた。

「まずは右腕」

 そういうと彼女は私の斬撃から逃れたと思い油断していたのだろうが、能力によって引き戻されたことに気づかずに、右腕を真っ二つに切断されるが、何が起こったのか分からないといった表情が瞬く間に苦悶の表情へと変わり恐らく叫びだしそう程の激痛を、堪え切る。

「次は左腕だ」

 私はそのまま雀女丸の左腕を切り落とすと、激痛に耐えかねた雀女丸は絶叫して大太刀ごと前のめりに倒れ込み、痛みを堪えようと悶えるその姿は神と呼ぶには無様すぎる恰好であった。

「私を甚振る暇があったら、さっさと止めを刺すことだな」

 苦悶に満ちた表情の中に弱々しくも笑みを浮かべて、私を見上げてる彼女の後ろに回り込み続けざまに、両足の腱に傷をつける。

 これで、彼女は文字通り手も足も出なくなったはずだが、この特殊な空間と相手が人間ではないことを考慮すると、こんなことをしても意味があるのかと疑問だが……。

「お前、母に良くここまでひどいことができるな」

 苦痛の中にも何が面白いのか、未だに笑みを崩さない彼女。

「事情はあれど妹を手にかけていることを忘れたのか。私はどこまでも残酷になれるし、お前は私の母などではない」

「お前がそう言うのは分かっていたが、娘に母と認めてもらえないというのは、かなりつらいものだな。しかし、お前の強さはその残酷さから来るものだ。残酷に成り切れない時のお前は弱すぎる。お前の強さ、残酷さはこんなものではないだろう」

 そう言い終わると、突如として強烈な波動が彼女の周りから溢れ、私は吹き飛ばされたが、ダメージそのものは少なく、すぐに体勢を直し彼女が倒れている方へと目を向けると、彼女の姿は消えていた。いや、消えたというのは少々語弊があるかもしれない、姿を変えたと言った方が正確だ。雀女丸は大太刀に変化したようで、大太刀は浮遊しながら私に勢い良く真っ直ぐに突くように飛び掛かってくるかと思うと、軌道を急に変え上から下に強い斬撃が繰り出される。イメージしやすい目の前の風景に移動し後ろを振り向くと、私の動きを読んでいたのか、すぐそこまで雀女丸は近づいて来ており、下から上へと薙ぎ払うような斬撃を刀で受けるが、人間が扱うのとではあらゆる点で違いがあるその大太刀は振るわれるだけでも驚異的な破壊力を持っており、私は大きく吹き飛ばされる形になった。

 やはり、あの時は完全に手加減していたのだ明らかに、力の加わり方や速さ全てが違う。そんなヤツに私は後れを取っていたと思うと、悔しさでいっぱいになる。しかも、吹き飛ばされ無防備な私に止めを刺すのなら今だというのに、雀女丸は殺さないと言った通り、追撃はせずに私が構え直すまで、何もせずにただ待っている。それが、さらに私の感情を逆撫でし激昂しながら、雀女丸に接近したその時だった。

「そうではない」

 唐突に怒号と共に人の体に戻った雀女丸が現れて頬を平手打ちをされ、私は呆気に取られ思わず動きを止めてしまい、さらに斬ったはずの腕が元に戻っていることに気が付く。

「何度言えば分かるのだ。怒りは思考を鈍らせる。だからこそ、氷の如く冷たい冷静さから生まれる残酷さが必要なのだ。何度言ったら分かるんだ」

 彼女の口調は、まるで子供を叱る母親といった風であり、本当に自分は私の母親なのだと思っているのだと感じ、私も彼女から度々感じられた懐かしさを思い出し、やはり母親なのだと感じ取ることができた。冷たいようで温かい不思議な感覚を……しかし、私は彼女を殺さなければこの世界から出ることはできない。だから、私は――

「ごめんなさい、母上」

 私はひどく冷たい口調で許しを請う言葉をつぶやき、彼女の心臓を貫いた。

 目を見開き驚きの表情になった彼女の顔はすぐに、どこか温かい安堵したような優しい笑顔に変わる。

「なに謝ってるんだ。お前は良くやったんだ。私は、お前のような娘を持てて幸せ者だ。これからは、お前が真の雀神じゃくしんだ。誇れ」

 雀女丸はそう言い終えると、あの『私』と同じように光の粒になるが、彼女たちとは違いまるで弾けたように飛散していった。

 すると、風景がまるで絵具が溶け崩れるかのように、下へと崩れ落ちたあとには真っ黒な世界が広がって行く。

 意識世界に戻る方法というのを、私は知らないが少なくともこの世界が崩れ始めているというのは分かる。しかし、崩れ行くこの世界から脱出するためにはどうすれば良いのかあたりを必死になって見渡していると、社殿の方から声が聞こえたような気がして、振り返ってみる。そこには、ひずみができ微かに光が漏れてきているのを確認すると、確信も何もなかったが、なんとなくそこが出口であると思って迷わずにそこへ走り抜ける。その間にも、着々と世界が崩れ行くのを感じていたが、臆することなく走りその光の漏れる歪に辿り着き、指先が触れた瞬間――目の前が光に包まれた。

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