因縁-前編-
二人の自分との斬り合いを終え、遂に仇敵である雀女丸と私だけがこの意識世界に残されヤツを討ち取り私は自身を取り戻し、これから始まるであろう宗教戦争に備えなくてはならない。毘沙門天にやられた時は、このまま死んでしまっても悪くはないとは思っていたが、雀女丸に私の体を好き勝手されるのだけは、辛抱ならないことであり、絶対阻止しなければならないと強く思い再び生の炎を燃やし始めた。
「やはり、そう簡単には死んでくれないか」
雀女丸が溜息まじりにそう言うと先ほどとは打って変わり、小馬鹿にしたり見下すような顔色が失せ、目を細めて真剣な面持ちになる。
「私が簡単にやられたら、つまらなかったんじゃないのか。それとも、一対一では勝てそうにないのか」
それに対して、私は余裕があるフリをしながら彼女を挑発する。しかし、余裕なんて全く無く、過去の自分にすら負けそうになった事実を見た後に、本当に今の私が彼女に勝てるのかという不安で体が強張っていた。
「さてね。雀神……いや、雀。お前には四百年の間、私を封印した貸しがあるからな。お前もそうだろうが、私も負ける気は全くないのだ。そして、私が真の雀神であることを、ここで証明する」
雀女丸の発言に私は驚きと疑問が生じた。彼女は自らを雀神と言った。しかし、私もまた雀神である。そして『真の』とは一体どういうことなのか。
「その顔では、私が何者なのか、同時に自分は何者なのか分からないといった具合だな。まあ、無理もない。お前は私を封印する時に私と同化して雀神という存在になった。ただそれだけであり、お前自身は神になんてなってはいないのだ。そもそも、お前が私を封印した時に、立ち会った巫女がいたな。名前は確か……そうだ。天野原読、アイツはとんでもないペテン師だったな。『あなたの命と引き換えに雀女丸を封印することができます』と言ってたが、実際には代替えしただけで、雀女丸という存在は生き続けていた。つまり、何を言いたいのかというと、雀女丸というのは妖刀の名称ではなく雀神の宿る刀に名付けられる別称であり、お前は私を抑え込み取って代わって雀神を名乗っていただけなんだよ」
死んでから神として覚醒した時、何故、どうして、と様々な疑問が浮かんでいたが、いつしかそれを考えるのも虚しくなり、考えるのをやめていたが、やっと納得の行く答えを聞けて内心安堵する。同時に、私を偽りであると指摘されたことに自尊心を傷つけられ怒りを覚える。彼女から見れば、私は偽りであるかも知れないが、四百年もの間、一人の神として生きてきた自分を否定されるのは許せないことであった。
「そんな怖い顔をするなよ。ただ、四百年前の続きが始まるだけなんだから」
「続き、それはどういうことだ」
「太刀川家の次代当主を決めるというあの行為は本来、雀神――つまり、私が依代とする人間を選抜するための儀式であり勝者が仮の依代である雀女丸を継承し徐々に身体になじませるように、依代とするのだ。しかし、お前の妹である鈴花は私の依代になることを何故だかは知らぬが拒絶した。それが切っ掛けで精神の壁が崩壊してあのような痛ましい事件が起こってしまったのだ。あれはお前にも鈴花にも悪いことをしたと思っている。しかし、私を四百年もの間抑え込み雀神を語り続けたことは別の話だ。お前が知っていようが知らないだろうが、それこそ、私には知ったことではない。これで決着をつけようじゃないか。太刀川家の最後の生き残り、太刀川雀」
そう言うや否や斬りかかって来るが、明らかに手加減をした早さであり余裕で受けきることができた。何故、ここに来て彼女は手加減をしているのだろうかと、疑問に思った。しかし、考える暇なく何度も打ち付けられる剣戟の前に防戦一方になるものの全て、私が受けきれるように、まるで私に稽古でもつけているかのような動きであり、攻撃というにはあまりにも手緩いものであった。
私はその行為に対して、舐められ手を抜かれていると思い頭に血が上り、彼女が刀を振り下ろしたところで少しずつ後ずさりしていたのを、一気に後ろに下がったことで空振りを誘うことができた。
しかし、元々強く振りに来ているわけではない故に崩れた体勢をすぐに立て直して斬りかかってくると考えて横一線に刃を振るった。
だが、完全に読み違えていた。彼女は私と同じく大きく後ろへと下がっていた。この読み違え方に言い知れぬ不安感を覚えた。あの時、鈴花との決闘の時にも似たような読み違えがあり、そして結果としては私は負けてしまった。顔から血の気が引いていくのを感じた。
「どうした。顔が青ざめているが大丈夫か」
雀女丸は薄笑いを浮かべており、それがさらに不安を加速させた。私はそんな不安を打ち消そうと必死で攻めに転じる。
いや、攻めているように感じさせながら上手くあしらわれているのだ。それに気が付くと、また頭に血が上り大きく縦に振り抜く。しかし、それも虚しくひらりと横に移動しながら回避する彼女の動きを追うように横に刃を振るうがそれもまた、届くか届かないかという微妙なところでかわされる。
完全に私がどう攻撃してどのくらいの間合いなのかも読まれている。このままでは確実に負けてしまう。いや、そもそも彼女に勝とうということが最初から間違いであったのではないかとすら思えてきた。
「もっと、冷静になって戦わないか。お前は頭に血が上ると大振りになる。そして、太刀筋が素直すぎて、簡単に読まれてしまうぞ。お前は幼い頃から短気だったが今もその調子では先が思いやられるな」
頭を掻きながらそう言う彼女の口調が不思議と懐かしさを感じさせるものへとなる。何か、忘れてしまった古い記憶が蘇りそうな、そんな懐かしい優しさがあった。
それが気になり警戒しつつも良く観察する。今の彼女は私とそっくりな格好――というよりも、服装だけを見れば私がいつも好んで着ている黄色いパーカー姿だ。しかし、良く見るとうっすらと頬に切傷の痕があるのが窺えた。私にはそんな痕はないということは、服装だけを似せて他は、雀女丸そのものということなのだろうか。
しかし、そんなことをする必要があるのかどうか、疑問に思った。私の意識を掌握するためには本人に似せる必要があるというのだろうか。まったくの疑問である。
「どうした、仕掛けてこないのか」
雀女丸は暇そうに右手に持った刀を弄んでいると、「やはり、この刀は些か小さいな」と言うと、見る間に刀が形を変えその大きさは、彼女の背丈程にも達し、正に大太刀と呼ぶ程にまで変化していた。
彼女は片手で大太刀の使い勝手を確かめるように、振るって見せるが、その姿はまるで重さを感じていないのではないかと思う程に軽々としたものであった。
「これでかなり使いやすくなったぞ。やはり、刀の大きさはこうでないとな。さて、十分頭も冷えただろう。行くぞ」
雀女丸は大太刀をまるで、長年遊び慣れた玩具のように自由自在に操りあの大きな刃からは想像もできない鋭さで斬撃が繰り出され、大太刀の使い手は限られている時代に私は生まれ育った。故に、間合いが上手くつかめずに必要以上に大きく体を動かして回避に専念してしまい体力が大きく削られて行く。雀女丸は軽そうに扱ってはいるが、明らかに重い一撃が予想されるあれを受けることなど、考えられなかった。
「これが、私の時代の刀の大きさなのだが、お前には戦いづらいか」
「嘗めるな。そんな長い刀を振り回しても、懐に入れば――」
私は一気に間合いを詰めるために全速力で前へ飛び出ると、彼女は一歩後ろに下がったかと思うと、左右の足を大きく広げて姿勢を低くしたかと思うと、左手に刃とは逆の峰の部分を乗せ、右手で柄を握り奥へと引いている。
彼女の構えは突きだ、と気づいたときにはすでに間合いに入っており右側に避けようと思った時にはすでに剣先が腹の前まで来ており、大太刀の間合いを知らない私には恐ろしく素早い突きのように感じられたが、既の所で避け剣先が左横腹を撫でるように掠めて行くのを目視して冷や汗が流れた。
だが、それだけで終わらなかった刃が上向きだったのが、右向きに変わったのだ。一瞬だけ雀女丸に目をやると突きの構えが伸びきったところで、柄の握りが変わっていた。
私は咄嗟に自分の刀を左側に添えるよう縦に構えて、恐らく弱いながらも確実に来る斬撃を受けるための備えをしたが、大太刀の刃は真っ直ぐに伸びたまま動かず、私は油断を誘うための陽動なのではないかと動きが止まる。
すると、雀女丸は大太刀をゆっくりと引き戻し構えを直すのを見て、私もすぐさま構え直す。
「なかなか、上手い動きじゃないか。だけど、こんな動きは人間同士の戦いだ。人を超えると、なかなかに面倒な動きだな。お前も仮にも人を超えた存在なのだから、ついて来れるよな」
彼女はそう叫ぶと、大太刀を私に投げ付けて来た。真っ直ぐに刃を向けて飛んでくる大太刀に身を翻して避けると、目の前には雀女丸の姿がいなくなっており、すぐさま後ろを振り向くと大太刀だけが浮遊しながらまるで生きているかのように私に斬りかかってきた。雀女丸は一体どこに消えたのかと考える余裕すら与えない素早い斬撃を繰り返してくるが、重い攻撃はなかなか来なく、大太刀と言えども受けることのできる軽い攻撃だと感じていると、突然に後ろへと下がると思うと、一気に剣先を向けたまま思い切り突っ込んで来るのを、私は横に払い除けようとするが、大太刀は重く払うというよりも刀で軌道を変えて何とか防いだという形になってしまい、軌道を変えながら私の後ろへと流れて行った大太刀に目をやると、そこには雀女丸が大太刀を片手で弄び、目を細めて涼しそうに笑みを見せる姿があり、私に余裕を見せつけてくる。
しかし、頭に血を上らせては勝ち目は無い。今でさえ、手加減をされていると感じているのに、押されている。そんな時に冷静さを失えば確実な負けが待っているのは明白である。
ここで落ち着いて、雀女丸がどういった能力を使えるのかを思案する。本来は刀の名前ではなく刀に宿る雀神の別名だとするなら、大太刀に自分を宿らせて自在に操ることも可能なのだろう。だが、果たしてその能力だけが彼女の力だろうか。私と彼女は同化したという話をしていたことを思い出す。
つまり、私が使える能力も彼女は使えるのではないかということだが、考えていても仕様が無い。試してみるまでだ。
「手を抜くだなんて、余程勝つ自信があるのだな、雀女丸。今度は私から行かせてもらうぞ」
そう強い口調で告げて頭上に大きく刀を構えてると、雀女丸は涼しい顔をしながら大太刀の刃を上に向けて下に構えて見せる。彼女の構えは正しい、上段に大きく構えている私の下はがら空きなのだから。
だが、それはそのまま正面から私が来た場合のことだ。自分が雀女丸の後ろに立つイメージを頭に描きつつ彼女に向かって走り込んで行く。彼女は、間合いに入るのを待っているかのようにジッと動かない。少し奇妙な感覚を感じたが、思った通り大太刀の間合いに入ると、刃が上へと動くその瞬間に私は気を集中させてると、雀女丸の後ろへと回り込み刀を振り下ろそうとした――その時だった。腹部に鈍痛が走り危うく落としそうになる刀を必死に握りしめるが、あまりの苦しさに腹を抱えるように蹲ってしまう。その時に分かったのは、大太刀の柄頭で私は腹部を打ち付けられたということであった。
「先ほどの立川との戦いで見せたその力、もっと便利に使えるだろう。お前は出し惜しみしすぎだな。私も同じ力を使えるのではないかと、疑問に思っているのだろうが、確かに瞬間的に移動する能力は心得ている。しかし、それは気を感じ取り、そこへ自分を飛ばす力くらいで、お前の使うその能力はまた別物だ」
雀女丸は、少しだけ残念そうであり寂しそうな表情を浮かべて話しかける。
「なんで、それが……分かるんだ」
私は腹部の激痛と胃液が逆流し口の中が酸っぱくなるのを感じながら、やっとの思いで声を出す。蹲り苦しむ私の前にしゃがみ込み彼女は話を続ける。
「まず、気を辿り移動をする時は気を辿られた側も、気が干渉されたことに気が付くものだ。まあ、普通の人間などは気というものを感じたりはしないから、分からないだろうが気を操ることに長けた者は、自分の気に干渉されると首筋がぴりぴりとした感覚を覚えるのだ。だが、お前の瞬間移動にはそれが無かった。つまり、気を辿った能力ではない。私が思うに、視界や一度見たことのある光景ならどこにでも行けるくらいの能力なのではないかと、推測しているが――どうだ当たっているか」
「誰がお前に教えるか」
「その反応では正解だと言っているようなものだぞ」
彼女は見事に私の能力を言い当てた。その観察眼には驚きを感じたが、彼女が言い当てたのは、私の能力の一つの使い方でしかないことは不幸中の幸いであった。
「確かに、お前の読み通り私は特殊な方法で瞬間移動をしている。では、お互いの能力が分かったところで、試合再開と行こうか」
私は痛みが治まってきたところで、後ろの光景をイメージし瞬間移動をして大きく下がる。彼女の言ったように視界に入っていなくても、実在する光景をイメージさへできればそこへ移動することが可能なのだ。つまり、この場所――境内は私のテリトリーというわけである。
「人間的な戦い方に少しこだわりがあるようだが、それはやはり、昔の妹に負けたことへのコンプレックスなのか」
雀女丸は大太刀を肩に乗せた姿勢をとりながら突然、そんなことを問いかけてきた。
「だったら、どうかしたのか。私は私が好きなように好きな戦いをする。そして、負けた。ただそれだけのことだ。今更気になんてしていない」
私は嘘をついた。妹は天才的な予測能力を持つ剣士だった。その妹に勝つためにあらゆる手段を講じたはずだった。しかし、その全てが見破られ挙句は頭に血を上らせて無様に負けたのだ。それから、一ヵ月経とうかという時に、あの惨劇が起きたのだ。勝ちたいと思い再戦を願いながら修行を積んでいたが、その相手の存在はすでに別の者になり果て、結局は里から離れた時には雀女丸に体を完全ではなかったが支配され本当の妹との再戦は叶わなかった。
「そうか。しかし、お前が負けたのはある意味では、私の所為でもある。お前が人間の形に固執した戦いを重視するのであれば――」
雀女丸が奇妙な話を始めたのを聞いていると、妙なところで言葉を切る。次の言葉を待っていると、いきなり周りが暗転したかと思うと風景が変化した。