宣戦布告祭
退魔師騒動からおよそ二週間が過ぎ、退魔師の清治は文和が通報して駆けつけた警察に、引き渡されて、清治は別の場所で起こした余罪もあったらしく、長らくは出てこられないだろうということだった。私が言えたことではないが、人間が人間に危害を加えるとは嘆かわしい。これだから、人間は嫌いだ。
そして、天邪鬼は魂を解放した後に同時に解放された禍々しい魂が何かしら影響を与えたと思われる事件も特に起きていないので、杞憂に過ぎなかったのだと安心し始めた頃には、すっかり暑くなり、蝉の鳴き声が響き正に盛夏と言った感じである。
私は蝉の声が好きで、毎年夏が楽しみで仕様が無いのだが、この暑さだけは勘弁して欲しいと思うが、人間と違って騒ぐほどの暑さは感じない故に、いつもの様に愛用の黄褐色のパーカーを着ているのを私の様子を見に来た文和が「暑苦しい格好だから、着替えろ」とうるさく言うので、黒のTシャツに黄色い半袖パーカーとベージュの短パンになった自分を想像して衣替えをした。私のような存在には、服というのは気で作られた衣のようなもので、自分がどんな服装になりたいかは自由自在に操れるのは、かなり面白いところである。
しかし、季節ごとに衣替えをしなくてはいけないというのは、面倒なものだと考えながら、文和に披露すると言葉では褒めているのだが、顔には「がっかり」といった風な表情が少しだけ癪であった。
「私が好きな服装なんだ文句あるのか」と心の中で思いながら気づかないふりをして、彼と会話を楽しんだ。
そんなこともあってから、数日立った今はいつものように参拝客も来なくて暇を持て余し、拝殿の中で昼寝をしていると、なにやら外が騒がしくて目を覚まし、外を見ると人間がたくさん集まって、提灯などの飾りつけをしていて、その中にてきぱきと指示を出している男がいた。
拝殿の中で目を凝らして見るとその男が文和であることが分かった。彼が何をしているのかは一応は予想はつく。今年の夏祭りで私の信仰を取り戻すために、何かをするってことだ。
しかし、具体的に何をするのかは、私自身も聞かされていなくて、どうするのかと聞くと「祭りの時に分かるよ。驚かせてあげる」と言うだけだった。
さて、彼のお手並み拝見だ。
――そんなことを思っていると、飾りつけを程々に手を休め文和と他の人間が話し始めたと思うと、神社に拝殿にぞろぞろと向かってくる一行に、少したじろいでいると彼らは一度に参拝する。
その願いというのは、皆同じで「祭りが成功しますように」という内容であった。
祭りが成功するのは良いことだと、私も思い成功するかはともかくとして、災厄を遠ざける程度の力を彼らに与えた。もちろん、そんなことを彼らは気づかないのだが、彼らは作業に戻るため背を向ける中、文和は拝殿の方を見ながらそっと親指を立てていた。
私は姿を見せず気で軽く鈴を揺らして合図をしてやると、彼は鈴をちらりと見たあとに、ニヤリと笑って見せた。そんな彼を見ながら私も同じように笑っていた。
「鳥山さん。どうしたんですか」と、文和は呼ばれて「今行きます」と答えてから、彼は白い封筒を賽銭箱に投げ入れたて、「開けて」というジェスチャーを送った後、他の人間たちの元へと戻っていった。
それにしても、一体どうやって私への信仰を取り戻すのか、とても気になるので見ていたいのだが、一日中見ているのも暇だと考えながら、先ほど文和が投げ入れた封筒を賽銭箱から抜き取って中身を見てみると、五千円札が一枚と手書きの文が入っていて、文にはこう書かれていた。
「一日中飾りつけなんて見てても、暇だしたまには街に出て、遊んできたらどうかな。五千円入れておくので、好きに使ってください」と書かれていた。
他人から貰った金を好きに使えと急に言われても、気が引ける……ということはない。そもそも、何百年とこの土地を護ってきたのだから、五千円を貰ったところで気兼ねすることはないのだ。
私は自分にそう言い聞かせて、依代である雀女丸を刀袋に入れて肩にかけ、街へと繰り出した。
そして、私は街について早々に驚くことになった。街の雑貨屋や玩具屋などに『あの人気カードゲームに新神登場!追加された雀神は、ここ雀穂町限定で別バージョンが封入!』と宣伝されたポスターがデカデカと貼られていて、麻雀店にも同じポスターが貼られていたのが少し気になった。「麻雀のアレは『じゃくしん』ではなく『じゃんしん』と読み、私と麻雀とは関係ないだろ」と、口の中でツッコミを入れていた。
それはともかく、私が憧れていたカードゲームに自分が登場した事実を知った今、五千円を握り締めて、玩具屋に入りカードゲームコーナーへと向かいさっそく、私は『日本神略戦争コレクションパック(当地限定)』を持ってレジへと並ぶ。
子供達と一緒に混じって並ぶのは少し恥ずかしいと思ったが、意外にも大人も多くて変に目立つということはなかった。
レジでお金を払いさっそく開封すると、中からは付喪神系ばかりが出てきてガッカリするが、1~2枚必ずレアカードが入っているのは二枚キラキラと光る箔押し加工が行なわれているカードが入っていて、一枚は銀色に光るカードで火雷大神という八柱の雷神で、八人の雷神が恐ろしげな絵で描かれていた。もう一枚は虹色に光るカードで当地限定の『私』が姿を現した。
なんとも古風な雰囲気で袴を身に纏い目を閉じながら、抜刀する瞬間の女性の姿が描かれていて、名前の部分には『神霊の雀神』と書かれていた。
美麗に描かれた自分に惚れ惚れとしていたが、肝心の当地限定ではなく通常ヴァージョンは入手できなかった。
私は通常ヴァージョンを入手するために、3パックをまとめて買うも、『海の神ヒルコ』に『水神の水光姫命』や『始祖の瓊瓊杵尊』を、引き当てるも通常ヴァージョンの自分を引き当てることができず、しかも当地限定の限定パックに必ず一枚入っているので、すでに四枚も集まってありがたみも何もありゃしない。
あと数パック買ってやろうと思ったところで「あの」と、背後から声をかけられて振り向くと、男の子が日本神略戦争のカードを持ちながら、「通常ヴァージョンの雀神がダブったので、良かったら始祖の瓊瓊杵尊とトレードしてくれませんか」という願っても無い申し出に私は二つ返事でトレードに応じた。
そして、通常ヴァージョンの自分は、背景には火の粉があがり幾つもの屍の上で赤く血に染まった刀を持ちほくそ笑む『武神の雀神』が描かれていた。
その光景は、古い過去の出来事を彷彿とさせるもので、それをまじまじと見つめた後に、短パンのポケットにねじ込むようにしまった。
「過去はいつまでも、付き纏うのか」と思いながら、拳を握りながら店を出てから、気持ちを落ち着けるためにぶらりと街を散策して回っていると、いつの間にか街から出て、人気の無い河川敷に辿り着いていた。
私は河川敷の坂に青々と茂る草の上に寝転びながら、自然の音に耳を傾ける。風に揺れる草の音、静かに流れる川の音に遠くの木々からセミの鳴き声が聞えてくる。
私は自然に身を任せて目を閉じた。
「鈴愛、祭り大成功だったな」
真っ暗な意識の中で、文和の声だけが聞える。私は河川敷で寝ていて、まだ祭りも始まっていないはずだと考えるが、暗い意識の中で幸福感漂う言葉が次々に発せられて思わず、私はその言葉に吸い込まれ沈んでいきそうになる。
私は「これは夢だ。目を覚まさないければ」と言い聞かせて、意識を集中させると、沈みかけていた意識が頭の中で鮮明になっていき私はそのまま、目をあけた。どうやら、数分だけだが眠ってしまっていたらしい。未だに、心地よい言葉が脳裏に浮かび、体を起こして頭を横にふり、完全に覚めていない頭を覚まさせた。
そうすると、ふと気が付くと川の中から得体の知れない妖気が流れているのを感じ取る。さっきまでは、妖気など微塵も感じなかったのだが。
警戒しつつ立ち上がり川の様子を見に近づくと、緑色の蛇が……溺れていた。どうやら、妖気を放っているのは、その蛇のようであまり近づきたくは無かったが「見てしまった以上は助けてやった方が良いのではないか」という良心に突き動かされて、助けてやろうと川へと入ろうと思ったのだが、濡れるのは嫌だなと思い立ち止まり、気を操り蛇を川の中から引き上げて、静かに草の上に降ろしてやるが力無くぐったりと動かない。
死ぬ間際に強い負の感情により妖怪変化をするところだったのだろうが、弱い身体では体力が持ちそうも無なかったが、妖気はまだ途切れずにいる蛇に残された体力で妖怪変化ができるよう、私は右手をかざして自分の妖気を送り助力するが、どんどん妖気も体力も弱まって行き私の力ではどうすることもできずに目の前で、一つの命が失われた。
蛇から魂が抜けて、それは通常なら天へと昇って行くはずなのだが、その魂は私の周りを飛び回る。こういったことは、珍しいことではあるが妖気という負の気の強い者はこの世に未練を残していることが多い。
つまり、その未練を伝えたり解決したいという気持ちが強く、命を助けようとした私に何かを伝えようとしているのだ。
私は蛇の魂を手で包み込み口の中へと魂を運び込み、薄黒く濁った魂を飲み込んだ。その魂が腹に辿り着くと、魂の想いが身体を通して伝わってくる。
蛇の強い想いが、私を蝕もうとするのを必死で抵抗する。これに抵抗するために別の魂に蛇を押さえ込むように思念を送り自分の体を押さえ込むように、両手で体を抱きかかえてうずくまる。
そして、蛇の想いは私に全て届いたところで満足したように、蛇の魂は私の中で安らかに眠りにつく。そして、蛇の想いというのは「復讐」であったのだが、その復讐相手というのが、また厄介な相手だった。
正直なところ、今の私では全く太刀打ちが出来ない存在だったのだ。
その相手は『夜叉』そして、ヤツと共に行動をする『羅刹女』であり、仏教では武神と言われる毘沙門天の眷属とされる存在であり、まさにヤツら戦いに挑むということは自殺というものだ。
そもそも、ヤツらはなぜ蛇一匹をわざわざ殺したのかが疑問である。蛇が見た光景が頭に浮かぶのだが、その蛇を捕まえて何か良くないことをした後に、川へ投げられたという感じであった。
さて、わざわざ蛇の想いを聞き届けてやったからには、何かしらやってやらなければならないだろうと、考えはするもののヤツらに対抗する方法など全く見つからずに悩んでいると、巨大な妖気が私の背後で止まったかと思うと一瞬でその妖気は弱弱しくなったのを感じ取り、振り向くとそこには天邪鬼が笑顔で立っていた。
「久しぶり、雀神ちゃん」
彼女は変わらず笑顔で挨拶をしてくるが、彼女が現れたからには、かなりの面倒事を抱えて来たに違いなかった。
「久しぶりだな。お前が現れたってことは、とんでもなく面倒な事を持ち込んできたんだろうな」
「あら、そんな心外だわ。退魔師に囚われているところを助けてもらったお礼をしてなかったのを思い出して、役に立つ物を持って来たのよ」
そういうと彼女は何処からとも無く二本の小太刀を両手に呼び出し、一本は白い鞘でもう一本は赤い鞘に収まっていて、その小太刀を彼女は私に投げ渡してくる。突然のことに、私は赤い鞘の小太刀を取り損ね落としてしまった。
落ちた小太刀が鞘から抜け出てしまいすぐに、拾い直して鞘に収めようと思ったのだが、なんとそれは、金属ではなく鞘に入った木刀であった。しかし、ただの木刀ではないことはすぐに分かった。その木刀を中心に地面に生えた草花が一気に凍結して行く様を見て、私は動揺を隠せずにいた。
「ほら、早く拾わないと、どんどん凍っていってしまいますよ」
と、天邪鬼は急かすように言ってきて、私はそれを聞いて素早くその小太刀を手に取って彼女に「これは一体なんなんだ」と問うと、
「この小太刀は、私が趣味で作った小太刀なのですが、白い鞘の方は『夏小太刀』と言って、もう一本の赤い鞘の方は『冬小太刀』と言うんですよ。夏木立ちと冬木立ちから捩ったシャレた名前でしょう」
彼女は自慢げに名前について語るっているのを聞き、「ダジャレではないか」と喉のまで出かけたが、その言葉を飲み込み代わりに、
「天邪鬼らしい名前の付け方だが、それよりどういう代物なのか説明してくれ」
と言うと、天邪鬼は咳払いを改まった顔をして語り出す。
「その小太刀はそれぞれ別の神木を使った木刀なのだけど、さっき見たように木刀と侮るなと言うくらいの神気が宿っているのよ。赤い方は北の湖にある神木から作られていて、触れた物を凍りつかせる能力があるの。そして、白いのは西側にある樹齢八百年と言われる神木から作っていて、触れた物を灼熱の炎で燃やしつくして灰にしてしまう能力がある強力な刀なのよ。まあ、木刀というだけあって刃物というより鈍器といった感じではあるけど神気の力は折り紙付きだから、きっと雀神ちゃんの役に立つと思うわ。是非使ってみてね。えっと、これで良いかな。私はこれでも結構忙しいから、消えるわね」
そう説明を終えると一方的に話を終えて、煙の如く姿を消してしまった。天邪鬼は本当に気まぐれというか自由奔放なヤツである。だが、そんな彼女がくれた木刀……ではなく小太刀を刀袋に収める。これは恐らく夜叉と羅刹女を倒すのに役に立つ代物だろう。
しかし、今日は楽しい祭りが待っているのだ。明日にできることは明日やろう。それに、夜叉や羅刹女がどこで何が目的で活動しているのか分からないのだ。人が食われたという情報は私の目と耳であるスズメ達からも届いていないのだから、蛇一匹のために凶悪な人食い鬼と対峙するのはリスクが大きすぎる。
そう考えた私は一度神社に戻って祭りの準備が、どこまで進んでいるのかを見に行こうと思った。もうそろそろ、提灯やらの飾りつけや出店の用意なども終わり始めている頃だ。それに、微かに信仰という力が、私に溢れてきているのが分かる。
これも文和のおかげだろうか。どうやったのかは知らないが信仰が急激に集まっているのを感じつつ、現状に心を躍らせながら、神社という私の家への帰路についた。
久しぶりに自分の足で歩いて神社に戻ると、日は傾き沈みかけていた。
例年より祭りは賑やかで、人々の信仰の力がオーラという形で見える程に強く感じられるという事実にである。
どうしたら、こんなに強い信仰を短期間で芽生えさせることができるのか、私は疑問を感じつつも良いことだと、無理に納得しようと思った。しかし、どうしても感じる違和感を拭い捨てることができずにいた。それに、昔は境内の中にまで人が入れるようになっていたが、今年は神社の近くの道路を中心に出店や提灯の飾りつけが派手に施されていて、境内が立ち入り禁止になっている。「これでは参拝ができないではないか」と想いつつ、参拝されずにはっきりと増え続ける信仰は何なのかしばらく考える。
そして、子供も大人も熱心になっている物を見て気づいた。これは偶像崇拝を利用したものであるのだ。人気カードゲームに私を登場させたことで、全国の人達が一斉に私を信仰するようになったのだ。宗教的に信仰しているかはともかく、私の偶像を愛することで私という神に興味を持った多くの人達が私に力を与えてくれているのだ。
しかし、一体誰がどのように私というマイナーな神を人気カードゲームなんかに登場させたのか気になるところであるが……。ともかく、ここ数十年の間で最も力がみなぎっているのを感じながら、境内へと入ろうとした思ったところに、巨大な妖気と殺気を二つ感知し、気配を消しながら実体化を解き慎重に境内へと足を踏み入れる。
自分の家の敷地だというのに、やけに居心地の悪い雰囲気に胸が苦しくなる。相手は姿を隠しているようだが、腐っても私の領域だ。それに、これだけ巨大な妖気だ。探し出すのは容易だ。
しかし、問題なのは二つの妖気があるというところだが……いや、違う妖気は三つだ。二つはとても強いが、もう一つはとても弱い気配だ。強い気配にかき消されて近くに来るまで気が付かなかったのだ。ここで一体何が起きているのか定かではないが、今は極めて危険な状況に違いない。そう思い刀袋から冬夏小太刀と雀女丸を取り出し臨戦態勢に入り足を止めて、境内を見渡す。
そして、三つの妖気が私の方へと近づいてくるのを感じ取り小太刀を抜くと、提灯の明かりに照らされながら三つの姿が露になり、現れたのは夜叉と羅刹女そして――文和であった。
「文和、大丈夫か」
と、文和に声をかけるが返事が無いことに焦りや不安で一杯になり、体が燃えるように熱くなる。
「お前ら文和に何をしたんだ」
私は激しい怒りを必死で抑えながら、夜叉と羅刹女を睨みながら問うと、二体の鬼ではなく文和が声を上げた。
「雀神、お前を待っていたぞ。あの時代から四百と数十年か、長かったな。あの時代のお前は、まだ人間で確か『太刀川雀』と名乗り、妹の『太刀川鈴花』と共に次代当主の座を争って、決闘をして負けた後は、立川の姓に変えさせられたのだったな。我は、お前の方を応援してたのだぞ。妹は確かに剣術の腕前は良かったが、血に飢え人斬りを生業にし、それを嬉々とこなすお前は気に入ってたんだがな」
そう喋る彼は文和の体を利用して喋っている『何か』であり、私を良く知っているようであった。特に、文和すら知らない太刀川家の当主の座を賭けて妹と争ったことは、文和は知らないのだ。
「……お前は文和ではないな。お前は一体誰だ」
私はそう言いながら、小太刀を両手で構えて三体にそれぞれに気を配る。
「うむ、そうだな。自己紹介がまだだったな。我の名は『毘沙門天』昔のお前と同じく、武神として崇められている。およそ五百年前は一人の大名を依代にし、戦を楽しんだものだ。好敵手が自滅しそうなところに塩を送ってやったことで有名な奴だ」
毘沙門天と名乗った彼は、やや大げさに芝居がかったような自己紹介をするのが、私の神経を逆なでするが、逆上しないよう小太刀を握る両手を強く握り堪える。
「お前は一体、何が目的でここに来たんだ。そもそも、私をお前と何の接点もないだろ」
「そう、そこだよ。我々と、お前らとは本来は宗教的に敵対するべき存在なのだ。そして、我は武神としての誇りをかけて、お前ら異教の神々を滅ぼすと決めたのだ。そして今日は新たな宗教戦争幕開けとして、お前を手始めに殺し宣戦布告とする」
そう毘沙門天が言い終わった瞬間、夜叉と羅刹女がまさに鬼の形相で私に襲い掛かってくる二体の鬼を、それぞれ冬夏小太刀で殴りつける。
惜しくも、夏小太刀はかわされたが羅刹女に冬小太刀が直撃すると羅刹女は悲鳴を上げてうずくまり、もう一撃を食らわせてやろうと振り下ろそうとするが、夜叉の突進によって激しい衝撃により、私は吹き飛びすぐさま体勢を立て直そうと思ったが、目の前には文和の格好をした毘沙門天が立っていた。
「無様だな。それでも、元武神と畏れられ崇められた神か。まあ、良いさ。トドメは我が刺してやろう」
彼はそういうと、どこからともなく剣が現れ右手に持つと私の胸に突き刺し引き抜かれる。
激痛が胸に走ったかと思うと、生ぬるい感覚の液体が流れ出るのを感じ取る。こういった場面を人間の時も神になってからも、経験はしたが流石に今回ばかりは助かりそうもない。確実に急所を突かれたのだ。
胸を押さえて止血しようとするが、それで血が止まるのであれば苦労はしない。信仰がやっと戻って来たと思ったらこの有様だ。
まったく、いっそ笑えてくるというものだ。目の前に立っていた毘沙門天は私に背を向けるのが見えて、私は思わずこう口ずさんだ「文和、いかないでくれ」と。
すると、驚きの返答が返って来た。
「お前はおめでたい奴だ。文和は、お前の味方ではない。我の計画のために近づき油断を誘うための駒だ。そして、自ら我の依代になることを選んだのだ。奴にはお前の声など聞こえはしない」
私は驚いたがそれも一瞬のことであった。なんとなく出合った時から様子が変だったのだ。何もないわけがなかったのだ。しかし、私は目の前の楽しさを追い求め真実から目を反らしハメられたのだ。何故、文和が私を欺いていたのか、そんなことは今となってはもう……。視界が暗くなり意識が薄れ酷く疲れたような感覚と眠気が襲ってくる。これが死ぬ瞬間というものだ。まさか、こんな形で二度目の死を経験することになるとは……。
「――勝手に諦めるんじゃない。お前に死なれると、私が困るんだ。それにお前を殺すのは私だ」
完全に意識を失う直前に、そんな声が聞えた気がした。