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ジャクシン  作者: 初瀬川渚
夏編
4/15

ペテン師と退魔師

 天邪鬼、ヤツは一般的には悪鬼神や妖怪、小鬼として知られていると思うが、本当のコイツはそんな存在なんかではなく、もっと人間らしい存在なのである。

 今だって、巨大な鬼の姿をしてはいるが、本当の姿はこんなものではないのだ。

「久しぶりだっていうのに、随分な反応ね。雀神じゃくしんちゃん」

 私の反応に、いじけたように頬を膨らませる鬼が目の前にいるのだが、可愛げの欠片もない。

「すまない。お前を最後に見たのは、二十年前の逢魔時に開いた常夜とこよを封じて以来だからな。それより、生きてて何よりだよ」

「あら、私のこと心配しててくれたの。雀神ちゃんは優しいんだから」

「……天邪鬼。いい加減その姿で、可愛い子ぶった素振りをするのはやめろ。吐き気がしてくる」

 私は口に両手を当てながら渋い顔を背けた。

「あら、失礼しちゃう。でも、雀神ちゃんがそういうなら」

 そういうと、一瞬だけ煙に覆われたと思うと、赤毛で長い髪の巫女服を着た女性に変化すると今まで身にまとっていた邪気が消え失せて、女性の姿になった天邪鬼は「この姿でどう」と、尋ねてきた。

「どうって、良いんじゃないか。さっきより随分マシな格好だと思うぞ」

「雀神ちゃんに、褒めてもらえるなんて嬉しいわ」

 彼女は頬に手を当てて、大げさにはしゃいで見せる。

 そんな彼女を見ながら私は目を細めてながら質問をする。

「ところで、お前がわざわざここに来たのは、挨拶をしに寄っただけではないだろう」

「そうね。そのことなのだけど、ここ数日で人ならざる者が次々に姿を消しているのよ」

「人ならざる者ね。どうせ、妖怪と鬼共だろう。だったら、私が気にするようなことじゃないだろう」

 不安げな顔で訴える天邪鬼に対して、私は冷たく鼻で笑いあしらった。

「消えてるのが妖怪だけならね。鬼や神も姿を消してるのよ」

「神が消えるか……それは、妙な話だ。しかし、こういった場合は大抵――」

 そこで言葉を切ると、私は難しい顔をして、少し考えて行き着いた答えは人間による無差別の御祓いだ。特定の何かが消えているのではなく、無差別に消えているという事象については、基本的に人間が関わっていると思って間違いはない。

 人間にとっては、人知を越えた者は「敵」と考える者が少なくは無い。そういう思想の退魔師は少なくも無く、そういった退魔師を駆逐するために我々、『人ならざる者』は結束して対抗することもある。

 しかし、私はそういった結束とか同盟というものは昔から好きではない。何故なら、こういった混乱に乗じて水面下ではさまざまな思惑が飛び交うものだ。こういうところは人間とはあまり変わりは無いかもしれない。まあ、元々が人間の存在も少なくは無いところや、下等な存在が妖怪化したものでも、知恵がつけば騙しの一つや二つ当たり前だろう。

 こうして、私の前に現れた天邪鬼も実際のところは何を考えているのか分かったものではない。彼女は古き神をも騙したといわれる程のペテン師なのだから……。

「で、難しい顔をして考えた結果として、雀神ちゃんは私と手を組んでそいつを――」

「報告してくれてありがたいとは思うけど、私は私で対処する。悪いけど手を組む気はない」

「ふふ、雀神ちゃんらしい答えね。そういうところ好きよ。それじゃ、私は消えるけど気をつけてね」

「言われなくても気をつけるさ。それと、私の事は雀神ではなく鈴愛すずめと呼べと、昔から言ってるだろ」

 と、言ったが彼女は私の言葉を最後まで聞かずに姿を消してしまった。

 さて、今回の相手は人間か……いや、私のところに現れる前に、別の何かに殺されるかも知れない。どっちにしろ、わざわざ迎え撃つ必要はないのだから、いつも通り過せば良いのだ。

 私は拝殿の前に戻ると、夜空を見上げて星の瞬きを眺めて「こんなに良い夜に面倒事なんてごめんだな」と、私は思いながら視線を戻そうとした。その瞬間、何かに見られているような気がして、あたりを見渡しが特に何も無く、きっと天邪鬼からあんな話を聞かされたから、少し緊張しているのだと思い深呼吸をして、拝殿へと戻りその日は床に就いた。



「お姉ちゃん。鈴愛すずめお姉ちゃん」

 また、あの夢だ。鎌鼬との戦いの後から、良く見るようになった。

「お姉ちゃん、ボーっとしてどうしたの」

 少女は私をお姉ちゃんと呼び、親しそうに接してくる。少女の名前は鈴花すずか、古い記憶という名の引き出しから、少女の名が取り出される。

 しかし、鈴花が何者なのか、私は思い出せない。いや、思い出せるのに思い出さないように必死で記憶の引き出しを抑えつけているのだ。

「ねえ、お姉ちゃんってば」

「うるさい、黙れ」

 彼女の声がとても煩わしく聞え、私の袖を引っ張り私の名を呼ぶ彼女を私は、思わず怒鳴りつける。

「ごめん、ごめんなさい。お姉ちゃん」

 今にも泣き出しそうな声で彼女は私に謝る。それすら、苛立たしく感じる。

「泣くんじゃない。お前は……お前は私を越えた存在だ。私より強いだろ。何故、今になって、私に付きまとうんだ。私は私の居場所を奪ったお前の姉なんかじゃないんだ」

 そう再び彼女を怒鳴った。すると、気が付くと場所が変わっていた。

 周りは血の海で屍の山ができていた。急に血なまぐさい光景と匂いに包まれて、私の胃袋が暴れ出す。

 血の海の中に、鈴花は刀を持ちながら、私に話しかけてくる。

「お姉ちゃん、私はお姉ちゃんが思っている程強くなんて無いよ。お姉ちゃんがいなくなって、私は壊れたの。でも、安心して私はお姉ちゃんの居場所を作るために……一緒にまた暮らせるように、邪魔者を消したの。赤く部屋を飾りつけしたの……だから、戻ってきてよ」

 狂気、それだけに彩られたその部屋と彼女を見て、私は恐怖しながら「これは夢だ」と、何度も唱える。

「これは夢じゃないわよ、お姉ちゃん」

「黙れ、お前は鈴花じゃない」

 いつの間にか、彼女は私の背後に立ち耳元で囁き、私は彼女に拳を振りながら怒鳴るが、拳は空振り、気が付くと、離れた位置に移動した彼女は話し続ける。

「私はあなたの妹、鈴花よ」

「お前は鈴花なんかじゃない、妹を返せ」

 抑えつけていた記憶の引き出しを無理矢理開けられたが、私はそれに気付かず夢の中で役を演じる。

「私が鈴花じゃないなら、私は誰かしら」

「お前は私だ。私は雀女丸だ」

 私はそう叫ぶ。

 すると、意識がスッと引っ張られるかのような感覚を覚えて、私は目を醒ました。起きたばかりの重い頭を上げて起き上がるり、私は笑った。何が可笑しいかというと、盛大に寝言を言っていたことを自分で認識してしまったからだ。しばらくして、笑いも収まったところで、ふと雀女丸に視線を落とす。

 雀女丸……呪われた刀の意思。私の依代であり、あの惨劇を作り出した張本人。

「雀女丸。お前は妹だけではなく、私をも乗っ取ろうとし始めているのか」

 私は依代である雀女丸に声をかけると、弱々しく妖気を放ち一瞬だけだが微かに動き声が聞えた。

「乗っ取っているのは、お前だろ」と。

「……そろそろ、封印も限界になってきたか。早く何か手を打たなければ」

 そう思っても、ヤツを抑えているのは私自身の力であり、その力の大部分は信仰である。このまま信仰が戻らなければ、ヤツの力が私に勝るのは時間の問題だ。


 

 少し、雀女丸の封印について考えてみたが、随分前から考えていたことを、すぐに妙案が浮かぶはずも無く、拝殿の中に漏れ入る太陽の光に目をやる。日の光の眩しさに目を細めて、私は外へと歩み出る。空気は澄んでいて、とても気持ちの良い朝だ。境内の周りで鳴く鳥達のさえずりが私を包み自然が私に僅かながら力を与えてくれる。

 朝日を浴びながら、思い切り背伸びをした時だった。突然、一斉に鳥達が飛び立ち境内の周りが静かになる。微かながら、鳥居のある方から妖気が近づいてくるのを感じる。何者が近づいて来ているのか、身構えながら注視する。

 姿を現したのは、紺色のTシャツにベージュのジーンズというシンプルな服装で髪が立つ程に短く切られていて、顔はどこにでもいそうな青年といった感じだ。

 そんな彼から妖気が出ていることに、少し戸惑いつつ私は急いで拝殿の中に置いてきた雀女丸を取りに戻り、そこから出ようとした時にはすでに、彼はすぐ傍にいた。

 私は相変わらず鞘から抜くことの出来ない刀を構えて、臨戦態勢を取る。彼から妖力が出ているとしても、私の姿が見える存在であり退魔師ではない可能性を考えて、様子を見る。

 しかし、彼は私の方に視線を向けて、話しかけてきた。

「本当に神という割りに、現代風な格好をしているな。ヤツから情報を得ていなかったら、普通の人間と区別が付かなかったな……。立川鈴愛たちかわすずめ、またの名を『人斬りの雀』そして、雀銭神社の荒ぶる神、雀神。貴様を、冥府へと還す。覚悟しろ」


 不味い、彼には私の姿が見えている。いや、そんなことより、何故、私が人間であった時の名を知っているのだ。渾名まで知ってるとは、誰から情報を得たんだ……。

 私は身の危険を感じ、ゆっくりと後ずさりしながら、注意をそらすため質問を投げかける。

「お前、最近ここらで人ならざる者を消し去っている退魔師だな。噂では神をも祓うらしいが、本当か」

「何なら試してみるか。察するに、かなり弱まっているようだが」

「そっちは良いのか、こんな日がある内にやっても人が来たら怪しまれるぞ」

 私は両手を広げて空を見上げながら言うが、彼は鼻で笑いこう言った。

「こんな寂れた神社に、朝から来る物好きはいないんじゃないか」

 彼は私の昔の情報は知っているようだが、今の私の情報は知らないようだ。これで、今日中にやられることはなくなったと、心の中でほくそ笑む。

 私は彼に気付かれないように、鳥居の方に視線をやると、日課のように毎日お参りに来るお婆ちゃんが近づいてくるのを確認しながら、彼を挑発する。

「どうした、退魔師。私を祓いに来たのだろう。口を動かしてる暇があったら、さっさとかかって来い」

「そんなに急かさなくても、すぐに逝かせてやる」

 彼は私ににじり寄り、ジーンズのポケットから派手な装飾が施されたナイフを取り出した。

 ――なるほど、ナイフの装飾に強力なまじないが施されているのか。

 ナイフを握り近づいてくる彼を確認すると、私は雀女丸を気で操り拝殿の中に放り投げ、できるだけ衝撃を抑え静かに落とす。何しろ物理法則に任せてしまうと、私自身にも落下の衝撃が伝わって酷い目に会うからだ。

「どうした。自分の依代を手放すとは、何を考えている。自暴自棄になったのか」

「お前は私を甘く見すぎだ」

 今度は私が鼻で笑い、そう言い終えると、実体化をして大きく叫んだ。

「誰か、助けてください。この男に殺される」と。

「叫んだところで、人はここにはいないだろう」

 馬鹿にしたように彼は笑いながらも、周囲を見渡す。そして、彼の視点がお参りに訪れたお婆ちゃんに止まり硬直する。

 お婆ちゃんはというと、ポケットから古い型のケータイを急いで取り出し、電話をかけようとしていた。

「クソ、人が来るなんて想定外だ」

 彼は手に持っていたナイフをポケットに入れると、替わりに手のひらくらいの大きさの小箱を取り出すと、その蓋を開けて言い放った言葉に、私は驚いた。

「天邪鬼、出て来い。計画変更だ」

 小箱から煙が立ち込めて、目の前が見えなくなるがすぐに煙が晴れ目の前には、昨日の巫女服姿の天邪鬼が立っていた。

清治きよはるさん、だから言ったじゃないですか、力が弱まっても雀神ちゃんは手強いから人払いの結界を張って念を押せって」

 小箱から現れた天邪鬼は私をちらりと見て、すぐに清治と呼ばれた退魔師に目を向ける。

「うるさい、貴様の命を握っているのは僕なんだ。だから、僕のいうことを黙って聞いていれば良いんだよ。ここからすぐに離れるぞ」

 彼は焦り早口で急かすように天邪鬼に命令をしている。彼らの関係がまったく分からず、私は混乱していた。確かなのは、天邪鬼も私の敵であるということだ。

「ごめんね、雀神ちゃん。昨日の申し出を受けてくれれば、こうはならなかったと思うんだけど、こんな結果になって残念。また、次に会いましょう。お互いに生きていたらね」

 そう私の耳元で彼女は囁いた後に、退魔師の腕を掴むと煙の様に消えて行った。

 彼らが消えて、私はすぐにお婆ちゃんの方に目を向けると、驚きに腰を抜かし尻餅をついていた。何しろ目の前で人が消えたのだから無理もない。

 私は彼女に駆け寄り、ケータイを覗き込むが、まだ、どこにも繋がっていなかったようで、少し安心する。警察などに電話をされたら事後処理なんかが面倒だからだ。

 私は彼女の額に手を当てて、先ほどの記憶を消すように念じて数秒間だけ気を失わせ、その間に実体化を解いて彼女の前から姿を消した。

 そして、彼女は気が付くと、どうして尻餅をついているのか不思議そうな顔をしながらも立ち上がり、いつもの様にお参りをして帰っていった。

 彼女の願い事はいつも決まって「天国の息子が元気でありますように」だ。

「さっきは助けてもらったけど、何度頼まれても、その願いは叶えられないな」

 私は小さく呟いて、寂しい顔をして目を伏せた。



 私は一人、拝殿の中で胡座あぐらをかきながら、今後の対処法を模索していた。

 天邪鬼とは二百年の付き合いではあるが、まさか、私と敵対するとは思わなかった。確かに彼女は、言動がちぐはぐで、何を考えているのか分からないところもあったが……。

 彼女が敵ということは、私の情報がほとんど漏れているということになる。

「クソ」

 そう吐き捨てて、怒りに任せて拳を床に叩きつける。

 今回は退魔師が油断していたから退けることができたが、次に対峙することになったら、退魔師一人ならどうにかなるだろうが、天邪鬼も同時に攻撃を仕掛けてきたら、勝つ見込みは、皆無に等しい。

 私から打って出て、退魔師だけを暗殺することも不可能ではない。ヤツの気はしっかりと覚えているので、その気を追って近づくことができる。しかし、問題なのはここまで私が追い詰められたら打って出てくることを、天邪鬼が助言していて警戒している可能性だ。

 警戒されていたら、暗殺の確率はかなり低くなる。何か良い方法はないものかと、必死で頭を働かせる。

 そして、一つの名案を思いついた。

「そうだ。ヤツは所詮は人間なんだ」

 独り言を呟き、思わず笑いが止まらなくなる。私だって元は人間であり時代の移り変わりを学んでいく習慣を忘れてはいないのだ。

 天邪鬼が邪魔に入らなければ、この作戦で私は確実に勝てる。



 太陽が西に傾き、学校帰りの学生達で賑わう街の中を、私は久しぶりに境内から出て歩き回っていた。たくさんの人間の中は慣れないもので、ぶつからないように歩くというだけでも疲れてしまう。

 そして、私がわざわざ街に足を運んだのには、理由があった。もちろん、ショッピングをするためや遊ぶためなんかではない。あの退魔師、清治を罠にはめるためである。少し前を歩く紺色のTシャツを着た清治を尾行していた。

 私はわざと気づかれるように尾行する。彼はすでに私の存在に気づいていて、少し早歩きで、角を何度も曲り私を巻こうとするが、彼の気を追尾しているので、巻くことは不可能に近い。しかも、これは罠にはめるための尾行なので、注意深く動く必要もなく簡単な尾行である。

 そして、ついに彼は人気の無い裏路地へと姿を消した。姿を消しても彼の気を感じ取れる私にとっては、どう逃げようとも意味をなさないのだ。彼は裏路地にある建物の影に身を潜めて、待ち伏せをしているようで、殺気が漂ってくる。

 ここで気を抜いて、ナイフで一突きなんてことが無いように、胸の当たりで腕組みをしながら、慎重に殺気を放つ場所へ近づく。一気に殺気が強くなったと思うと、清治は右手にナイフを持って、思った通り刺突しながら飛び出し襲い掛かってきた。

 私は咄嗟に、腕組みをしていた両手を素早く降ろし彼の右手を下に押さえつけるように掴み、少し体を右側に動かしつつ、腰を引いて腹部をナイフから遠ざけるように動く。

 しかし、彼は興奮して、何度も刺突を繰り返すように動かしてくる。通常なら、ここで素早く反撃に転じるのだが、それでは罠にはめる前に彼を伸してしまうため、何とか私は押さえつけに徹する。

 そして、大通りの方からカメラのシャッター音が響き、清治はその音に驚きその方向を見た瞬間に、彼の腕を押さえていた右手から離し、あっという間に顔面を数発殴り彼は堪らずに顔を守ろうとした瞬間、右手首を両手でしっかりと掴み捻りあげると、彼はバランスを崩して仰向けに倒れこむ。その時、彼のジーンズのポケットから天邪鬼を呼び出した小箱が転げ落ちたのを確認するが、今はそれ所では無く、そのまま、さらに強く捻ってやると痛みに耐えかねて、清治はナイフを手放す。

 私はそのナイフを蹴って彼から遠ざけ、彼の両腕に両膝を乗せ押さえつけて、馬乗り状態になる。

「クソ、離せ。化け物め」

 清治は悪態をつきながら暴れる。

「何とでも呼べ。私に盾突いた報いだ」

 そして、大通りの方から、男が走って近づいてきた。

「大丈夫だった。鈴愛すずめちゃん」

 心配そうに声をかけて来た男の正体は鳥山文和だ。

「ああ、私は大丈夫だ。それよりちゃんと、私が襲われてるところ撮れたんだよな」

「もちろんだよ。警察にも通報したし、すぐに駆けつけてくると思うから、あとは俺がコイツを抑えておくから、鈴愛ちゃんはここから離れてよ」

 彼に逃げられないように、慎重に文和と抑えるのを交代する。

「分かってるよ。私がここにいたら、いろいろと面倒だからな」

 私には人間の持つ身分証明書というものは無いし、戸籍なんかもあるわけがなく、事情聴取なんて受けてしまえば、面倒なことになるのは必至なので、私は清治が落とした小箱を拾い、後の事は文和に任せてその場から立ち去り雀銭神社に帰宅した。


 いつもと同じように、拝殿の中で私は、天邪鬼が呼び出された小箱を開けようか開けまいかと、腕組みをして悩んでいた。

「そういえば、清治は『天邪鬼の魂を握っている』とか言っていたな――もしかして」

 少し考えて、思い切って小箱の蓋を開け放つと、この前と同じように煙が立ちこめて煙が晴れると、巫女姿の女性の姿の天邪鬼が現れた。

「雀神ちゃん、また会えたわね。えっと、清治はどこ。それよりここはどこかしら」

 天邪鬼は私を確認をしたが、自分の置かれている状況が飲み込めないようで、あたりを見渡す。

「あぁ、清治なら多分、警察に事情聴取を受けてるんじゃないかな。それと、我が家の雀銭神社へようこそ」

「え、どういうことなの」

 彼女はさらに、困惑した様子を見せる。

「まあ、話せば少々長くなるが、こういうことだ――」

 名案が浮かんだが良いが、作戦を実行するには、人間の協力者が必須条件であった。しかし、運の良いことに人間に転生した文鳥の文和という、旧友を私は頼り、彼に会いに行った。事情を話すと私を心配して少し渋ったものの作戦に協力してくれた。

 その作戦というのが、先ほどのもので、私が襲われるようにわざと追い込むように動き、私を襲ったところを文和が証拠として写真を撮り、そして、文和が襲われた女性――つまり私を助けて逃がし、女性をナイフで刺そうとした清治は逮捕という筋書きで、人間は人間に裁いてもらおうという作戦だったことを掻い摘んで天邪鬼に説明した。

「なるほどね。流石、雀神ちゃん。頭良い」

 彼女は大げさに、私を褒めるが、私は真剣な面持ちで彼女に問いかける。

「ところで、天邪鬼。お前は私を退魔師に売ったわけだが、何か事情があるんだろ」

「まあ、事情はあるけれど、あなたを売ったことには変わりないわ」

 彼女は悔しそうな表情で、下に顔を向ける。

「事情っていうのは、お前の命と関係しているんだろ」

「……そうね。雀神ちゃんに退魔師のことを知らせた後、偶然あの退魔師と遭遇して、私は命乞いをしたのよ。もちろん、『隙あらば』と思っていたのだけど、彼が小箱を取り出して、私の魂を封じ込めたのよ。彼にあなたの情報を教えるように言われて、最初は拒んだのだけど、それを拒むと魂が傷つける拷問を受けたのよ。あれはまるで……常夜とこよの世界みたいだったわ」

 彼女は酷く怯えた表情をして体を震わせる。そんな彼女を抱き寄せて、背中をさすり慰める。

「そうか、魂の拷問の辛さは私も分かるよ。私も魂の拷問を受けたことがあるからな。ところで、お前の魂はまだ小箱に閉じ込められているんだろう。どうすれば良いか知らないか」

「昔、噂程度に妖怪などの魂を封印する小箱の話は聞いたことがあるわ。その小箱は破壊されれば、封印が解けるとか」

 それを聞いた私は、躊躇せずにその小箱を雀女丸で思いきり突き壊した。

 すると、その小箱の中から天邪鬼の魂が解放されたと同時に、この小箱の中には彼女以外の魂も封印されていたらしく、数多くの魂がちりじりになって飛んでいく。

 その中に、酷く禍々しいものが混じっており、その禍々しさに背筋が凍り全身に鳥肌が立ち、私と天邪鬼は顔を見合わせ、しばし硬直した。

 もしかしたら、かなり良くない者までも解き放ってしまったのではないかと思う反面、きっと杞憂にすぎないだろうと、私は楽観的に考える事にした。


 何しろ今回の出来事で、とても疲れて、これ以上は何も考えたくないと思ったからだ……。

この話に出てくる天邪鬼は原像とされる天探女をモチーフにしています。

感想を頂けると、嬉しいです。


次回は夏祭りの話になります。


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