再会
鎌鼬の襲来から数日が過ぎた。私はあのときの謎の参拝客が誰だったのか気になって、たまに来る参拝客の願い事も頭に入らないので、神社の鈴の音が鳴っても拝殿から出ていかずに、引きこもって考え事をしていた。
そういえば、鎌鼬が「殺す気なら話を聞け」と言ったことを思い出し、魂を腹から抜き出すと、随分と疲れた感じの鎌鼬が現れた。
「なんだ、俺をまた甚振る気なのか」
「いや、お前が生きてた時に私に話を聞けって言ってたのが気になって呼び出した」
それを聞くと、鎌鼬は明らかに嫌そうな表情になり何か言いたげだったが、しぶしぶといった感じで口を開く。何せコイツには拒否権なんてありはしないのだから。
「あの時、俺はこの神社に逃げ込んだ人間を食うつもりで近づいたんだが、流石に神が相手じゃ分が悪いと思い、引き上げようと思った所に極上の気、つまり神気が溢れ出たのを感じて、それを奪おうと結界の綻びを見つけて侵入したのさ」
「うん、それでその人間ってのは、服はしわくちゃで頭はぼさぼさか」
それを聞いた鎌鼬は目を見開いた。
「そうだ、そいつだよ。なんで分かった」
「その人間が参拝してったんだよ。それで、願いを叶えてやろうと儀式をしたら、運気に変わるはずの神気がそのまま、彷徨って何か嫌な予感がしたら、お前が来たワケだ」
私がそう言うと鎌鼬は勝手に納得したように、首を縦に振り頷く。
「お前、何か分かったなら頷いてないで、教えろ」
私は苛立った口調で鎌鼬に命令すると、顔に恐怖の色が現れ、 すぐに口を動かす。
「すまねえ。つまり、その人間は俺を巻くために、ありもしない願い事を言って、神気を使わせて俺を神社の中に誘いこませて、お前と戦わせたってワケだ」
「なるほど、じゃあな」
用がなくなったので素っ気無く別れを告げると、魂を腹の中へと戻す。私は鎌鼬の説明に、頷きながらも疑問を感じていた。まず、私が願い事を叶える保証は何一つ無い。そんな博打を打つくらいなら、神社の中で休んでいけば鎌鼬も諦めて別の獲物を探しただろう。現にそうするつもりだったらしい。そもそも、どうして妖怪や鬼といった類の不浄の者が神気に当てられて寄ってくることを知っていたのか。そして、次に「何故この神社のもう一つのご利益について知っていたのか」という点だ。そのことについて、思考をめぐらせていると、やけに鈴の音がうるさく鳴らされる。
私は考え事の最中なのだから、静かにして欲しいものだ。どうせ、子供のいたずらなのだろうと思い、私は無視して考えに集中しようとすると、さらに激しく鈴が鳴らされて、うるさくて思わず、外に出て叫んだ。
「子供は公園やらゲーセンとかやらに行って遊んでろ」
いや、そう叫ぼうとしたのだ。しかし、目の前にいる人間の存在に驚き声が出なかった。
「やあ、数日ぶり鈴愛ちゃん」
のん気な声で、謎の参拝客が手を小さく挙げて、私の名前を呼びながら挨拶をしてきた。この前とは違い、小奇麗な服を着て髪はしっかりと整えられていて、なんというかお洒落な雰囲気になっていたが、間違いなくあの男だ。
「お前、何で私の名前を知ってるんだ。しかも、私の姿が見えてる」
私は怪訝な顔をして男に尋ねた。
「鈴愛ちゃん、ひょっとして寝ぼけてるの。キミが実体化してるから見えるのに決まってるじゃないか」
男にそう指摘されて、始めて気付いた。子供を追い払うために無意識に実体化をしていたのだ。実体化しなければ、人間には私の声はとても聞えづらいものだからだ。稀に実体化をしなくても、聞える特異な存在もするが最近は、そういった人間を見なくなった。それだけ、人間から信仰心そのものが薄れてきたのだと思うだけで、虚しくなってきた。
「それと、なんで俺が鈴愛ちゃんの名前を知ってるかって言うと、俺とキミが知り合いだから」
返って来た答えに、さらに厳しい表情になり、私は腰に手をやり刀を構えようとする。しかし、空気を掴み取っただけだった。口の中で「しまった」と言いながら、後悔した表情に変わる。本殿に依代を戻してしまったのだ。そもそも、神主もいないのだから自由に依代を私が持っていても、なんら問題もないのだから戻す必要もないのだ。
神主がいた時期は、勝手に依代を持ち出したりなんてすると、依代が消えたと大騒ぎになるので、持ち出すことはできるだけ控えていたために、その癖がつい出てしまったのだ。元より依代を神が持ち出すなんて事自体が大事であり、神を祀り上げた人間達がそういうことが起きないように全力を尽くすのが普通なのだ。
私は本殿にある依代を取りに瞬間移動をするため依代の気を探ると、動く必要が無いくらい近くに気を感じ取ることができた。
「お前、私の依代を持ってるな。返してもらおうか」
一体何をするつもりで、私の依代を持ち出したのか検討がつかず、些か畏縮しながら低い声で言う。
「あ、分かっちゃったか。この雀女丸綺麗だよね。まさに業物って感じの風格で、物凄く血なまぐさい刀。これでどれだけの魂を食ったんだろうねえ」
男はとぼけた風に言うと、私と刀を交互に見ながら、いやらしい手つきで依代を撫でるように触られると、私の全身を包むようなむず痒さを感じて鳥肌が立つ。
「そんな風に、私の依代を触るんじゃない」
気持ちの悪い感触に耐えつつ言葉をなんとか紡ぐ。それを聞いた男はニヤリと口を歪ませる。私は嫌な予感がして身を構えると、
「うん、分かった。それじゃ返すね」
そういうと男は雀女丸を私に投げ返す。予想外のことに驚き手を伸ばすが、あと一歩手が届かずに落下していくそれを目で追いながら、咄嗟に気を集中させる。
落ちて叩きつけられる前に、なんとか落下を阻止することに成功し、雀女丸を拾い上げる。
「お前、いい加減にしろよ。私をコケにしてただで済むと思うなよ」
私は焦りと怒りの感情を混在させながら、男を睨みつける。
「鈴愛ちゃんの短気さは、相変わらずだねえ。昔は一緒に一つ屋根の下で暮らしてたじゃないか」
「でたらめを言うんじゃない。私は人間と一緒に過したことなんてないぞ。妄想もここまでくると怒りを通りこしていっそ哀れだな」
「でたらめではないし、妄想でもないよ。俺の名前この前教えたじゃない」
私は首を傾げる。確かに男は名を名乗ったが、いろいろとありそんなのを記憶している暇なんてなかった。何より、その時は彼とはあまり関わり合いたくないと思っていたので、記憶に残ってはいなかった。
「その様子だと、覚えていないみたいだね。『鳥山文和』だよ。今度はちゃんと覚えてよね」
そう言われても、この名前からコイツとの昔の記憶など思い出せはしないのだが……。
「全然気付けないかなあ。良く俺に『人間になりたいなんて馬鹿なヤツだ』って言いながら説教してたじゃないか」
彼の言葉を聞いて、私は数十年前に妖怪化した文鳥と過していたことを思い出し、驚き戸惑いながら彼に問いかける。
「……お前、まさか文ちゃんか」
その言葉を聞くと、彼はふっと笑顔になった。
「そう、文ちゃんだよ。やっと思い出してくれたんだね」
「思い出すも何も、妖怪が人間になって現れても分かるわけないだろ」
と、言うと彼は「まあ、そうだろうね」と頷くが、今までのやり取りをした後だと無性に腹が立ってくる。とは言え、私が旧友と呼べる数少ない存在との再会を心から喜んでいるというのが本心である。
「それにしても人間に憧れていたのは知っていたが、まさか人間に転生するほど憧れてたとは思いもしなかったぞ。しかも、妖怪だった時の記憶もあるんだな」
「その記憶については、随分と悩まされたものだよ。人間なのに妖怪だった頃の記憶がある所為で、親には精神病院に連れて行かれたり、学校では気味が悪いって避けられ続けて、人間に憧れてた自分が馬鹿だったと今では思うよ。こんなことになるなら、鈴愛ちゃんの話をちゃんと聞いてれば良かったと思うけど、俺には人間になってやりたい事があるんだ」
彼は項垂れながら愚痴こぼした後、すぐに私を真剣な眼差しで、私の目を見る。「人間になってまで、やりたいこととは一体なんなのだろうか」と、疑問に思うが、あえてその質問は避けた。
文ちゃん――今は鳥山文和と名乗っている彼が妖怪であり、共に過した頃に聞いた話なのだが、彼が言うには元々は妖怪ではなく何の変哲も無い文鳥だったらしく、何の切っ掛けでそうなったかは分からないのだが、気が付くと妖怪化していたらしい。
しかし、文鳥の妖怪など聞いたことが無く「本当に文鳥が妖怪なんかになるのか」と当時の私は問いただした。何故なら、どこからどう見てもただの文鳥であり文鳥の妖怪など聞いた事がないので、他の妖怪なのではないかと疑ったのだ。
だが、実際に話を聞いてみると、どうやら本当らしく文鳥の妖怪を見聞きしたことが無いというのは、割と普通のことなのだそうだ。何故なら、ヤツらは見た目も行動もさほど、そこらの文鳥とあまり変わりないが、違いがあるとすれば寿命が130年程度とやたらと長く、非常に知能が高いというところだ。そして、隙あらば逃げて自由な空に飛んで行くので、寿命が長いなどと疑問に思われる前には姿を消すので、普通ではないということに気付く人間は恐らく存在しないだろうという話だった。そして人外である存在ですら、ヤツらが妖怪であることに気付くことは少ないのだとか。しかし、ヤツらも妖怪であることには変わりは無く、人外の姿を目視して確認することも話すこともできるのだ。
そして、もう一つの特徴としては、人間への憧れが強いというところなのだ。その憧れがとても強い『文鳥妖怪』は普通の文鳥のように短い寿命を迎え、人間に生まれ変わると文ちゃんは他の文鳥妖怪に噂程度に聞いた事があるという話を以前に聞いていたが、実際にそうなったヤツを目にするのは当然ながら始めてであり、しかも妖怪だった時の記憶を引き継いで生まれ変わるというのも、驚きで長いこと生きていても、こんなのは初めての出来事だった。
そもそも、彼の場合は明らかに普通の文鳥よりも長生きをした後に、どういうわけか突然衰弱しはじめた彼の死を私が見取り、土に埋めてやったので、人間に生まれ変わる程に強く憧れていただなんて思いもしなかった。
だが、もしかしたら、突然の衰弱は人間への憧れが急激に強くなったからなのだろうと、今更ながら思う。
「しかし、また会えて嬉しいぞ。それと、ずっと立ってないで、適当な所に座れ」
そういうと、彼は拝殿にあがる階段に腰を下ろし、私もその横に移動する。
「えっと、今は何て呼べば良いんだ。文和と呼べば良いのか」
私は人間の姿をする彼を、文ちゃんと呼び続けるべきかどうか迷い彼に直接聞いてみる。
「俺も会えて嬉しいよ。こうして、気を許して話せる相手は、昔も今も鈴愛ちゃんくらいだよ。それと、人間として生まれ変わってから、文ちゃんなんて呼ばれたことがないから、こそばいく感じるから、文和って呼んでくれた方が良いかな」
彼は頭を掻きながら、軽く照れ笑いをしてそう答える。彼を見て、私も同じく頭を掻きながら、
「それじゃ、お前のことはこれから、文和と呼ぶことにする。あと、私の事も鈴愛と呼んでくれ、今のお前に『ちゃん付け』で呼ばれるのは、私もなんだか変な気分だ」
と、返すと彼は「オーケー。これからはそう呼ぶことにする」と、言ってくれた。
さて、ここでまだ解決していない問題がある。彼が最初に参拝しに来た時に、「どうして正体を告げなかったのか」と、いうところに話は戻る。
そのことについて、彼に質問をすると、周りの物が鎌で切られたような後が付きはじめたのを見て、鎌鼬に追われていることに、気付いてどこに逃げ込もうか考えていたら、雀銭神社がこの近くにあるのを思い出して、逃げ込んだは良いが姿が見えない鎌鼬が、神社の近くで待ち伏せしていたら、どうしようかと思い嘘の願い事を叶えてもらえるように、参拝したのだ言う。
そして、何故正体を明かさなかったのかという理由が、「どうせ信じて貰えないだろうから」という、至極もっともらしい理由だったが、「結局はこうして私に会いに来て、正体を明かしているではないか」と、言うとインパクトを与えて、興味を持ってもらわないと、ろくに私が話を聞こうとしないからという理由だとか。
確かに、あの時に突然「文鳥妖怪の生まれ変わりだよ」なんて言われても、ろくに話も聞かなかったかもしれない。
さらに、疑問として残ったことは『私が願いを叶える可能性』についてである。
彼曰く、「鈴愛は人間の願い、特に武運上昇の願いはかなりの確率で叶えていたから」だとか。他に「何故、神を始めて見たかのような反応をしたのか」というところだが、「初対面のように演技しないと、状況的に怪しいから」ということだったが、「そんなことしなくても十分怪しかった」と内心ツッコミを入れたかった。ちなみに、「天使的な可愛さ」という表現については、妖怪だった頃と人間になってから見た時とでは、印象が違って見えて、唐突に出た言葉だったらしい。それを聞いて、少し気恥ずかしくなったが平静を装った。
それにしても、彼の言動には不自然な点が多いが、昔から彼はかなりの変わり者だったし、今更という感じもしないでもない。「あまり、深く考えるべきではない」と、私は思いこれ以上、質問することをやめて、素直に再会を共に喜び合うことにし、「酒を飲みあわないか」と誘ったのだが、彼はまだ未成年で酒は飲めないのだと言われた。
人間と言うのは本当に、いろいろと面倒なものである。私一人で酒を飲むのも寂しいと伝えると、文和が「ちょっと、待ってて」と、立ち上がり近くの自動販売機から黒い色の飲み物を購入してきた。
それはコーラという飲み物で何度か、飲んだことがあるのだが、この炭酸飲料水は刺激的で甘く病みつきになる味は絶品である。これを発明したことは人間の最大の功労ではないかと、私は思っていたりする。昔、私が「コーラは神の酒と並ぶ美味な飲み物だ」と文和に話していたことを、思い出してくれたのだろか。
それを飲みつつ彼が転生している間に私は何をしていたか、彼が人間としてどのように生活しているのかとなど話を弾ませた。
そして、日が暮れ始めたところで、文和はあることを聞いてきた。
「この神社は今でも夏祭りはやるのか」と、いうことだ。
私は顔をうつむかせて、
「まあ、祭りは行なわれてはいるが、最近では神社と関係なく娯楽として行なわれているだけで、すでにこの神社と祭りの関係性は薄れつつある。昔は小規模ではあるが商売繁盛を祈願するちゃんとした祭りだったんだがな」
私は言い終えると、空になったペットボトルに名残惜しく視線を落とす。
神社で行なわれる祭りは、神に信仰集めるには打ってつけの行事……というか、元々そういうモノなのだが、今となっては私が何の神か、どうして祭りが行なわれているかも知らずに、開催して集まる人間がほとんどだ。
古くからこの近くで、個人経営の店をやっている老人たちや、何となく「神社の祭り」という理由で信仰心も特にない人間達が参拝に訪れたりもするが、全盛期の私に戻るには、あまりにも少なすぎる信仰に力が戻るどころか、衰えていくばかりである。
「俺に、すこし考えがあるんだ」
突然、彼はそういうと立ち上がり、
「この神社……いや、鈴愛の信仰を取り戻す計画を、昔から考えていたんだ」
彼は熱い口調で言う。昔という何気ない言葉に、少しだけ引っ掛かりを覚えて、昔とはいつからなのかと、聞き返す。
「妖怪だった時からだよ」
「もしかして、さっき言ってた『人間になってやりたいこと』っていうのは……」
「そうだよ。祭りの真の目的を取り戻すんだ」
彼が人間になりたいという気持ちが、最後にはこういった形であったことに、私は驚きと同時に嬉しくなり、涙が溢れそうになる。それを必死で堪えてこう一言こう言った。
「ありがとう」と……。
「さて、まだ話したり無いけど日も落ちて暗くなってきたし、そろそろ帰らないと」
彼は立ち上がると空を見上げて、腕を天に伸ばして何かを掴むような動作をして、私はそれが気になり問う。
「お前、空が恋しいか」
その質問をされた彼は自分の腕をスッと引っ込めるて、照れたように頭を掻き、少しばかり考えた後にこう答えた。
「いや、恋しくはないかな。地に足をつけて歩くってのも悪くないよ。それに、人間になって、鈴愛の過去の気持ちを少しでも多く理解できた。そんな気がしているからね」
彼は笑顔でそう答えるが、私の過去を少しでも理解するということは、それだけ痛み、辛い目に会ったのだと想像すると少しだけ悲しい気持ちになった。そんな私の気持ちを察してなのか、
「俺は全然大丈夫だよ。だから、そんな顔しないでよ。それとも、俺を帰さないつもりなのかな」
と、慰めつつ私をからかい笑う。その言葉と笑顔に安心して、私も釣られて笑顔になった。
「さて、本当に帰らなきゃ、もし良かったら俺の家にも遊びに来てよ。いつでも歓迎するからさ。……いつも境内にいるけど、本当は出て行けるんだよね」
「もちろん、大丈夫だ。留守にするのが心配であまり出歩かないだけだ。気が向いたら、お前のところに遊びに行くよ。あ、住所は要らないからな。お前の気を辿ればどこにいるのか、すぐに分かるから」
「それは少し怖い気がするけど。まあ近いうちに鈴愛が暇してないか様子を見にまた寄るから」
そう言って、彼は手を振り「またね」と別れの挨拶をして走って行った。私はその言葉が嬉しくて自然と顔がにやけてしまっていた。
文和が帰り暇になった私は、拝殿の中で寝転びながら、彼との会話や表情を考えながら、思い出し笑いをしていた。そして「次はあれを話そう、これを話そう」などと想像するだけでも、楽しくなる。そんなことをしていると、突如全身に鳥肌が立つ程のとても多きな邪気が近づいてくるのを感じて、即座に拝殿から出て様子を見る。
その邪気は神社の鳥居の前で動きが止まる。結界を破壊して侵入してくるつもりなのだろうかと、気を張るも一向に動く気配が無く不思議に思い鳥居の前に向かうと、そこには巨大な鬼が佇んでいた。
「――天邪鬼どうしてお前が」
案外、人……この話の場合は神は会話中やどんな時でも色々な情報を得ているのだということを描写したかった。
後悔はしていない。