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ジャクシン  作者: 初瀬川渚
夏編
14/15

伊達

 九尾――外道を歩む仙狐の成れの果て、自分の力を誇示したり何かを弄ぶようにして行動していて、目的自体は至って単純で楽しむためで遊び人のようにフラフラとしており根無し草のような存在なのだが、今回出会った九尾は目的を聞いても、何か特別な事情があるのか答えは聞き出せなかった。普通なら自慢げに目的を語るはずなのだが……。つまり、今回出会った九尾は単独行動ではなく別の存在に命じられている可能性が高い。相手は毘沙門天かと考えてみたがあいつが、妖怪の力を借りるとは思えない。それに、刺客を送り込むなら夜叉か羅刹女を選ぶだろう。それに、私を殺しきれなかったと知ったなら直々に出向いて真っ向から挑んでくることだってあり得る。

 つまり、九尾を使っているのは毘沙門天以外ということになるが、ここで私を狙うことで得をする存在がいるのだろうか。敵が未知数である現状では、誰が敵でもおかしくないかもしれないが、一体誰が……。

 九尾の憑依によって魂にダメージを受けて気を失っている灯に目をやりながら、思考する。あの様子では、またすぐにでも仕掛けて来るだろうが、どう迎え討つか。

 私の考えだけでは、作戦がまとまらない。誰かの知恵を借りたいが、頼りの天邪鬼あまのじゃくは敵である可能性もあって、下手には助力は頼めない。

 となると、天野原読あまのはらよみを呼び出すべきなのだろうが――本当にそれが得策なのだろうか。どこまで彼女を信用するべきなのか、それが重要なのだ。忠誠の証を献上したとはいえ、この戦いに彼女が完全に、私の味方をしてくれているとは限らないのだから。

「なに化け物が人間らしく悩んでるんだ」

 唐突に聞こえてきた声に少し驚くが、すぐに自分の中から聞こえてくるのだと気がついた。

「なんだ、イタチか。お前を構ってる暇は今は無いんだ」

「まあ、そう言うなって。それと俺にも、ちゃんと伊達鎌足だてかまたりって名前があるんだぜ」

「イタチの名前なんかいちいち覚えてられるか」

 と、悪態をつきながら、防衛本能的な体のこわばりを勘づかれないように言う。

 私の一部になって悩んでることがイタチにも伝わってて、その悩みに付け込んでくる可能性が皆無というわけではないが、少なくとも首輪をつけていられるという点では比較的、安全な存在ではあるだろう。

「そう言いそうだとは思ったが、実際に言われると傷つくねぇ」

「冗談だろ。アレだけいたぶったっていうのに、こうやって何事も無かったように、声をかけてくるようなヤツが、傷つくだなんて信じられないな」

 私の訝しげな言い様に、やや心外だというような声色でイタチは答える。

「いやいや、アレは堪えるぜ。だが、耐えられないわけではなかった。それだけの話しだ。それよりだ。俺の知恵を借りてみないか。少なくとも無策ってことはないからよ」

「知恵を借りるのは良いとして、お前が何の欲も無しに協力的っていうのは、怪しいとは思わないか」

 私は刀を弄びながら問いかける。

「そうこなくっちゃな。俺が求めるのは、ただひとつ。俺の作戦が上手く行って九尾を追っ払えたら、俺を自由にするって条件だ」

 私はしばし考える素振りをして、

「……まあ、良いだろう。その条件を飲もう」

「本当だな。約束だぞ」

「あぁ、約束だ。じゃ、早速だが作戦を教えてもらおうか」

「作戦は至ってシンプルだ。いくら神に近い九尾とは言っても本当に神格を持っているお前には――」

 と作戦について話し始めたイタチの声を遮り、

「私のことをお前と呼ぶな」

「おっと、これは失礼。力の差では、雀神……様には遠く及ばないわけだ。路地裏では神社との距離が遠く妖気が多い場所だったから、不利を受けただけで単純に力の差で言えば雀神様が負けるわけはないのさ。さらに、ヤツは一対一の戦いだと思っている」

「どういうことだ。思っているもなにも、一対一だろ」

 私は眉をひそめ問う。

「そう言うと思ったぜ。雀神様すら気づいてないってことは九尾も気付いてないだろ。俺って存在をな」

「つまり、お前を解き放てと」

「そう露骨に嫌そうな声を出すことないだろ。助けてやるって言ってんだ」

「いや、そう言って騙すことも考えられる。少なくともお前の見立て通りなら一対一でも負けることはないんだろ。なら一対一でやる。お前を戦力に加えるという部分だけ修正だ」

「雀神様がそうしたいなら、好きにしな。でも、きっと俺の存在が必要になるぜ」

 とイタチが何やら意味深なことを言う。

「お前、何か隠してないか」

「俺はずっと、お前――雀神様の中にいるんだぜ。隠し事するようなことなんてねぇよ」

「そうか、それなら良いが。そうじゃなかった場合はただじゃ済まさんぞ」

「あぁ、怖い怖い。分かってるさ。それよか、九尾を誘い出す作戦についても考えてはあるが聞くか」

 ふざけた言い方が、やや癇に障るが考える事は考えているようで、こいつはなかなか使えるかもしれない。だからと言って気を許したりはしない。

「当たり前だろ。何のためにお前に助力してもらってると思ってるんだ」

 と、威圧的な口調になる。

「それが助力を乞う立場の言葉かねぇ。まあ良いさ。これが終わったら晴れて自由の身だ。最善は尽くすぜ。まず、誘い出しについては、あいつは必ずこの神社まで来る。恐らくは気を殺して何度か偵察に来ているだろうし、結界を壊す、もしくは綻びを見つけたか何か対処法はすでに見つけているだろう」

「必ず。どうして言える。何か根拠でもあるのか」

 私の問いに、イタチは自慢げに答えた。

「根拠というよりは勘になっちまうが、九尾ってのは遊び人のようにフラフラと気ままな性格で、イタズラ半分に悪さをするような妖怪だが、あいつはこう言っていたな。『お前が生きているかどうかの調査』と。つまり、お前――雀神様を狙っている。確実に誰かに命令されて行動していたんだろう。だが、お前の生存は確認されて主に報告しに行くと思ったが、わざわざ戦いを選んだところを見ると、場合によっては命を奪うことも視野に入っていただろう。そして、今更になって隠れて機を待つより、大胆な行動を取る可能性が高い」

「なるほど。だが、ヤツが私の土俵で戦う義理もないだろ。もっと、不意をついてくるんじゃないのか」

「だからこそだ。よく考えてみろ。結界で守られていて神気を溢れている神社を襲撃する。これに勝る奇襲はないんじゃないか。それこそ、毘沙門天にやられた時のように」

 嘲笑するように言うイタチの最後の言葉に、私は渋い顔をしつつも聞き流す。

「……ま、いいさ。九尾がいつ来ても良いように準備はして置くか」

 そう言い立ち上がり、人払いの結界を張り巡らせる。元々、参拝客があまり来ない神社とは言え、下校後の子どもたちの溜まり場になっていることもあり、念のため人の子を巻き沿いにしないように対策をしておく。

「人払いか。優しいことをするもんだな。人間は嫌いじゃないのか」

「嫌いだからといって、私達のような人外の存在の闘争に巻き込むべきじゃないと、私は思っているんだが……おかしいか」

「いや、ただ……」

 イタチが言葉を切り戸惑いを見せる。あれだけ軽口を言うイタチが言葉をつまらせるとは、そんなに言い難いことなのだろうか。

「ただ、なんだ。言ってみろ」

 私の催促に意を決したように、

「そういった優しさは足元をすくわれる原因になるから、程々にしろよな、と思ってな」

「そんなことか、お前こそ私を心配するなんて、優しいんじゃないか」

「バカ言え。雀神様がやられた時、俺がどうなるか心配しただけだ」

 そう言うと、イタチは私の中にある数ある魂の中に身を潜めるように、気配を消した。

 雀女丸も「残酷になれ」と言っていた。本当にそれが、正しいことなのだろうか。私も少なからず残酷なことはしてきた。しかし、それはあくまでも時代に合わせた神の振る舞いを自分なりに模索して行った行動であって、現代の神に残酷さに人間は屈しないだろう。神は畏怖されることで信仰を得てきた。しかし、今はそうではない。不条理さから人間は抗うようになり素直な信仰というのは得づらい。今の私――神に必要なものは無関心、もしくは慈愛だろう。

 だが、戦いと信仰では話は変わってくる。戦いの場合であれば残酷である方が有利な点は多いが、必ずしもそうである必要性があるのだろうか。『情けは人のためならず』という言葉もあるのだから、情けをかける慈悲も必要ではないだろうか。もちろん、雀女丸の言いたいことは分かる。勝ちにこだわり生き残るということは少なからず残酷なことだ。宗教戦争なんてバカバカしいことが、起きてしまった以上は、どんな選択をするか覚悟は必要になるが……。


 残酷さについて、自分なりの答えを見つけようと思考していると、横で小さく悲鳴が聞こえ目をやると、どうやら灯が目を覚ましたらしいのだが、何やら怯えた表情をしていることに気がつく。憑依されていた時の記憶があるのなら、確かに怖い思いをさせたかもしれないと考え、できるだけ柔らかな口調を意識して声をかけた。

「灯、起きたのか。どこか痛いところとかは無いか」

「こ、ここはどこですか。なんで、雀神様が」

 どうやら、私に喰われるのではないかと怯えている風に感じる。

「大丈夫だ、何も怖くない。安心しろ」

「私、歩いてたら急に身体の自由がきかなくなって、それで気づいたら雀神様と何か話をして、それからそれから、雀神様に斬られたと思って意識を失って……でも、生きてる」

 なるほど、断片的ではあるが記憶は残っているのか。しかも、私が斬りかかった時に意識があったとなると、相当怖い目に合わせてしまっただろう。

「あの時、お前に斬りかかったのは憑いてる九尾を、追い出すためだったんだが、怖い思いをさせてしまったようだな。申し訳ない」

「そんなとんでもないです。雀神様に助けて頂いたうえに謝罪だなんて畏れ多いです……それに、雀神様は何も悪くないです。私がぼんやりとしてたから九尾に付け込まれただけですから謝らなくてはならないのは、私の方です」

 悪いのは彼女ではなく、九尾だと言うのに謝罪する灯の言動から垣間見える私に対する畏敬の念が、妙な懐かしさと共に私の自尊心を満たした。

「兎に角、無事で何よりだ――話は変わるが、お前にはしばらくここにいて欲しいんだ。狙いは私のようなのだが、お前を人質にされたり利用されたりされたら難しいことになる。巻き込んでしまって申し訳ないが、本殿の方に九尾を退治するまでいてもらって構わないか」

 灯は少し考える素振りをしてから、

「分かりました……もし、私に何かできることがあれば、言ってください」

 と言った。

 灯の瞳には小さいが闘争の火が燃えているように見えた。見かけや言動では分からない熱さが彼女にはあるのかもしれない。

「頼もしい限りだが、それはまたの機会に。今は安全を第一にしてくれ」

「雀神様がそう望むのなら」

 私は頷きながら立ち上がって、外とは逆の方へと歩みを進め、

「まあ、本殿と言っても障子一枚で仕切られた名ばかりの場所だがな」

 と言って障子を開けた。

「拝殿より狭いが寛ぐには申し分ない広さだ」

「あの本殿は雀神様がいた方がよろしいのでは」

 少々遠慮がちに灯は言うが、

「気にするな、神である私が良いと言っているんだ。細かいことは気にするな」

 と、私は手を振り否定した。

「それも、そうですね。では、遠慮なく」

 灯は本殿へ入ると、狭く見るところも無いだろうが、興味深げに視線をあちこちへと向けていく。

「本殿なのに御神体が見当たらないのですが」

「御神体はな……壊れてしまったんだ」

「それって、一大事なんじゃないですか」

 と、灯は目を見開いて驚きながら言うが、私は涼しい顔で答えた。

「そもそも、神である私がこうして外を出歩いたりしているんだ。御神体なんてあったって飾りにしか過ぎんだろ。それに神主が管理してるわけでもない小さな神社には不要だろ」

「うぅん……私には神道のことは良くわかりませんが、雀神様が言うなら大丈夫なんでしょうけれど……」

 灯は、どこか腑に落ちないといったように首を傾げる。

「あまり深く考えるな。人間が作った慣習が、必ずしも神が喜ぶものであるとは限らないのだからな」

「そういうものですか」

「そういうものだ。それと、これから私は襲撃に備えて気を高めるために、しばらく瞑想をするが、境内は好きに出歩いて良いが境内の外には出ない出るなよ」

 灯は真剣な面持ちで首を縦に降って、その場に座り懐から一冊の本を取り出して読み始めた。

 私は拝殿の適当な場所に座り目を閉じ心を落ち着かせ瞑想を始めた。


 あれから何時間経った頃だろうか、瞑想をしていると、微かだが灯とは違う妖気――九尾を感じ取った。私は閉じていた目を開く。

 本殿の障子は閉まっており僅かな隙間から様子を伺うと小さく寝息を漏らして眠っていた。

 静かに外に出て、ヤツが徐々に近づいてくるのを感じつつ、相手には私が気づいていることを悟られぬように、気を抑えながらゆっくりと刀を抜き、すぐにでも始まるであろう戦いに備えた。


誤字脱字がありましたらご一報ください('、3)_ヽ)_

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