金剛鉄
しばらく天邪鬼が何かを企んでいるのではないかと、少し離れた場所から彼女を監視するように眺めていると、風呂敷からの武器の流出が止まったようで、気がつくと多種多様な武器が小さな山を作っていた。
その中の一つ、適当に武器を手に取った銅が、
「すごい量の武器ですね。それに質もかなり良い……」
と感嘆の声を上げて品定めをしていく。
私は銅ほどの目利きではないが、武神の端くれとして武器の質や他とは違うことくらいは分かる。だが、そんなことよりも気になるのは、私が感じた邪気を銅も感じているはずなのだが、どうも何も感じていないかのような振る舞いに小首を傾げて様子を見る。
今は邪気を感じはしないが、元となった存在は消えたわけではないはずだ。
そう考えた私はここにある銅でも天邪鬼の気でもない異質な存在、邪気の元となったものを探すため気に集中させた。
――しかし、私の考えとは裏腹に先ほど感知した邪気の元が見つからないどころか痕跡すら消えていたのだ。
どういうことだ。ただの気のせいだった……なんてことはないはずだ。
「雀神ちゃん、眉間にシワを寄せてどうしたの。可愛い顔が台無しよ」
うつむきながら考え込んでいる私に天邪鬼がからかうように声をかける。
「天邪鬼、お前が何を企んでいるのか知らないが――」
「あなたの迷惑になるようなことはしないわ」
私の話をさえぎったかと思うと、急に真剣な面持ちになった天邪鬼が私の考えを先読みしたような言葉に少々動揺するができるだけそれを隠そうと言葉を絞り出す。
「……読んだのか」
「そんなことしなくても分かるわよ」
彼女の表情からは先程の真剣さはすでに消えて、いつものように意図的なのか無意識なのか分からない神をも惑わす妖艶な笑みを浮かべていた。
「そんなことより得物、探しに来たんでしょう。早くしないと七条くんに全部買い占められちゃうわよ」
気づくと銅は私の存在など忘れたかのように夢中になって武器を鑑定しながら算盤を弾いていた。
私は慌てて銅に声をかけた。
「銅……まさか、独り占めするつもりじゃないよな」
「雀神様も突っ立ってないで見れば良いじゃないですか」
と手の動きを止めずに敬意を表しているのか軽視しているのか良くわからない言葉が返ってきた。――いや、どう考えてもこれは軽視しているな。
私は短く溜息をつき武器の山から一本の刀に手を伸ばした。ただ一番取りやすいところにあったという理由だった。だが、刀は手が触れる前に私の掌へ飛び入ってきて、驚きのあまり刀を振り払ったのだった。
「なんだあれは……」
「あら、雀神ちゃん。女百斬に好かれちゃったみたいね」
「ニョヒャクザン」
私は天邪鬼がそう呼んだ刀を見て顔をしかめた。
「本当の名は美女百斬刀なのだけど、長いから私は女百斬って呼んでるの」
「なんだその気色悪い名前は」
「気色悪いだなんて失礼ね。彼女に失礼じゃない」
「彼女だって」
私は天邪鬼が刀を彼女と呼んだことに眉をひそめた。
「そう、女百斬は元々は女だけの山賊の女頭領だったの。しかも、大の女好きで知られていたのだけれど運が悪いことに夕食に食べた山菜の中にトリカブトが入っていたらしくて、それで亡くなってしまったの」
「呆気ない最期だな」
「そうね。でも、彼女の物語はまだ続きがあって、そんなことでは死んでも死にきれないという執念から色情霊になって、近くの村の乙女たちを襲い始めたの」
「色情霊は珍しくないが。女を襲う女の色情霊なんて聞いたこと無いが……」
「そうですよ。異性を襲うならともかく同性を襲うなんておかしいですよ」
品定めに夢中になっていた銅が手を休めて非難の声を上げるが、天邪鬼が艶めかしい仕草をして私の方を見ると、
「そうかしら。私はどっちもイケるけど」
私はそれを聞いて後ずさりをし、銅は我関せずと再びいそいそと手を動かし始めた。
「冗談よ、冗談」
天邪鬼はおかしそうに笑って言うが、全く冗談には見えなかったのだが。
「まあ、それで面白い霊が出るって噂を聞きつけて、その村に足を運んだ私が彼女をこの刀の中に封じ込めたってわけなの。でも、思ったよりも力が強くて、百人の美女の手で扱われることを求める刀になってしまったのだけれど……。一度選んだ持ち主が亡くなるまで離れず、亡くなるとまた別の持ち主を探させるために私のところへ戻ってくるの」
「なんでそんな面倒なことを。お前の力なら除霊は簡単だろうに」
「愚問よ」
「面白そうだからか」
「ご名答」
天邪鬼のとても楽しそうな返事を聞いた私は心の底から深い溜息をついた。
「女百斬も気に入ったみたいだし、せっかくだから雀神ちゃん貰ってくれないかしら」
「こんな薄気味悪い刀なんかいらないよ」
「随分ね。最近までは別の『薄気味悪い刀』を持ってたじゃないの」
彼女の言葉に私は口を噤んだ。
「『なぜ知ってる』って言いたいのよね。雀神ちゃんがここで武器を探しているということは何があったにせよ雀女丸は無くなったか、使えなくなったかのどちらかでしょ。当たってるかしら」
天邪鬼は得意げに言い、私は無言で小さく頷いた。すると彼女は続けて、
「でも、なんで雀女丸がそんなことになったのかは分からないはね」
と腕組みをしながら頭をかしげた。
そういえば、天邪鬼は私が襲われたことは知っているようだが、その後に、私と雀女丸との間に何があったかは知る由もないだろう。ただの刀になり自分の娘がそれを折ったなどと――。
「話すと長くなるからな」
「話してくれないのね」
「残念だがな」
彼女は鬼で私は神。協力し合うことはあっても信用し合うことは無理だと私は思い始めている。だからこそ、私は彼女と距離を置くべきだと考えた。
もっと、早くからそうしていれな良かったのではないかと今にしてみれば思う。あの退魔師騒動の時に『何か』天邪鬼は仕掛けたに違いない。あの時は彼女との再開を喜びこそしたが、小箱を私の手で破壊させることに何か意図があったのではないかと、今では思うのだ。
そもそも、神々の中でも無名と言っても良い私が一番に標的にされるなど妙な話しだ。
しかも、よく考えて見れば神社の結界は神は通しても鬼は通さないのだ。なのに、毘沙門天に服従している鬼である夜叉と羅刹女が境内に入っていた。神の従者と誤認されてしまい鬼とは結界が認識できなかった可能性もあるが、ヤツらは歴とした鬼だ。仮に入れたとしても、結界内で何の支障もなく行動できていたのは不自然なのだ。
……とはいえ、これは全て私の憶測でしか無く確証はなに一つ無いのだ。そして、一つだけ気になるのが文ちゃん――鳥山文和が毘沙門天の依代になった理由が不明なのだ。
依代になるには、対象を受け入れる必要がある。つまり、文和は毘沙門天を受け入れたことになるが……。
ここまで考えて私は頭を振った。
何がどうなっているのか、本人から答えを聞かない限り分かるはずもないことを長々と考えいても仕様がない。ここでの用事を済ませて早く神社に帰って昼寝でもしよう。
「銅、お前が良いと思う刀を一振り譲ってくれないか。私はそれを買って帰ることにする」
「ぼ、私が選ぶんですか」
銅は僕と言いかけて、客である天邪鬼の前であることを気にして、私と言い換えた。
「私はそういった見る目はなさそうだからな。銅に任せる――だが、女百斬は選ぶなよ」
「分かりました。雀神様がそう言うのでしたら……これなんてどうですか」
そう言って銅が差し出してきた一振りは一見、確かに業物と言える一品ではあったが、だからと言ってそれ以上でもそれ以下でもなくあまりにも変哲のないのが逆に奇妙であった。銅が選ぶにしては普通すぎることが気になり、
「確かに良い一振りだとは思うが、なぜこれを選んだんだ」
と問うと、
「何も特別な力が宿ったものだけが良い物というわけではないのですよ。それに、雀神様は分からないようですが、これは非常に希少な金属である金剛鉄を使った一振りのようです」
「金剛鉄。なんだそれは、金剛石なら聞いたことがあるが、それは確かダイヤモンドのことだったな」
私の疑問に、銅は良くぞ聞いてくれました。と言わんばかりに得意げな表情になり、
「そうですね。雀神様の言うとおり、金剛石というのはダイヤモンドのことを指す言葉なのですが、対して金剛鉄というのはアダマントという伝説の金属のことを指すのです。ギリシャ神話では大地と農耕の神であるクロノスの持つ鎌がアダマントで作られていたいたと言い伝えられています。要するに、この世で類を見ない程に堅固で壊れることを知らない。そういった類の金属で作られた刀なのです。さらに今のところは特別な力は感じませんが、魔の鉱石とも呼ばれるアダマントは高位の神をも殺すことのできるとされて、西洋では魔族の精鋭たちの武器はアダマントで鍛えられているとも言われているのです。それにしても、こんな金属をどこでどうやって手に入れたのかとても気になるところですね」
と、業火の中で溶けた鋼のように熱くなった口調で饒舌な解説を終えたかと思うと、鋭い眼光を天邪鬼に向けるが、天邪鬼はまるで気にしていない様子で応える。
「知りたいなら教えてあげても良いけれど、その話はまた今度にしましょう」
「ううん、それは残念ですね。ですが、楽しみは取っておくのもありですね」
銅は今後の楽しみが増えて妙にわくわくしているように見えるのは、きっと見間違えではないだろう。
「それにしても、神をも殺すか。天邪鬼が鍛錬したと考えるとなんだかきな臭いが」
疑わしい面持ちで放った言葉を聞いた天邪鬼が、何か言おうと口を開けたかと思うと銅が先に声を発した。
「どうせ、天邪鬼さんの物全てを疑わしいと思っているんでしょうから、これに決めた方が良いと思いますよ。これ以外はかなり面倒な呪術が施されていたり、刻印が彫られていますから」
銅の言葉、主に「面倒な呪術」というところが些か気に障ったのか、天邪鬼は反論しようかとしたのか口を開いてはみたが言葉を飲み込むように口を閉ざすのが見えた。そんな彼女を横目に、
「まあ、銅の選んだ品に間違いはないだろう。これにしておくよ」
と私は金剛鉄で作られた刀を手に取った。
「それで、勘定の方なんだが……」
「そうですねぇ。人間の魂が五つといったところでしょうか」
「人間の魂で取引するのか。気が引けるのだが」
魂を使った取引というのは妖怪たちの間では割りと良くあることなのだが、人間の魂の力は強力で多くの利用価値がある故に、あまり他者へは渡したくない代物なのだ。
「そうは言っても、こっちも商売ですしこれはかなり良い品ですからねぇ。譲れませんよ」
「分かった。人間の魂五つだな」
私は渋々といった風に腹部に手をかざし輝く球体を五つ取り出し銅の方へと転がしてやった。その時、天邪鬼が唇の端を歪めて笑っているように見えたのだが、気のせいだろうか。気のせいでないにしても、ヤツにこれ以上関わっていたくないと思い見て見ぬふりをした。
「ねえ、雀神ちゃん。この宗教戦争でどっちが勝つと思う。仏教か神道か」
「唐突だな。まあ、文和が無事で私に害がこれ以上及ばなければどうなろうと関係ないさ」
「雀神ちゃんらしい答えね。でも、もし――」
天邪鬼は何か言いかけたが口を閉ざす。迷っているという表情だが、天邪鬼が迷うというのは珍しい。迷いや惑わせるのが彼女の存在意義と言っても良いというのに。
私は待った。彼女がもう一度口を動かすのを。
「いえ、やっぱりなんでもないわ。もしもの話をしても仕様がないもの。悪いけどさっきのは忘れて」
天邪鬼はどこかバツの悪そうに顔をしたに向けて、そう言った。彼女が何かを企んでいる。もしくは、何か知っているのだろうが彼女が言わないと決めた以上、恐らく問い詰めたところで答えは返ってこないだろう。
「そうか。まあ、お前のことだ。色々と企んでいるのだろうし、できればその内容を知りたい。だが、答えてはくれないだろうからな。だからせめて、これだけは言わせてくれ。お前の力に私の力は到底及ばないかもしれないが、私の大切なものを傷つけた時は命を賭してでもお前を止めてやる。覚悟しておけよ」
その言葉を聞いて、天邪鬼はどこかホッとしたような口調で、
「覚悟しておくわ」
と私の目を真っ直ぐに何かを決意をしたような目で見返してきたのだった。
「それは良かった。じゃあ、私はここでの用も済んだことだしお先に失礼して、神社に帰るとするよ」
「あ、帰られるんですね。天邪鬼様と商談があるので見送りはできませんけれど、また何か入用なら是非お立ち寄りください」
「あぁ、また何かあればな……天邪鬼もまたな」
「そうね。多分またすぐに会えるとは思うけれど、今のところはさようなら」
そうして私は銅の『雑貨屋』を後にした――。
とても久しぶりの更新となりますね!
自分でもびっくりするくらいの期間が経ってしまいましたが、今後とも宜しくお願いします!