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ジャクシン  作者: 初瀬川渚
夏編
11/15

銅は金也

  天野原読を依代にするという彼女自身からの提案に乗ることを決心したは良いのだが、まだ疑問が残っていることには変わりなかった。その疑問というのが読を依代にする方法であった。

「分かった。お前を信じて依代にするという提案を受けるが、どうやって依代にするんだ。雀女丸すずめまるが依代だったことはあるが、それは私が望んだことではないし、気がついたらそうなっていたからな。実際にどうするんだ」

 読はやや私の顔色を伺うような素振りを見せながら小鳥のような声が出る口を動かす。

「これを言うと、また不信を生んでしまうかもしれませんが、雀女丸を依代にして立川鈴愛たちかわすずめを新たな雀神じゃくしん様にしたのは、この私で無用の心配ですよ。……ですが、あの時のように意思の無い存在に依代を与える術より、効率的な方法は存在しています」

 私は腕を組みながら、彼女が過去の仕出かしたことを考えて顔をしかめたが、しかし、今はそれを兎や角言っていたら埒が明かないのでグッと堪え、話を続けるよう催す。

「なるほど、それでその方法というのは」

「雀神様が私を依代にしたいと強く願い、私はそれを受け止めれば良いだけのことです」

「……本気で言っているのか」

 その言葉を耳にして、私は眉をひそめて彼女を睨みつけるが、私の反応が意外だと言わんばかりに、

「何か問題でも」

 と問いかけてくる。

「お前を依代するなんて強く願うことなどできるものか。縁結びをするために、仕方なく依代にすると思っているんだぞ」

 声をやや大きくし、さらに『仕方なく』を強調するように語気を強くして言い放つ。

「それは困りましたね。依代にするということは、それに心……いえ、魂を許すということですから、私に魂を預けるかのようにして頂けないのなら、やはり、少々面倒な儀式をする他無いでしょう」

 僅かに眉間にシワを寄せながら、何か考える素振りをすが、

「面倒でもなんでも良いから、その儀式の方にしてくれ。お前に魂を預ける気なんてあるわけないだろ」

「雀神様がそう仰るのなら、仕様がありませんね。……儀式の準備に必要なものを用意するので、一日だけお待ち頂けますか」

「もちろん、儀式の方を選んだのは私だからな。一日くらい待てるさ。それとも、私が一日も待てない短気だとでも」

 腕組みをしつつ目を細め彼女を睨みながら皮肉を言ってやる。

「……お言葉ですが、雀神様は自分では気づいてないかも知れませんが、とても短気ですよ」

 彼女は真っ直ぐに私の目を見ながら真顔で、何の悪気も無い様子でそう言うが、あまりにも素直な発言に対して、私はカッとなり殴りかかろうとしたところで、怒気を感じ取ったのか一瞬にして煙のように姿を消して、

「やはり、雀神様は短気ですね。それでは、また明日会いましょう。……それと、私を呼ぶ時の呪文、間違っていましたよ。『イツアヒノ・イカリフンオミク・アマヨミ』です。ちゃんと覚えてくださいね」

 と言葉がまるで残り香の如くどこからか聞こえたかと思うと、すぐにそれは収まり静けさと、無残に破壊された刀が残り、

「私の刀を弁償しろよ。それと、その呪文覚えにくいんだよ」

 と、すでに聞こえないであろうが私は叫び、元雀女丸であった刀へと目をやりため息を付き、ポツリと呟いた。

「あの場所に新しい刀でも探しに行くか……」

 私は神社の裏にある林へと移動してやや不自然に生い茂る草木を前に気を両手に集めながらかき分け奥へと足を踏み入れた。


 場所は変わって、私は人ならざる者――つまり物の怪達の集落へと足を運んでいた。先ほどの草木は物の怪の世界と人間界を繋ぐ門の一つであり、他にも様々な場所にその門は点在しているのだ。

 それにしても先ほどから、物の怪達が私を物珍しそうに見ながら、ヒソヒソと話をする声が聞こえてくる。そういった話し方をされるのは気持ちの良いものではなく彼らを睨みつけてやると、私を恐れて住居などの建物へと逃げ込んで行った。

 私がこんな不快な瘴気に溢れた場所に来たのは、新しい得物を探すためである。物の怪の集落では、どう手に入れたかは不明だがさまざまな曰くつきな品がいくつも取引されていているのだ。

「ここらに武器とかも扱ってる怪しげな雑貨店があったはずだが」

 私は看板が下がっている店が無いか、付近の建物を見て回るっていると、注意深く探していなければ見落としていそうな程に地味な色で小さな札に『雑貨』と掛けられているのを見つけて、すぐ横にある引き戸を開け店へと入った。


 店の中は薄暗く奥の方は良く見えないが、棚の上に置いてある様々な役に立たなそうな骨董品や小物入れなどが雑に並べられているのが見えが、しかし、それらは実のところ綺麗に整頓されて並べられていることが分かる。例えば、壺と黒塗りの木箱が置かれている棚があるが、これは何かしらのあやかしが封じられている代物に違いなかった。霊力や妖力が強くない者には見えないように隠された結界札が何重にも貼られているのを見れば一目瞭然だった。

 とはいえ、私も神という存在ではあるがこれまで雀女丸によって力が抑圧されていた分、目を凝らして見なければ分からなかったかもしれないが……。そうして、店の中をゆったりと見渡していると、ふと店の奥で光がチラついたのが見えたが、私は気づかぬフリをして、商品棚に置かれた一つの芸術的センスを疑うような銅細工を手にして、

「いやあ、一体こんな古ぼけた胡散臭い店に来るヤツはとんでもない物好きなんだろうなあ。こんな不格好な銅細工なんて特にひどい。こんな物を置いている店主の顔を見てみたいものだ」

 と、あからさまに大きな声で言ってみせると、奥の方から幼げな少年の声でこう返ってきた。

「こんな胡散臭い店にくる物好きな客は、さぞ胡散臭いお客様なんでしょうな。それに、お客さんは見る目が無いですね。その銅細工には自分に敵対する存在から身を守ってくれるという素晴らしい力が宿っているのですよ」

 皮肉らしい言葉を言い終わるや否や、壁に飾り付けられたガラス細工に緑がかった明かりが一斉に灯り、ガラス細工の中には強い光を放つ蝶のようなのが入れられ羽ばたいていた。

 明かりが灯ったことにより、店の全体が見えるようになると、声のした方へ私は顔を向けると、白髪はくはつで背丈からすると十代前半程で右目にブリッジ式の片眼鏡モノクルを掛けてうぐいす色の和服を着た少年が座布団に座りながら机に向かって、何やら細かな作業をしている最中であった。

「やあ、少年。繁盛しているか」

 そんな彼に私は片手をあげてにこやかに歩み寄ると、

「やあ。じゃないですよ」

 彼は声を荒げて机を両手で叩いて立ち上がり、掛けていた片眼鏡を外すと私に向かって来たかと思うと、予想外の出来事に私は激痛の走る腹部を抑え込んだ。

「お前……不意打ちで腹を殴るなよ」

「僕の作った傑作を悪く言うからですよ。あなた神みたいですけど、信仰する神は別にいるので勧誘ならお断りですよ」

「宗教の勧誘をする人間を追い払うような言い方をするなよ」

「神様がこんな胡散臭い店になんの御用でしょうか」

 腕を組みながら非常に嫌味ったらしい口調で問いかけてくるが、

「自分の作品を悪く言われただけの割には、不機嫌じゃないか。もしかして、私が顔を出さなかったのが不満だったのか。それとも寂しかったか」

 私は質問に質問で返す。もしかしたら、この時の私の顔はとても意地悪な笑みを浮かべているだろう。

鈴姉すずねえさん……それは自意識過剰じゃないかな」

 私が思っていた反応とは裏腹に彼の反応は沸騰した湯すら凍らせてしまうのではないかという程に冷め切った目で私を睨み上げられて思わずたじろいだ。

あかがね、いつの間にそんなに冷たいヤツになってしまったんだ」

 私が銅と呼んだ彼は、七条銅しちじょうあかがねという名で、この雑貨屋の店主なのだがあやかしにしては珍しく金属類に干渉する力を持っているらしいのだが、実際にどういった力なのかは正確には分からない。ただ、金属が良質か粗悪かの判別をする才能は私が知る限りでは最高である。

「僕は元々こんな性格ですよ。鈴姉さんなら知ってると思うんですけど。あなた本当に鈴姉さんですか」

 冷たい目はそのままにさらに怪しむような表情が加わり「さすがに刺激しすぎたか」と内心焦りを感じた。

「何を言うか、私は正真正銘の鈴姉さんに決まってるだろ」

「だったら、証拠を見せてくださいよ」

「証拠……すまない、カラカイ過ぎた。私が悪かったから機嫌を直してくれ」

「……はぁ。まあ、良いでしょう。こんな性質の悪い客でも客は客。鈴姉さんがここに『数年ぶり』に顔を出したってことは、何か入用なんでしょう」

 銅は深い溜息をつきながら、なんとか接客する姿勢を見せるが、機嫌はしばらく直りそうにもなかった。私は苦笑いをしながら、

「実は、雀女丸が折れてしまってな。元雀女丸と言った方が正しいか。そういうわけで新しい得物を……っと思って訪ねたんだ」

 と言うと、銅の顔色がみるみる青ざめて行くのが見て取れた。

「雀女丸が折れたって、笑いごとじゃないでしょう。鈴姉さんは大丈夫なんですか」

 血相を変えて私の体を検査するかのように触りだす。少々くすぐったいと感じながらも気にしないよう努めて話を続ける。

「いや、そんな慌てるな。話せば長くなるのだが、雀女丸からの呪縛からは解かれた。だから平気だ。問題ない」

「なぁんだ、それなら先にそう言ってくださいよ。……って何ですかその顔は」

 銅の態度の豹変っぷりに思わずにやけてしまったのを見られて再び睨みつけられる。

「気にするな。お前が突然触ってくるから少しくすぐったいと思っただけだ」

 私は咄嗟に思いついた言い訳を口にするが、実際にくすぐったかったので嘘ではない。

「そ、そうですか……」

 彼はバツが悪そうにうつむく。銅は私に負けず劣らずの意地っ張りなだけで、私が彼の店に長らく顔を出さなかったことを気にしているように見せているが、本当のところはすでに気にしていないはずだが……しかし、これはあくまでも彼との交友から得た私なりの経験則でしかないので、本当のところはどうなのかは分からない。

「それで、新しい得物を探しに来たんですよね。だったら、こちらへ」

 と、銅は顔を上げるとすぐに営業スマイルで接客し始め、店の奥へと案内して私を招き入れる。「この対応力を、もう少し別の方へと活かせないものなのだろうか」と思いながら私は彼の後ろを着いて行く。

 そうすると、やや不自然に奥行のある場所に二つ扉の戸棚があり、それぞれ鍵穴があることが確認できた。彼はそこで足を止めると懐から鍵束を取り出して、それぞれに別の鍵で開錠して扉を開ける。しかし、その中は非常に不自然なことに何も入ってはいなかった。とはいえ、彼が空の戸棚に鍵を掛けている訳もないので、黙って次の行動に目をやるが、銅は静かに立って動こうとしない。そんな状況に少々イラ立ちを覚え腕組みをした……その時だった――戸棚の奥の板が外れるような音がしたと思うと、ゆっくりと横にスライドしていくのを見届けると、さらに奥に部屋があることに気づいた。

「ふぅん、こんな隠し部屋があったのか」

 私はそう小さくつぶやくと銅が、

「ここは武器庫みたいなものですからね。あ、僕が一緒じゃないと神でも大怪我する細工がいくつもあるので、気を付けてくださいよ」

 と目を細めて不敵な笑みを浮かべていた。

 確かに、良く見ると魔除けに合わせて神除けの印や罠が仕掛けてあるがいくつか見えるが、効力はそれ程強いものではないようだが、これらはあくまでも『脅かし』であって、本命を見つけるのは非常に困難で迂闊に近づいたら『脅かし』なんかでは済まないだろう。

 そんな危険地帯の中、銅の後ろを付いて行くと、一段高い座敷へと行きついた。その座敷には五つの戸棚が置かれており、恐らくそこに、私が望むものが保管されているのだろう。そう考えている眺めていると、銅は「少し待っててくださいね」と言って、座敷へ上がり一つ一つ戸棚の扉を開け放っていく。

 中には見るからに凶悪な物や一見冗談に見える物まで、さまざまな形状の武器が並べられてあり、どれもこれもが私の興味を惹く品であった。

「それで、鈴姉さんはたぶん刀剣類の得物が欲しいと思うんだけど……この前、いろんな神や神使しんし達がそれらを大量に買って行ってて在庫がないんだけど、どうします」

 と、銅は私の方を振り向き問う。刀剣類の需要が増えているのは、今後の戦に備えてのことだろうが、私が好んでいる得物が無いというのは、なんとなく予想はしていたが、実際に目の当たりにすると、腹立たしく悔しくて思わず舌打ちをしてしまった。

「どうします。他にもいろいろな得物がありますよ。鈴姉は刀剣以外にも薙刀なぎなたや槍も使えましたよね。そういうのならありますけれど……」

「確かに、剣術以外の戦闘訓練はしていたが、それはかなり昔の話だ。上手く使いこなせる自信がないな」

「ふむ。では、待ちますか」

 彼の不意の言葉に戸惑いながら「何を?」と訊ねると、

「もちろん、ここに物を売りに来る人ですよ。最近は武器類が特に売れているという情報を聞きつけた方が、『趣味で作っていた武器を買い取ってほしい』という連絡がありまして、趣味程度なのであまり期待できないでしょうけど、それでも納得のいく品があるかも知れません」

 彼はそう言ってチラリと壁に掛けられていた時計へと目を配り、

「ちょうど約束の時間みたいですし、そろそろ来るはずですよ」

「そうだな。そうするとしよう」

 私は顎に手をやりながら、しぶしぶといった感じで頷いた後に小声で、

「しかし、趣味で武器を作るなんて一体誰なんだ」

 と独り言をつぶやいたその時だった。入口の方から引き戸がガラガラと音を立てて開く音と共に「ごめんください。取引の件で約束をしていた者ですが」と声が店中に響き渡ったのだが、私はその声に聞き覚えがあり、今朝鳥居の前で口論した鬼――天邪鬼の声に違いなかった。天邪鬼とあんな別れ方をしたというのに、どんな顔で会えば良いのか不安と焦りを覚える私のことなど露知らず、銅は「どうぞ、奥にいますので上がってください」と声を張って呼びかけた。

 足音が近づいてくるのを聞きながら、私は目を瞑りながら冷静に振舞えるよう深呼吸をしながら待つが、その僅かな時間すら長く感じてしまうほどに心を乱れていた。

 そして、足音がこの部屋の前まで一旦止まったかと思うと、

「お邪魔しますね」

 と、天邪鬼の艶やかであり猛毒が混じったような危険な声が部屋の中に広がっていくのを聞いて、私は身体を震わせた。これは間違いなく何か企んでいる声色であった。閉じていた目をゆっくりと開けると、小さな風呂敷を片手に持った天邪鬼が満面の笑みを浮かべていた。そんな彼女が私の存在に気づくと、

「あら、雀神ちゃんじゃない。もしかして、お邪魔だったかしら」

 私の存在は想定外であったようで、やや戸惑うような表情になりはするが、すぐにそれは消えて、普段通りの表情になる。

「いえいえ、お待ちしておりましたよ。鈴……雀神様にも是非、あなたがお売りになりたいという品を拝見して頂きたく待たせていたのですよ」

 銅は私と一緒の時とは一変し、まともに接客を始めたことに少々驚いた。「彼は私以外の相手だとこんな風になるのか」と口の中でつぶやいた。

「そうなの。じゃあ、雀神ちゃんにも私の自信作をお披露目しましょうか……あ、ちょっと、危ないから下がってもらえません」

 銅に天邪鬼がそう言うと、銅は不思議そうな顔をしつつも座敷の隅まで後ずさりしたのを確認すると小さな風呂敷を座敷の上で広げる。すると、風呂敷の中心にまるで異次元に通じているのではないかと思うような暗黒の渦が巻いており、そこから多種多様の武器が湧き水の如く溢れ出てくる様子を見ていて、ふと割と最近感じた事のある禍々しい気配に背筋が凍りついた。確か退魔師が天邪鬼の魂を封じていた木箱を破壊した時に感じたそれに似ていおり、私は天邪鬼の存在に警戒を強めた。あかりには悪いが、もしかしたら、恋愛云々と言ってる場合ではなくなってきてるのかも知れない。そう思った。


 天邪鬼、一体何をするつもりなんだ……。

前回の更新から、だいぶ時間が経ってしまいましたが、よろしければご愛読よろしくお願いします。


感想などもお待ちしております。

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