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ジャクシン  作者: 初瀬川渚
夏編
10/15

縁鬼

 雀女丸すずめまるとの戦い、そして天野原読あまはらよみとの出会いから数日が経ち、私は飛び交うスズメたちがする噂話に耳を傾けていた。

 幾つかの神社の御神体が破損し小火ぼやが相次いでいるという話が耳に入って来た。毘沙門天に襲われた神社なのだろうが、聞いたことのない神社ばかり襲われているのが、少し気になるところだ。しかし、なんとなくだが、どうしてそんなことをしているのかは予想は付く。彼がやりたいのは神道を潰すことではなく戦なのだ。戦を起こすために神々の怒りを煽っているのだろう。とはいえ、彼は私が生き返ったことは知らないというのは実に良いことだ。

 私に今後振りかかる火の粉は微々たるものだろう。それはともかく、未だに信じられないのが、文和は私の信仰を取り戻すために尽力するという気持ちには偽りはなかったはずなのだが、突如として、裏切るような形になったのは何故なのか、いくら考えても決定的な答えが出てこないでいた。

 私は一枚、カードに描かれた自分の絵を眺めながら様々なことに思いふける。雀女丸との戦いで、私は過去を克服できているのかどうか、自分でも分からず、そして私は立川鈴愛たちかわすずめではなく、真の雀神じゃくしんという存在になったらしいが、実感が沸かないでいた。

 神通力に気を操ることが容易になったことは確かだが、それ以外に『これ』という何かがなく持て余す気の力を刀を宙に浮かべくるくると回し遊ぶ。

 ……が、こうやって、いろいろと考えてる間中、鳥居の前から妖気が流れ入ってくる。一体、ヤツはいつまで居座る気なのだろうか。そう考えていると今までと違い明らかにどす黒く禍々しい妖気が入り込んできた。明らかに怒っている様子だが、私だって怒っているのだ。そう簡単に面会なんてしてやるものか。と、私の怒りを利用した神気でヤツの妖気は一瞬にして取り払われる。

 神と妖の気をぶつけ合っていると、ヤツとは違う小さな妖気が近づいてくるのを感じ、その妖気を注意深く辿るとヤツと鉢合わせしたらしく、妖気が震えたと思うと小さい妖気が飲み込まれるのを感じ、咄嗟に鳥居へと移動すると、ヤツにおかっぱ頭の黒髪で提灯を背中から吊るした少女の姿をした妖怪が今にも、食われそうになっていた。

「私の前でその妖怪を食うつもりか」

 私は呆れてため息混じりに、ヤツこと天邪鬼あまのじゃくに聞く。

「やっと来てくれたのね。雀神ちゃん」

 天邪鬼は私を見るなり、提灯を背中から吊るす妙な格好をした妖怪を放り投げて、私へと向き直る。

「いや、お前のために来たわけじゃない。あくまでも、その妖怪がお前に食われるのではないかと心配になって来ただけだ」

「……雀神ちゃん、いつからそんなに慈悲深くなったの。昔は妖怪一匹食われようが死のうが、まったく気にしなかったじゃない」

 天邪鬼は怪訝そうに眉を寄せて、私を見やる。

「雀銭神社の鳥居前は、鬼の食事処ではないというだけだ。もし、なんなら、そいつを持って別の場所に行っても良いんだぞ」

「そんな。どうかわたしを見捨てないでください。雀神様」

 提灯を背中から吊るす妖怪は、まるで子犬のように潤んだ目で私を見つめてくる。その姿はなんとも可愛らしく守ってやりたいという母性をくすぐる仕草だったが、ぐっと堪える。天邪鬼が目の前にいる今は、こういうのに弱いというところを見せてはいけないのだ。

「見捨てるもなにも、お前は私が知らない存在であり友でもなんでもないからな。助ける義理もない」

「そうよ。あなたは私に食べられる運命なの。大人しく食べられ――」

 天邪鬼が便乗するかのように言うのを睨みつけ静止させる。

「わたし、送り提灯の小田原灯おだわらあかりといいます。わたしの願いを聞いて頂けないでしょうか」

「助けて。ではなく、願いを聞いてくれ。か……。面白い聞いてやらないこともない」

「本当ですか」

 灯と名乗った妖怪の真剣さと不安さが入り混じった表情が、ぱっと明るい笑顔に変わる。その笑顔が私にはなんだか、とても眩しく懐かしさを感じさせた。

「だが、条件がある」

 この一言に、一気に彼女の笑顔は消え不安一色になる。

「そんな顔をするな。すぐそこに自動販売機があるのだが、そこからコーラを買ってきてくれるだけで良いんだ。まあ、妖怪のお前には難しいかな」

「分かりました。そのくらいお安い御用です」

 彼女は意気込んで後ろを向いて自動販売機へと歩き出す。

「無理だった時は、私のお腹を満たしてくれれば良いから」

 と、天邪鬼が叫ぶと灯はビクッと体を震わせ猛ダッシュで駆けて行った。

「それで」

 私は天邪鬼の顔も見ずに素っ気なく何故、会いに来たのか尋ねる。

「分かってるでしょ。雀神ちゃんが襲われたって聞いて心配になって――」

「嘘だな」

 一言そう言って天邪鬼の言葉をさえぎる。

「日本一の事情通で神と同等である鬼が、宗教戦争を始めるなんて話を聞き逃すわけないとは思わないか」

 私は彼女に視線を返し問うが、答えは返ってこない。

「その無言は肯定していると受け取って良いのか」

「知らないと言えば、嘘になるけど。まさか、あなたを標的にするなんて、検討もつかなかったの」

「どうだか」

 私は彼女の言葉が信じられず鼻で笑う。すると、

「いくら日本一の事情通だとか神と同等の鬼だとか、ペテン師、神殺しと言われても、私にも知らないことがあるのよ。それに、その戦争というのだって、風の噂で聞いたことで信憑性も無かったし、本当に起きるなんて思ってなかった。私が何でも知ってるとでも思ってるの。それとも、私が知らないことがあれば悪いとでも言うのかしら」

 いつも、飄々(ひょうひょう)としていて、何を考えているのか分からず、偽りに感じられる表情ばかりの彼女が、露骨に声を荒げて怒りをぶち撒ける。抑えていた負の感情が大きな妖気となって、辺りを覆い始める。しかし、それに対して、私は一層低い声で言い返す。

「いや、お前が拾った噂が単なる噂なわけがない。もし、一言でも忠告していてくれれば、あんなことにはならなかったと私は思うが。お前はそうは思わないか」

 一呼吸置き更に続ける。

「それに、あのタイミングで小太刀を渡しに来たのは、偶然ではないだろう。お前は、確実に何か知っていた。その怒りも演技だと私が見抜けないとでも思っているのか」

 語尾に力を入れ神気を放ち相手に畏怖を抱かせる幻影を見せつける。だが、天邪鬼は幻影を見抜くと、いよいよ危険な状況になってきた。木々に隠れていた鳥達が一斉に飛び立ち逃げ始める。

「雀神、私はあなたよりずっと長い間生きているの。あなたの幻影なんてまるで怖くないわ。仮に私が隠し事をしていたとしても、それには、私なりの事情と考えがあるから」

 そう言う天邪鬼の妖気は異様に膨れ上がり、私の神気を圧倒する量になって、精神にダメージを与え始め、まるで上から押し潰されるかのような感覚に、思わず膝をつく。

「覚えておいて、あなたは私には勝てない。だから、あまり詮索しないでちょうだい。それに、用途は違ったけれど、夏冬小太刀は役に立ったでしょう。あなた……雀神ちゃんには聞きたいことがあったのだけど、日を改めさせてもらうわね」

 彼女は軽く手を振ったかと思うと、巨大な妖気と共に姿を消すと、私は強すぎる妖気に当てられ、その場にうずくまり咳き込んでしまう。そうしていると、手にコーラを持った送り提灯の灯が駆け寄って来て、

「大丈夫ですか。あの鬼にやられたんですか」

 心配そうに小さな手で私の背中を擦ってくる。しばらく、身を任せていたが、蹲っていた身を起こす。

「すまない、もう大丈夫だ」

 私は彼女の頭を撫でながら礼を言った。

「いえ、謝ることなんて……神様に奉仕できるというのは、私にとって喜ばしいことです」

 そう言いながら、彼女は頭を下げてコーラを両手で、私に差し出し、私はそれを受け取ると早速蓋を開けて、一気に半分を飲み干した。炭酸の弾ける痛みに、目尻に少しだけ涙を浮かばせるが、この痛みが、たまらなくクセになるのだ。

「その飲み物は、そんなに美味しいのですか」

 コーラを飲んでる私の姿を見て、灯は不思議そうに訊いてくるのだが、その問いに対して少しだけ疑問がり逆に質問をする。

「お前はどうやって、このコーラを手に入れたんだ」

「それはですね。人間に扮し少々のお小遣い稼ぎをしているので、そのお金で購入したのです」

 それを聞いて、私は多少驚いたが、そういった存在が稀にいることは知っていたので、それ以上は追求せずに話を続ける。

「なるほど。まあ、この飲み物は神酒の如く美味いと思っているが、気になるのなら自分の分も買えば良いだろう」

「なるほど、言われてみれば。うっかりしていました。今度、その飲み物を買って飲んでみます」

 灯は決心したかのように小さく拳を握る。

「それで、願いというのはなんだ」

 手に持ったコーラにもう一口つけて、私は先ほどの願いについて灯に尋ねた。

 しかし、灯はなにやらもじもじと躊躇する素振りを見せる。

「どうした。遠慮せずに言ってみろ」

「あの、雀神様に縁結びをお願いしたいのです」

 灯は頭を下げて願い事を口にする。私はそれを聞いて丁度口に含んでいたコーラを吹き出しむせ返った。

「私は金運向上や商売繁盛の神で、縁結びの神ではない。縁結びの神なら別にいるだろ」

「そのことなのですが……」

 何やら灯は言いづらそうに、口ごもる。その様子を見て、私は事情を察し、先ほどの言葉に後悔の念を抱いた。

「もしかして――、この町で頼れる神が、私しかいなくなったのか」

「はい。雀神様が襲撃されてから、次々にこの町の神社も標的にされて、神様たちはどこかに身を潜めてしまっているのです」

 私は彼女の言葉を聞いて、少しだけホッとしたと同時に、呆れてしまった。奴らが隠れる間も無くやられたのではないかと危惧していたからだったが、自分の身が危険になると、奴らの動きは実に素早い。同じ神として、情けなく少々腹立たしい。

「まあ、私しか頼れるのがいないのなら仕様が無いが、大して力になれないと思うぞ」

「それでも良いんです。元々叶わない願いでしょうから……」

 灯は頬を赤らめて柔らかい笑みを私に向ける。彼女の顔を見ていると、私まで笑みをこぼしそうなるが、印象をくずさないよう堪えて、

「お前と誰の縁を結べば良いんだ」

 と一番の疑問を投げかける。すると、少しだけ灯の表情が曇る。

「相手は街の人間で……」

 彼女はそこで言葉を詰まらせる。それもそのはず、妖怪と人間の恋愛が禁忌だからだ。しかし、それは彼女も重々承知の上での願いだろう。ならば、聞き入れてやるべきだろう。

「そんな顔をするな。私はお前の気持ちを尊重する。だから、安心しろ」

 私は灯の頭をぽんぽんと優しく叩いて元気づけてやる。

「本当ですか。ありがとうございます」

 すると、灯はすぐに笑みを取り戻し、何度も頭を下げた。

「とはいえ、少しだけ時間をくれないか。私にも用意が必要だからな。なにせあまり経験のないことだ」

「分かりました。では、また明日出直してきますね」

 そう言って、彼女は私に背を向けたかと思うと、まるで息を吹きかけられた蝋燭の灯火のように、ふっと消えた。――送り提灯特有の瞬間移動の刹那は儚げに見えるとは聞いていたが、まさにそれは風前の灯が消えたかのように儚く寂しさを感じさせるものであった。


 私は一旦、拝殿の中へと戻り腕組みをし唸った。

 縁結びをしてやるとは言ったが、専門外のことで知識がなくどうしたものかと考えあぐねる。

 そもそも縁結びの神とは全く親交がなかった故に、そもそもどうやって縁を結んでいるのかすら分からないという体たらく。

 神にも得手不得手があるが、できないに等しい状況で請け負ったのは流石に後悔の念を禁じ得ない。「さて、どうしたものか」と独り言を呟いき、仰向けになり大の字になって横になろうと、頭を床に落とした直後、後頭部に鋭さと鈍さの混じった痛みが走ると同時に乾いた音が拝殿の中に鳴り響いた。

 あまりの痛さに、声にならない悲鳴を上げ後頭部を両手で抑えながら目尻に涙を浮かべる。

 なんとか痛みを堪え、頭をぶつけた方に目をやると、そこには天野原読あまのはらよみの心臓が入っている木箱が置かれており、ぶつかった衝撃を受けてなのか、微かに蓋が開いていた。

 それを見てもしかして、心臓を傷つけていないだろうかと、私は慌てて中を確認をする。だが、その心配は杞憂でこの前見た時と何ら変わりなく鼓動を続けていた。

 しかし、心臓があるというだけでも、気持ちが悪いのに尚且つ鼓動し続けているというのが、さらにグロテスクさを際立たせており、私は思わず顔をしかめながら、そっと蓋を閉じようと思ったところで、頭の上に電球が光ったかの如くある考えが閃いた。

「どうせなら、こいつに役に立ってもらおう。いや、実際には役に立つかは分からないが。駄目で元々。試すだけ試すか」

 ぼそぼそと独り言を呟き、読を呼び出す呪文を唱える。

「イツノヒノ・イカリフントウ・アマヨミ」

 すぐに参上すると言いながら、彼女の姿が現れる気配も無い。私は内心舌打ちをしながら、先ほどより大きく声を張り上げ、もう一度呪文を唱えるが、またしても彼女の姿が現れることがなく、カッと頭に血が上り木箱を持ち上げて壁へ投げつけようとしたところ、突然背後から特徴的な小鳥のさえずりのような声が耳に流れ入ってきた。

「そんなに乱暴に扱われると、死んでしまいます」

 その声の方向に向かって、私は気を操り壁に立て掛けてあった刀を鞘から抜きむき出しになった刃を読に向けて飛ばした。

 しかし、気で操っていた刀の存在を捉えることができなくなったと思った途端、背後から予想だにしていない酷く乾いた何かが弾けたかのような異様な音に慌てて振り返った。

「私の首、また狙いましたね。死なないとは言えビックリしてしまいますよ」

 言葉ではそう言っているが、実のところ本当に驚きを感じているのか分からない無表情な彼女は、信じられないことに、素手で刀身を割っているのが目に入ると、私は思わず自分の体に痛みが走るのではないかと体を強張らせた。が、雀女丸が消えた今、私は依代からの呪縛から解かれ唯一の個に戻り刀と私が一心同体ではなく、アレは何の変哲も無いただの刀であることを思い出し、すぐに緊張を解く。

「どうかしましたか。顔色が優れていないようですが」

 私の反応がおかしいことに目ざとく読は気付き様子を窺ってくる。

「問題はない。ただお前に攻撃を読まれたことに少し驚いただけだ」

「はあ、そうですか……。もしかして、激痛が走ったのではないかと心配になってしまいました」

 彼女の言葉を聞き、私は自分に恥じて赤面する。心を読む術を持っていることを忘れていたからだ。彼女に嘘を付いたところで、何の意味もないことなのだ。むしろ、嘘をつくということは弱みを見せたことになる。彼女の表情は変わらず無表情だが、心の中では私が嘘をついたことを嘲笑っているのではないかと思うと、怒りも感じてくる。

 彼女のことを呼んだのは、やはり間違いだったのではないかと、後悔をする。

「後悔先に立たずですよ。どうせ、もう呼んでしまったのですから、要件だけでも聞かせてくれませんか」

 彼女は至って友好的に接してくる。しかし、無遠慮に私の考え、そして心を読むことに対して、

「私の頭の中を勝手に覗くんじゃない」

 と私は声を荒げて怒鳴った。

「そう言われましても、心や考えを読むというよりも、実際には見たくなくても見えるんです。なんと説明すれば良いのでしょう。考えていることや心の中で思っている言葉が、気が漏れ出るかのように次々に溢れ出てくるのです。読みたくて読んでるわけではないんですよ」

 私は彼女の説明を聞き、気分がやや落ち着いたが、それが確かだということは、彼女にしか分からないし彼女の言葉を鵜呑みにする程、私はお気楽な性格ではない。

「お前のことを信用するわけではないが、その話は後だ。今はお前を呼び出して、役に立つか立たないかを試させてもらう」

 私はややニヤつきながら心の中で話しかける。

「……心で話しかけないでくれませんか。まるで、私が独り言を言ってるみたいじゃないですか」

 読の抗議を無視して口は一文字に結び、これまでの小田原灯のこととその経緯を簡単に説明し縁結びの知識があるかどうかを心の中で読に尋ね終えると、無表情だった彼女の眉が内に寄って、やや困った顔つきに変わったのを見て、内心喜ぶがこれも彼女にはバレているだろうと思うと、喜びの感情もすぐさま消え失せる。

 すると、彼女は溜め息を付いた後に、

「雀神様は本当に疑い深くて愛想の悪い神ですね。そこが良いところではありますが。ともかく、今は灯さんの縁結びに集中しましょう。それで、私に縁結びの知識はあります」

 棘のある言葉が飛んで来るが、いちいち反応していてはキリがないので聞かなかったことにする。

「それなら早く教えてもらうか」

「もちろん、教えてどうにかなる知識なら良いのですが、これは知識云々というよりも素質的な面が強いのです。雀神様の縁結びに関する素質は、全く無いと言っても過言ではないです」

 その言葉を聞いて私は読に詰め寄り胸ぐらを掴む。

「私に素質がないだと。なんでお前にそんなことが分かるんだ」

「乱暴は止してください」

 読は胸ぐらをつかむ私の手を振り払い話を続ける。

「なぜ分かるかというと話せば長くなるのですが、神にはそれぞれ特有のご利益、奇跡とも呼ぶべき力が一つ備わっているのはご存知かと思いますが、雀神様は神格としては、こう言っては何ですが、高位ではないにも関わらず、金運と必勝という二種類の異なる奇跡をすでに備えている現状を鑑みるに、それ意外の奇跡の素質は無いに等しい状態であることは疑いようがありません」

 読は淡々とした説明し、最後は肩を落とす素振りをみせる。

「そうだとしても、約束をしたことを違えることはできん」

「雀神様なら、そういうと思っていました。恐らく、雀神様は嫌がりそうですが、最後の提案として私を依代にすることで、もう一つの力……つまり、縁結びの奇跡を呼び覚ますというものですが、どうでしょう」

 私は腕組みをし天井を仰ぎながら低く唸る。彼女が何を考えているのか、図りかねる。鬼が善意で行動している前例は無いということはないが、それはある種の伝説で彼女がそうであるとは限らない。

「そんなに、私が疑わしいですか」

「当たり前だ。そもそも、鬼であるお前が結界を傷つけることなく出入りしていることが何よりも怪しい……まあ、この話はまた後だ。それよりも、お前を依代にすると何故、私が人間に与えられる恵みが増えるのだ」

 読は人差し指を立てる。

「良い質問ですね。端的に言えば私もこう見えて神格を持っているのです。もうお気づきかも知れませんが、私のご利益は縁結びなのです」

「お前が神格を……」

 読を下から上へと怪しむように見てみるが、やはり、彼女の体から浮き出て見えるのは邪気と妖気だけだ。

「生まれながらの鬼は神格を得たとしても、神気を感じることはとても難しいでしょうね。ですが、これで私が結界を傷つけること無く神社を出入りできるかお分かりになったかと思われます」

 確かに神格を得ているのなら、神社を出入りすることも可能だろうが、本当にそれだけなのだろうか。彼女を疑う材料が多すぎて、信用をすることが難しい。だが、こうやって尋ねたことには素直に答えているのを見て、「今は信じてみよう」そう思ったのだった――。

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