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ジャクシン  作者: 初瀬川渚
夏編
1/15

参拝客

「はあ、今日も日本は平和ですな」

 私は小さく簡素な作りの神社に設けられている拝殿に置かれた賽銭箱の横に腰を掛け、退屈しながら足をぶらぶらとさせて、雲ひとつ無い青い空を見上げて呟く。

 子供の賑やかな声がする方に視線をやると、子供たちが集って珍妙なカードゲームをしているのを眺め始めた。最近、子供たちの間で流行っている日本全国の神や神格化されている妖怪などをカードにして戦わせる遊びらしい。

 そのゲームのなかでもアマテラスはレア度が高く特に人気で、最強クラスのカードらしい。それを先に召喚できるかどうかで、勝敗は大きく変わってくるらしいのだが、スサノオの特殊能力『誓約』が唯一の対抗策らしい。

 私は子供たちが遊んでるのを見ているだけなので、詳しくは知らないが、やはり人気の神カードに選ばれるというのは憧れるものだ。

 私も一神としては、このカードゲームの神として登場させてもらいたいところではある。なんせ私もこの神社――『雀銭じゃくせん神社』の神だからである。

 子供たちの遊びを眺めているのも、流石に飽きてきて、ちょっと彼らを驚かせてやろうかと思い立ったところに、珍しく参拝客が現れた。

 服はしわくちゃで髪はぼさぼさ、その格好はお世辞にも良いとは言えないが、見た目ほど不衛生というわけではないのが唯一の救いといった感じの冴えない男だった。彼は一揖いちゆう――軽くおじぎをすること――をした後に、綱を引いて鈴を強く鳴らして神に自分が来たことを知らせるが、もっとも私はすぐ傍で彼を見ているので、鈴を鳴らす必要は無いのだが、参拝作法の一環なのだから仕様が無い。それを終えると、いよいよ賽銭箱へと賽銭を投げ入れられる。投げ入れられた賽銭の金額はたったの十円ぽっちなのを見て、私はガッカリとした気分になった。

 もちろん「気持ち程度」なのではあるけれど「私の価値はその程度なのか」と落ち込まざるを得ない。

 彼は見えていないのだから当たり前だが、そんな私を尻目に二拝二拍手一拝をして願い事を念じる。私はこの神社の神なので彼が私に念じる願いは、当然伝わってくる。

 しかしながら、拍手をするのは下心が無い事を伝えるためであるが、一般的にはあまり知られていない。つまり、拍手をするだけ無駄というものだ。願い事をする時点で下心丸出しなのだから……。しかしながら、せっかく、こんな小さな神社に参拝しにきてくれたこの男の願いを無碍にするのは、私の良心が痛むというものである。ここは一つ一肌脱いでやろうと決意した。

 彼の願いと言うのは、

「どうか小説の新人賞をもらえますように」

 と、いうものであった。

 この願いを叶えてやろうと、私は思ったのだが、タイトルが分からないので運気を、その小説に宿す儀式もできないではないかと、しばし考えてみたのだが結局答えが出てこないので、直接聞けばいいではないかと思い立った。

 彼は参拝を終えて神社から出ようとしているところであったが、私は実体化して彼を呼び止める。

「おい、そこのお前」

 私は大きな声で呼びかけるが、男は自分が呼びかけられているということに気付いていないようで、そのまま歩みを進めていく。神がこうして、声をかけているのに気付かないとは、無礼なヤツだと内心思いながらも、気を取り直して彼の特徴を付け加えて呼びかける。

「そこの新人賞をもらいたいヤツ、ちょっと待て」

 その声に敏感に反応し、振り返ると怪訝な顔をしながら、私の方へと向かってきて、

「なんでそのことを知っているんだ」

 と、男は問い詰めてきた。もちろん、私がこの神社の神だからなんて言ったところで信じて貰えないと思いつつも、ちょっとしたイタズラ心が芽生えて、ついこう口走ってしまった。

「そりゃ、私はこの神社の神だからお前が願ったことはお見通しさ」と……。

 私は言ってから「しまった。こんなことを言ったら馬鹿にされているとか、頭のおかしいヤツとか思われてしまう」と後悔した。

 しかし、彼の言動は予想外のものであった。

「本当にこの神社には神様がいたのか。いや、待つんだ。これは神様というより天使的な可愛さだな」

「何をワケのわからないことを呟いている。お前一人にかまっている程、私は暇じゃないんだ。さっさと小説のタイトルを教えろ。そうでないと、願いは叶えてやれんぞ」

 本当のところは、死ぬほど暇を持て余していたのだが、予想以上に面倒くさそうなヤツに声をかけてしまったと、さらに後悔をしつつ、一度願いを叶えてやると決めた以上は、ちゃんと叶えてやらなければ神の名が廃るってものだ。

「あ、そうですね。願い事ですね。『百鬼夜行ひゃっきやこう!僕の嫁は妖怪達』という小説でして、これは俺が今まで書いた中では最高傑作の作品なんです。しかしながら、これでもし賞を得られないなんて事になったら、俺は立ち直る自信がないので、こうして必勝のご利益がある雀銭神社に神頼みをしにきたのです」

「なるほど。では、お前の願い叶えてやろう」

 私は小さな声で「そんな珍妙なタイトルの小説がこの世に出回るのか」と、呟いた。もちろん、男には聞えないように。

「本当ですか。ありがとうございます。俺、鳥山文和とりやまふみかずっていいます。よければ神様のお名前もお聞きして良いですか」

「何だお前は、やけに馴れ馴れしいヤツだな。私は願いを叶えるためにいろいろすることがあるんだ。それとだな、参拝するくらいなら神の名くらい調べておけ。不勉強なヤツだ」

 そう私は言い捨てると、鳥山と名乗った男は少し目を伏せた瞬間、私はふっと姿を消すと、男は私の姿が消えた事に戸惑い、あたりをキョロキョロと見渡していたが、私の姿を探すことを諦めたのか、きびすを返し、鳥居をくぐり去って行った。その時の彼の顔は、どことなく『納得した』かような表情を浮かべていたのが、気になった。

 あの男のことを、私は好きにはなれない。しかし、久しぶりの参拝客である男に対して、ほんの少しだけ好意を抱いてしまっているのが、悔しいところである。

 そんな男の願いを叶えるため申し訳程度に作られた粗末な本殿に祀られている一振りの刀を手に取り鞘に収まった状態の刀を左右に振りながら呪文を唱える。

「我が力を解き放ち、の者の武運上昇必々勝々(ひつひつしょうしょう)

 そう唱え終わると刀から神気が溢れ出した。

 これで、男の受賞は間違いなし――そう思った瞬間、何か嫌な予感がして背筋に悪寒が走った。ここ雀銭神社のご利益は一般的には金運上昇として知られているはずなのだが、男は必勝のご利益と言った。何故それを知っているのか。そして、そのクセ祀られている神の名を知らないというのは、些か不自然だと思い返す。それに、今しがた行なった儀式によって放出された神気が、男かその作品に向かって飛んでいくはずなのだが、未だにこの場所に留まっているという明らかに異常な状況にあった。

 とにかく神気をそのままにしておくと、それを摂り込もうとする良からぬ者共が集まってくるので、行き場が見つからずに彷徨っている神気に意識を集中させ刀の中へと戻す……が、どうやら遅かったようで、穢れた空気が漂い流れてくる。

 神社は結界に守られているとはいえ、この神社は手入れもろくにされてない故に結界にほころび生じていて、そこから不浄の者が侵入してきたようだ……。

読んで頂きありがとうございます。

まだまだ、序盤ですがよろしくお付き合いください。

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