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「はい、どうぞ」
「おじゃましまーす…」
永嶋さんは小さくおじぎをしながら、俺の部屋に足を踏み入れた。
冗談のつもりだった。否、あわよくばって気持ちはもちろんあったのだが。でも本当に、頷くとは思っていなかったのだ。
涼しい顔して「どうぞ」なんて言いながら、俺は内心めちゃくちゃ動揺していた。
「すごい、やっぱりいいね前作…!」
エンディングロールが流れ出す画面から、目を離さずに彼女は言う。DVD映画が始まってから、口を開いたのは初めてだった。映画館でなくても、上映中は喋らないというのが彼女の中でのポリシーなのか、マナーのつもりなのか。
隣に座る彼女に手を伸ばして、抱きしめたい衝動に駆られるが、やめる。やっとのことで俺の想いを受け止めて、此処に来てくれているというのに。
ついこの間、彼女の想い人だった及川が俺のところに来た。なんのつもりか知らないけれど、彼女との関係性の終着を語りに、だ。
彼は俺と永嶋さんが付き合ってると思っているみたいだったけれど、それはまだ叶っていないのだ。否定するのが面倒だったのもあるが、つまらないプライドが、邪魔したのも事実だろう。
なんとも、情けない話だ。
「及川から、聞いたんだけどさ…」
今ここで、彼から聞いた話を言わずにいるのは、フェアじゃないと思った。
話したら、彼女の気持ちが及川に戻ってしまうかもと言う及川に対して俺は、「彼女が幸せなら構わない」とか、かっこつけたことを言ったくせに。自分のもとに来てくれた彼女の本心を、信じられないだけなんじゃないか?
結局は、自分が一番かわいいんだ。
彼女の目をとても見る気にはなれなくて、俯いたままで言葉を落としていった。話終わってそっと彼女の方をみやれば、同じように目線を手元に落として俯いていた。
及川は彼女を大事に思うあまり、手を伸ばすのをやめたんだ。俺はそんなことしない、そんな風に彼女のことを諦めたりなんてしないと、そう思っていたはずなのに。
「――じゃあ、どうすれば、信じてもらえるの?」
静かに、彼女は言った。
「及川のことなんか、もうとっくにスッキリしてるのに。それを、高田くんが信じてくれなくて、どうするの?」
ゆっくり顔を上げた彼女と、視線がかち合う。
彼女の澄んだ瞳に、吸い込まれそうになる。
「私は、いろんな高田くんを見て…、あなたと、向き合おうと思って、ここに来たんだよ」
彼女に初めて会った時のことを思い出す。ああ俺は、この瞳に恋をしたんだったなあと。
「高田くんは―――…」
そこから先の言葉は、自分の唇で塞いで奪った。
彼女は一瞬驚いて目を見開いたが、すぐに目を閉じて俺の口づけを受け入れてくれた。
そのままベッドに倒れこんで、組み敷いた彼女のからだはとても小さく感じる。ただ、俺を見つめてくれる瞳は、まぎれもなく、自分しか映し出されていないことがわかってたまらなくなった。
(本当に、情けない話だな)
こんな風に彼女に言ってもらえるまで、自信が持てないなんて。
「すきだよ…」
そう言ってもう一度唇を重ねれば、彼女もそれにこたえてくれる。そしてぎゅ、と抱きしめ返してくれた。
「私も、だよ―――」
ああ、その言葉だけで。
涙が出るほど、幸せだ。
今度、及川に会ったら堂々と言える。
俺が彼女を幸せにするから、安心していいよ、と。
そんなことを思いながら、俺はすやすやと眠る彼女の額に口づけるのだった。
(第3部、おわり)
2015.04.25
高田くんおめでとうの回。気付けば3話まで続いてしまったという。
一応これで完結ということで。




