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Space of Heart  作者: 紫雨
2/3

▼2nd empty..now?

及川視点。

 ―――――別にこのままでもいいかなあなんて、思ってはいたんだけど。





 永嶋ながしまと初めて会ったのは大学一年の4月。大学一年と言ってもまだ入学式も行われていない状態でのオリエンテーションが、キャンパスや学部など関係なく新入生全員をごっちゃ混ぜで開かれるにも関わらず、学部も学科も同じ彼女と隣の席であったことは幸運だったのだと思う。県外からこの大学にきた俺の友達第一号に、同じく県外から来た彼女が、めでたくなったのだった。


 学部内は男女割合も均等で、分け隔てなく仲が良かった。グループでいる時もあれば、永嶋と二人で行動したり、遊びに行くことも多かった。

 好きだなあと自覚するのにも、そんなに時間はかからなかった。


 クリスマスを目前にして、カップルブームが到来していた。そんな中オレは、永嶋との関係性を、このままでいいかなあなんて思いつつ、彼女にしたいと欲が出てきていることに気づく。

 周りはカップルで過ごす奴らが多く、結局二人で鍋をするという色気のないクリスマスの日を迎えた。何度も招いたことのある部屋だというのに、何故かせっせと掃除をする緊張っぷり。だってクリスマスだし。永嶋がオレのこと、嫌いじゃないのなんてわかりきってるし。実はオレのアクションを、待っててくれてるんじゃないかとか。聖なる夜に、何か起こるんじゃないかってバカみたいに期待していた。


 実際、“何か”はあった。


 突然、行けなくなったと言う彼女は、電話越しで泣いていた。


「おい、どうした、何かあったか?」

「…っ、及川おいかわーーー…」


 そのまま何も言葉を発さず、泣き続ける彼女の家まで、どうせ近いからと心配でかけつける。

 不用心なことに鍵の開いていた部屋に入り込むと、永嶋はベッドに突っ伏して泣きじゃくっていた。

 彼女が落ち着くまで背中をさすってやると、しばらくしてポツポツと話し始めてくれる。


「…告、られたの」

「は?誰に?」

「高校のときからの、友達。私は、友達だったのに、向こうは、そうじゃなかったの。知らなくて、でも知らないからって、私、たくさん傷つけてたんだー…」


 大学は違うが、一緒に地元を出てきてからずっと仲良くしていら相手が、まさか好意を持っていてくれているだなんて、思ってもいなかったらしい。



「部屋にも、よく遊びに行ってたりしてたの。そういうのも、ダメだったかな。期待させてたり、したんじゃないかって思ったら、すごく…悲しい」


 そうやって、止まりかけた涙がまた溢れ出しそうになった大きく潤んだ瞳を見ると、こっちまで悲しくなってくる。

 ちなみにオレは、そいつの話を永嶋から聞く度、怪しいなとは思っていたが伝えていなかった。こんなことになるんなら、言ってあげてればと後悔する。



 でもさ、それって。

(全部、オレに対しても、してることだろう―――?)


 つまりオレのことも、本当に友達としか思ってないってことで。




 うっかり今日、告白なんてしなくて良かったと心の底から思う。だって、そんなことしてしまったら、こいつはすごく、すごく悲しむだろう。むしろ、今以上にかもしれない。それくらい、友達としての自分が、相当特別に思ってもらえてる自信は自惚れでなく、ある。




「…なあ、元気出せよ。今日は、クリスマスだぜ」

「…及川」

「楽しまなきゃ、損だろ。鍋の材料買いに行くぞ」

「……ありがとう」




 なんだかこのとき、ずっとそばにいてやりたいって気持ちと、このまま欲に勝てなくなる自分が簡単に想像できてしまうことに、途方もなく空しくなる。


 大丈夫、オレはずっと、友達ここにいるよ。

 なんて嘘くさい台詞、とてもじゃないけど言えなかった。






 結局何も変わらないまま、しばらく時が経った。

 永嶋とは一緒じゃないサークルの飲み会で、オレは一服するために店の外に出ていた。すると少ししてから、同じサークルの女子がオレの隣にちょこんと座る。


「及川くん、お酒、強いの?」


 そうやって始まった会話が弾んでしばらく経った。火照った身体には、気持ちの良い涼しい風が吹く。少し肩を震わせる彼女を見て、女の子は寒いのだと気付く。


「そろそろ、店戻るか」


 そう言って店の中に入ろうとしたその時、その子はオレの背中に抱き着いていた。


「あのね…、及川くん、あたし、及川くんのこと、好きなの…」

「え、いや、ちょ、」


 ぎゅうぎゅうと、段々力を強めていく彼女。柔らかな熱にくらくらする。

 ゆっくり振り向けば、頬を紅く染め、潤んだ瞳でこちらを見上げている。


「永嶋さんのこと、すきなのは知ってるよ。代わりでもいいから―――ダメ?」


 それは、甘い囁き。



 だって多分、永嶋は、どんなに想っても手に入らない。

 この不毛な想いと、これからずっと闘っていく勇気などなくて。




 その日、オレ達は店には戻らなかった。




 酔っていたなんて言い訳で、本当は、そうやってオレを救い出してくれる優しい声を、待っていたんじゃないかと思う。

 もう一度、その甘い香りに抱きしめられた時、涙が出そうになったんだ。


 翌朝目が覚めて、隣で眠る彼女を見て、冷静になった頭で改めて思った。この子を、大事にしていきたい、と。






 ――そんな訳で傍から見たら、単純に乗り換えたみたく映っているのだろうけれど。


 永嶋は今でも、オレにとっては大切な存在で。

 今の彼女と付き合いたての頃は、なんだかバツが悪くて上手く接することができなかったけれど。

 今では心から、幸せになって欲しいと願っている。

 まあぶっちゃけ、オレが幸せにしたかったってところはあるんだけどね、それも本音。



「―――って、なんでこんな話を、俺にするの。」

「いや~、なんか、無性に、誰かに聞いて欲しくってさ!」

「そんなの、永嶋さんに直接言いなよ」

「いいのかなあ~と思って、先に高田たかだくんに話を通そうと」

「…何かその気の遣われ方、嫌だな」


 今、永嶋の彼氏である高田くんは、甘いマスクを持ち大学内ではミルクティー男子と噂の好青年だ。

 今日はたまたま、食堂で居合わせたので、図々しくも彼の真正面に座り、永嶋の話を(一方的に)していたのだ。



「その話を、永嶋さんが聞いて、君のところに戻るかもって?」

「いや、何もそこまでは…」

「別にそうだったとしても、彼女が幸せになるんだったら、俺はそれで構わないよ」


 永嶋の幸せを願うやつは、ここにもいた。

 こんな風に言ってくれるなら心配ないじゃんと、エラそうだがほっとした。




「高田くん、付き合ってんのにまだ“永嶋さん”呼びなの?」

「君の前だからね、遠慮したんだよ。変なヤキモチやくかと思って」

「…その気の遣われ方、嫌だな」


 さっきのお返し、と不敵にでも柔らかく微笑む高田くんを見て、オレは大事なひとの幸せを彼に託すのだった。






(第2部、おわり)

2015.02.25

及川言い訳の回(笑)

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