▼1st full of ..
「えっ、彼女できたの!?」
なんてことない顔で頷く彼を見て、自覚したんだと思う。
それは大学に入ってから親しくなった友人のうれしい報告だったわけだが、私の心は悶々と白い霧がかかったみたく霞んでた。
だって決まって遊びに行くときは彼と一緒で、映画館も、ショッピングも、遊園地もなぜか二人で行ってた。
そういう関係でないことだけを除けば、たぶん恋人同士に見えなくもなかったんだろうが、私は関係が変わることを望んでいたわけじゃないし、向こうも同じだったように思っていた。
だけどその報告を聞いて喜べないのは、たぶん、自分がいずれかはそのポジションに立つだろうとでも思っていたのだろうか。
―――なんて、浅はかな。
≪ーーーよかったら、映画行かない?≫
携帯のディスプレイに表示されたのは、そんな受信メール。
送信者は他学部の同学年の男の子―――高田くんだ。
なにかの行事で一緒になり、打ち上げで連絡先を交換して以来、少しではあるがメールのやりとりをしていた。
最近、よくこの名前を受信ボックスで見る気もした。
≪いいよ。今、何やってるっけ?≫
承諾のメールを送信して、何を観るかを決めて、お互いのスケジュールの合った次の月曜日の夜、映画を観に行くことになった。
ベタな恋愛映画ではなく、洋画アクションだったことに、少しだけほっとした自分がいた。
* *
「はーっ、緊張する」
映画館に向かう途中、白い息を吐き出しなっがら、高田くんはつぶやくように言った。
「…そんなに、ハラハラする映画だっけ?」
何に対しての緊張か分からないという意思を伝えるためにそう尋ねれば、彼はきょとんとした表情でこちらを見る。
ミルクティー色の髪の毛はふわりとパーマがかかっていて、ゴールデンレトリバーのような容姿の高田くんは、背は高いが、癒し系に分類される思う。
「…高田くん、今の顔可愛い…」
高田くんがきょとんとした理由も、緊張の意味も、多分私はわかっていたんだけど、わからないフリをして話を逸らした。
私の言った“可愛い”という単語に反応して、話は違う方向へと流れて行き、間もなく映画館に着いたことに、少しホッとした。
映画は予想以上に面白く、映画館を出てから私は少し興奮していた。
「私、洋画のアクションって初めてだったかも!」
「え、そうなの。珍しいね」
「うん!すごい面白かった~っ!目がずっと離せなくて、ドキドキしっぱなしで」
「よかった。もっと観てみたらいいよ。俺のオススメのアクション映画、今度続編やるよ。“×××”。それも観たことない?」
「あ、えーっと…」
言葉に詰まる。自惚れでなければ、このあとの展開が読めたからだ。
観たことないと言えばDVDを貸してくれるだとか、知っていると言えば続編とやらに誘ってくれるのだろう。
勝手なことだが先が分かってしまうと、興冷めしてしまうのは、私の悪い癖だった。
「………」
「………」
少しだけ微妙な空気が二人の間を流れていく。
いたたまれなくなって俯けば、小さなため息がふってきた。
「…話には聞いてたけど、ガードが堅いって言うよりは、なんか…。」
ぼそっと、彼の言った言葉に私は顔をあげた。
「流されちゃいそうだからちゃんと言うけど、俺は永嶋さんを誘ったのも下心だし、付き合いたいと思ってる。」
「………、」
「だけど少しでもアプローチしようものなら、ものの見事にかわされる。」
高田くんの焦げ茶色の瞳は、吸い込まれそうなくらい澄んでいて、その瞳に映る私は、なんだか滑稽だった。
「………ひっかかってるのは、及川?」
「!」
及川とはまさに、最近彼女ができて浮かれている私の友人の名前で―――。
「…なんで、ここで、及川が出てくるの…」
「そりゃあ好きな子の近くにいる異性なんて、気になるに決まってるでしょ」
「そりゃあ、及川とはよく遊ぶけど…」
「すきじゃあ、ないって?」
「好きだけど、そういうんじゃ…」
「ていうか、周りは皆さ、付き合ってるんだと思ってたんだよ二人は。及川だって、さんざん牽制してきたくせに、彼女とか、なんだよって話」
まるで責められるみたいに受ける追及に、なんでそんなことをこの人に言われなくちゃいけないんだろうと、私は少しイライラし始めていた。
「それは…っこっちのセリフよ!!」
足を止めて、私は声を荒げた。通りすがりの人たちの視線を感じた。
それに気づいていたのだろう高田くんは、場所を変えようと言って近くの小さな公園へと私を連れて行った。時間帯もあって、人気は少ない。
「…ずるい女なの。ずっと一緒にいられるものだと思ってた。付き合っても、付き合わなくても。こんな風に、離れて行くなんて思わなかった…!」
現に、及川との関わりは減っていた。遊びに行くことなんてもちろん無くなり、以前のようなたわいもないメールのやりとりなんてしない。彼女ができたって聞くよりちょっと前から、なんとなくそういうのが少なくなっていたのも実は気づいていたのだ。でも気づかないフリをしてた。
――――気づきたく、なかったから。
「そういうのを、たぶん、すきって言うんだよ…」
切ない目をして、高田くんは静かに言った。
「………、」
「要するに、誰のことで心をいっぱいにするかってことだろ」
―――気づきたく、なかったんだ。
こんなことで、気づきたくなかった。
失ってからじゃないと、気づけないなんて。
「……すき、だったんだ…」
初めて認めてもらえたこの感情は、一粒の雫となって私の瞳から溢れ出た。
一度こぼれたら、しばらく止まらなくなってしまって。そんな私の隣で、高田くんは何も言わずに居てくれた。
後から聞いた話だが、及川が同じサークルの女の子からアプローチを受け始めた時は、一応私のことをすきでいてくれていたらしい。しかし結局のところ彼女が欲しかった彼は、私よりもその女の子を、可能性の問題で選んだという。
お互いに何もアクションを起こしていない状態で長く時間が経ってしまっていたのだから、当然と言えば当然、と妙に納得しながらもやっぱり少し悲しかった。自分の自覚が遅すぎたのも、原因なのだろうけど。
「やっぱり面白いね、洋画アクション…!」
「でしょ。前作見てなくても、大丈夫だった?」
「うん、そういう人にも分かり易いストーリーになってたから。でも前作も観たい!」
「帰りDVD借りてこうか。まだ一本観る元気、ある?」
「ある。むしろこの熱があるうちに観たいです!」
そしてそんな私は今、高田くんと一緒にいる。
つけ込むようで悪いけど、と泣き止んだ私に改めて告白をしてくれた彼に、私は友達から始めたい、と返事をしていた。
知らない人とポンと付き合えるような冒険家ではないので、まずは仲良くなってから、と思って。
「よし、じゃあレンタル屋行こ。…でもさ」
「ん?」
「そろそろ、ちゃんとした返事欲しいんだけど。好きな子を部屋に入れて、何もせずDVD観るだけで帰すほど、甘くないからね、俺。」
ふとした瞬間にもしっかりと、目をみて想いを伝えてくれるところは、彼のいいところだと思う。
そんな風に好感を持っているくせにそれを伝えずに、はっきりしない関係のまま、このままでもいいなあなんて考えていた私は、相変わらず…ずるい女だ。
「うん、わかった。レンタル屋、行こう」
「…意味、ちゃんとわかってる?」
「もちろん。」
さすが、今まで散々ごまかしてきただけに、信用ない。
「誰で、心をいっぱいにするかなんでしょう?」
私はそう言って高田くんの手に自分の手を絡めると、彼は一瞬きょとんとしてから、すごく優しい表情で微笑みながら私の手をぎゅっと握り返してくれた。
(第1部、おわり)
2014.08.23
永嶋の「好きだけど、そういうんじゃ…」ってセリフ、どこかで聞いたことあるなってずっと思っておりました、今思い出した、「耳をすませば」の雫のセリフですね!杉村ー!!笑 甘酸っぱい!笑




