ぶっ叩け!パチンコ台パンチじじい~台パン鬼の十則編~
ジジイ(65)
趣味はパチンコ。週に6日はパチンコ屋に通う。
一見どこにでもいるような老人だが、彼は業界では絶対的なカリスマ的存在となっている。
~台パン~
みなさんはご存じだろうか。
パチンコ台に向けて拳から繰り出される渾身の一撃。
台と人間の魂をぶつけ合うその衝撃に周りの者は魅了される。
今でこそ「台パン」はスポーツや芸術と肩を並べるものとして、世間で認識されているが、かつてはそうではなかった。
すぐ手が出るなんて動物的だ…
そんな世間の風評から育ちの悪さの象徴として社会地位を失っていた台パニスト(台パンをする者)達。
そんな「台パン界」の負のイメージを変えたのが目の前にいるこの男。
ファンからは親しみを込めて「パンじい」
店で付いたキャッチフレーズは『それいけ!台パンマン!』
「一日千パン」「明日から出来る!台パン講座」の著者ことジジイさん。
彼のパフォーマンスの魅力はどこから来るのか?
その答えに少しでも近づくため、ジジイに一日密着してみた。
とある平日、朝6時。
ジジイの朝は早い。
布団から出てまもなく、服を着替えてさっそく柔軟体操を始める。
『これから1日叩かなきゃならないんでね、準備運動は欠かせませんよ。』
笑顔でジジイはぼやく。
だらしない、しわしわの身体とは反してその眼はまっすぐだった。
特に手首と肩はしっかり30分かけて柔軟するという。
台パンによって老体にかかる身体の負荷は、私達の想像を超えるということをジジイは教えてくれた。
「かつては1店に100人はいた台パニストも今はその1割にも満たない。台パンによって手を失う者、衝撃によって鼓膜が破れる者、あるいは力の加減を見誤りお仕置き部屋に連れてかれる者…ワシの親友もこの前左小指を持ってかれて引退よ。」
ジジイは備えあれば憂いなし、出来る準備は少しでもやっておく必要があると教えてくれた。
体操が終わると朝食……と思いきや、ジジイはそのまま出かけてしまった。
「朝食?そんなもの食べん。まず台パニストは台パニストである前に一人のパチンカー。無駄な出費は抑えるのが鉄則じゃ。」
「そしてもうひとつ…空腹は台パンの最高のエネルギーになるのじゃ。」
我々は大事なことを見落としていたのかもしれない。彼はアスリートでありギャンブラー。
心身共に最大限のコンディションを保つだけでなく、金銭面でも相当のストイックさを見せるその姿に、我々スタッフも一人の人間として尊敬の意を覚え始めていた。
9時。パチンコ店開店一時間前。
平日とはいえ、自分の好きな台を叩きたいといった老人が50人程開店を待つ。
ジジイも店の前に行き、ただひたすらに待つ。
ジジイは、開店前の戦いで他者とひりつく者は台パニストとしては2流だという。
1流の台パニストは常に自分とパチンコ台との戦いに集中する。
今日、自分が最高のパフォーマンスはどの環境で産まれるのかだけを考えることに集中することが、台パニストの心構えだ、と鼻をふくらませ話してくれた。
それ故、通常は抽選で入場順序が決まるが、ジジイは抽選には参加しなかった。
10時。いよいよ開店。
ジジイは動かない。
パチンコ店でパチンコを楽しむ者ではなく、あくまでも台パンを魅せる者であることに誇りを感じているようだった。
スポーツで例えると、氷上でタイムを競う者、芸術点を競う者、石を的に投げ入れる者…それぞれがそれぞれのルールで競い、自分を高めあっているというのが分かりやすいか。
ジジイは台パニストの先駆者として、そのルールを求め続けている。
台パンはまだまだ発展途上のジャンル。誰よりも彼がそれを感じていた。
11時近くになってようやくジジイが台選びを始める。
ジジイは台選びの基準を教えてくれた。
それはざっくり一言でいうと、それは「場を読んだプレイ」
稼働率、データのハマり具合、釘調整、スタッフの対応、コーヒーレディの可愛さ…
全てにおいて最高のコンディションに近づけることが多くの人を魅了する台パンになるのだという。
ここで、伝説の台パンニストが残した「台パン鬼の十則」を紹介しよう。
一部ローカルルールがあるにせよ、全国の台パンニストの標準ルールは全てこの十則から産まれ派生した。
台パンニストを名乗る者にとっては、絶対的な存在である。
1. 台パンは自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2. 台パンとは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3. 大きな台パンに取り組め、小さな台パンはおのれを小さくする。
4. 難しい台パンを狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら怯むな、殺されても怯むな、台パン完遂までは……。
6. レバーを引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7. ハマり台を待て、長期のハマり台を待っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 自信を持て、自信がないから君の台パンには、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、台パニストとはそのようなものだ。
10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君はただのパチンカスになる。
午後15時。ジジイがやっと一台のMAXタイプに目を付けた。
データを見ると892回転、本日の大当たり0回。
ジジイは慎重にその台に座った。
「この台、見てください。開店から3人座りましたが覚えていますか?朝は60代の親父、2時間後にババア、そしてついさっきまでサラリーマン風の男…。」
「今日一日、彼らの悲しみや憎しみがこの台に詰まってるんです。分かりますか? 朝早くから並んで、抽選までして勝ち取ったのに台に裏切れた気持ち…少ない小遣いを増やして美味しいモノでも食べようと考えていた期待を踏みにじられた気持ち…仕事サボってリスクを負ってきた貴重な時間と金をこの台に毟られた気持ち…」
「その無念を乗せて、これから私が無念を晴らします。」
自分自身の感情だけではなく、この一台に夢を抱き、そして儚く散っていた同胞の想いを背負って彼は台を殴るのか。
彼のプレイに魅かれる理由がスタッフも分かった気がした。
17時過ぎ。ジジイが座ってしばらく回したが、まだ彼の拳は動かない。
「まだだ…まだ…まだ今じゃない…」
彼の耐え忍ぶ時間が周囲一体にひりひりと伝わる。
と、その時ここで…緑保留。。。
疑似連が続きSPリーチになった。
ジジイの背筋が伸びた。
スタッフを含め周囲にいる者は彼のプレイにいつの間にか気を引かれていた。
じじいのドキドキは貧乏ゆすりと変わって島をわずかに揺らしていた。
どっどっどっ…シュン。
外れた。
ここで、いよいよ台パンが拝めるか!とスタッフは息を飲んだ。
しかし…ジジイの手はまだタバコを持ったままである。
「チッ」と大きな舌打ちをしてジジイは貸玉ボタンを連打した。
18時。人も増えてきた。
稼働率も6割、7割くらいになり、ジジイの島に至っては満席だった。
箱を積む人も多くなってきた。
ジジイの台の開店数データは1198。
相当溜まっているものがあるのだろう。ジジイはもはや私達になにも話しかけてこなかった。
それからほどなくして、赤保留が現れた。
じじいは気合を蓄えはじめた。
彼の拳は真っ赤になり、今にも破裂しそうだった。
ジジイの両隣の人もジジイの高揚状態に気付き、なにも起こっていないのに警戒感が周囲を包んだ。
疑似連3。ジジイがうなずく。
金カットイン。ジジイが大きく首を振る。
どっどっどっ…シュン
はずれ。
その時、我々は覚悟した。
遂にジジイの渾身の一撃を見ることができる!…と!!!
しかし、ジジイは動かなかった。
微動もせず、固まっていた。
ここで殴らず、いつ殴るのか。
誰がどうみてもあれは台パンの絶好のチャンス。
一体、なぜ…
その時、我々の脳裏によぎったのは疑惑だった。
このジジイ、もしかしたら本当は台パンする勇気のないただの臆病者なんじゃ…
19時。
ジジイの隣台は当たって4連ほどしていた。
ジジイはあれから大きな動きはない。
1流の台パニスト。私達スタッフはもうそれは淡い夢、都市伝説と思い始めていた。
その時…
ジジイに赤保留。
疑似連3
群演出
SPSPリーチ
そして…
4 4 4
遂に図柄がそろった。
いや、そろってしまった。
それはあまりにあっけなく、そろってしまったのだった。
自分のパチンコ台が当たっても
ジジイは喜ぶわけでも悲しむわけでもなく、ただ無表情だった。
私達はもう彼に落胆していた。
しょうもない。取材は時間の無駄だった。
そんな気持ちが表情に出ていたのか、ジジイが私達にそっと耳打ちした。
「ま、見ていろ。今日は最高の台パンを見せられそうだ」
ジジイの台の確変突入率は約51%である。
つまり、大当たりを引いた後、この数字を引けるかが鍵なのである。
ジジイの台は大当たり後ともあって、周囲が皆ジジイの台を気にかけているのはすぐに分かった。
そこで…我々は気付いた。
そうか…!そうだったのか……!
本日の最高の台パンとはつまりこの………確変突入判定が鍵だった…
ジジイの大当たりが終わった。
次の瞬間。
ジジイの台に文字が表示された。
「モンスターを倒せたらラッシュGET!」
「連打せよ!」
きたっきたきたっきたきたっ
っくぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう
じじいの両手は大きく空中でグーを形作ったと思ったら、それがボタンに向けて一斉に落とされていく。
まるで流星群。ドラムロールよりも早い往復流れ星。
だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddd
ジジイは…この連打…この一瞬にかけていたのか。
我々はジジイに作られた演出の中で踊らされていたのだった。
そして、
シュン
はずれた。
8R通常。単発決定。
ジジイは最後に少し唸ってボタンを盛大に2回チョップした。
これか。これが一流の台パニストか。
終わって気付けば周りは皆、ジジイの台を見ていた。
ジジイは燃え尽きたのか、それから少し回して台のガラスを一発殴って席を立った。
そして我々とは一言も話さず、闇に消えていった。
我々は後日、彼に取材を申し込んだ。
ジジイは笑いながら
「あの日は見事に決まりましたね。あれは連打式台天直下流星群からのTWOチョップ〆ってコンボ技なんですけど、あの日はなにより両隣埋まりの片方連チャン中、コーヒーレディブスの、1400ハマり単発っていうかなり恵まれた場で披露できたのがうれしかったですわ。」
専門用語を永遠と語りながら満足気な彼に、私達はパチンコの勝ち負けとは決して収支だけで判断できるものではないことを学ばせて貰った気がする。
パチンコ台の台パンチ。
台パニストは、現代のパチンコに負けるすべての者達の代弁者である。
その一撃にはあらゆる人のあらゆる想いが込められ、背負っているということを、我々は忘れてはいけないのかも知れない。
最後に我々はジジイに聞いてみた。
「あなたにとって台パンとは?」
ジジイは両手の中指を立ててこう言った。
「最高のエンターテインメントじゃ。」