第四十一話 リライトしよう!
まず、文学者の書いた書き方の本では、たいていが文章の上達方法に、「リライト」を挙げていました。批評を貰い、その批評に従って書き直してみる。あるいは、一人称の文章を三人称にしてみるとか、逆に三人称の文章を一人称に直せ、とありました。
実際、私も批評を受けた作品を出来る限り手直ししてみたのですが、これがなんとも難しい。経験上で言わせてもらえるならば、難しいということは、身になるってことです。
まず、第四十話で挙げた例題作品に貰った読者からの批評文をここに転載してみましょう。
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例題『地震』について。
最初に読んだときは、少し描写が冗長かとも思ったが、二回目に読んだときはそうでも無かった。一人称の具体的な文章だとは思うが、具体的過ぎるようにも思いました。今そこにある緊急性のある危機に対して、必死さは伝わるのですが状況を具体的に書き過ぎて返ってパニックという雰囲気を感じなかったです。
あと、気になったのは振動の続いているのかどうか。第二波が来るのではないかと言っていることから、おそらく第一波は止まったのであろうことは察することができるが、振動が止まったのかどうかくらいは欲しかったように感じました。(評:ベギンレイムさん)
とりあえず最終話だけ読んだのでその部分について。
自分のスタンスでしか感想は言えないので、越権感想は切り捨てて下さい(笑)
例題『地震』
具体性の前に、明らかにおかしい気が。
「事象中心」と「私中心」が混在してるというか、三人称と一人称が混在していると思われます。
「ぶわん、と椅子ごとホップした身体はバランスを崩して背中から畳にダイブした。後頭部から倒れたせいで、首が「く」の字に曲がって跳ね返る」
ここは事象中心に見えました。読めば主語は分かりますが、自分で自分をこう表記するのは違和感があり、「私」が別の何かに起きている現象を冷静に観察している印象が湧きました。
「鼻の奥に空気が詰まり、身体の内部ではぐきりと音がした。一瞬、息が止まる。動こうにも手足が痺れて、言う事を聞かない」
自分中心と思いました。一人称とも思います。
「後頭部から落ちたせいで脳震盪起こしたのかも知れない。猛烈な痛みが後から首を伝わった」
後半の猛烈な痛みは分かるのですが、その前は説明であって、体感覚に根ざした内容などの具体性がない気が。
脳裏の五文字はなぜ血の色なのかが(たぶん必要だったのと思いますが)分からず、その直後の「パニック寸前」で「まだパニックじゃないのか」と「これだけ冷静ならパニック寸前でもないだろ」という相反する感想が生まれました。
具体性という点では、説明的な文章が多く、どうにも地震時の体感を表しきれてない印象です。
揺れたその時、頭を打った直後の視界(打った直後なのに冷静すぎる思考で、大した怪我でないと思ってしまう)とか、嗅覚はともかく聴覚も「ぐきり」のみなのがもったいない(最初耳の聞こえない人を描こうとしてたのかと思いましたが、「ぐきり」で違うようですし)。触覚も後半あるのですが、最初の揺れを感じてない気が。
具体性と言うなら、「猛烈な痛みが伝わった」直後にうまく身体を動かせないとか視界が歪んだとか追加するのも具体的と言えないでしょうか?
パニック寸前という状況も、言動で描写してほしかったなと。(所詮、個人見解ですが……)
あとは細かい部分ですが、
スライド式の扉がすんなり開きすぎたなあ、はともかく、
「首がくの字」はまずくないですか?
造語ならバツだと思いますし、造語でなくとも、これは見た途端死んだと思われるかと。(首がくの字に曲がったかと思った、なら問題ないとは思いますが……) (評:叶エイジャさん)
これを受けて、一人称でまず訂正します。
『書き直し例1』
それは突然来た。
ぶわん、と身体が浮き上がった気がしたのは一瞬だ。視界がぐるりと回ったかと思う間に、後ろ頭にごすんと鈍い音が響き、首の辺りでぐきりと音がした。一瞬、息が止まる。動こうにも動けない、椅子が降ってくる様子がスローモーションで視界を横切る。バウンドし、俺のすぐ真横で派手な音を奏でるスチール製の椅子。一部始終が見えて、胃がきゅうっと締まった。
危機一髪、けれど大けがを免れたことすら押し退けて脳裏を掠めたのは「東京大地震」と、血の色をした五つの文字だった。すぐに思い出されるTV映像の数々。「東京に地震が来た場合には一万人の死者が予想されます、」無情なアナウンスが繰り返しで頭に響いた。ぐらぐら揺れている。徐々に収まってくる。そうだ、収まってるんだ。パニックに陥りそうな状況で無理やり気持ちを押さえつけた。叫びだしたい唇を噛み締めて。
きっとこれ、直下型だ、すぐに第二波くるんじゃねーのか!?
痛みで息も出来ないくらいだったのに、それどころじゃないと思っている、焦っている。地震の後には津波が来ると聞いたから。東京に押し寄せる津波の高さはビルの何階だったか。脳裏には走馬灯のように、あの大地震の映像が次々に流れ込んでくる。渦を巻く水流、家も車も押し流していく濁流、繰り返し繰り返し、毎日TVに映され、潜在下に刷りこまれた恐怖の映像。ついさっきまでは忘れ果てていたのに、鮮明に思い出していた。
もがきながら、本棚からあふれ出た漫画雑誌の海を掻き分けた。部屋を脱出しなければ。家を出ないと潰される。逃げなきゃ、逃げなきゃ、得体の知れないモンがハラワタをきゅうきゅうと締め付けて、胃まで痛くなる。たった数メートルの距離がなんでこんなに長いんだろう、そう思ったらまた少し落ち着きが戻った。そうだ、冷静になれ。惨状になった部屋を見回すくらいの余裕は出来た。手の平が痛い。本か何かで切ったらしい、畳にも赤い手形が貼り付いていた。そういえばと、首と頭もものすごく痛いことを思い出した。
いつの間にか湧き出していた涙をぐいと拭う。みっともなくってちょっと笑ってしまった。扉にタッチする頃には手の平の痛みの方が痛烈に感じられるようになっていて、顔をしかめながらでそれでも取りあえず、扉を押そうとした。いてて。畳についても痛いし、ドアについても痛いし、この手、どうしたもんかな。
広げて眺めた俺の手の平は、指先までまんべんなく真っ赤っかに染まっている。親指の下くらいから手首あたりまで、パックリと口を開けた皮膚に、血がぶくぶくと涌き出していた。未だ恐怖に捕らわれているのか、こんな有様だってのに、手当てよりも脱出を優先させるべきだと俺の心は強く思っている。顔を上げると今度は首がずきんと痛んだ。
スライド式の扉は歪むこともなくすんなりと開いてくれた。暗がりの廊下に、呆然と立ち尽くす両親の姿が見えた。俺と同じで慌てて寝室から飛び出したんだろう。仕方がないんだと頭では理解しても、やっぱり観たくない姿だと思ってしまって、それは素直に俺の表情に表れた。学ラン着たお袋と、セーラー服の親父。黒いひだスカートの下にすね毛だらけのゴツい生脚がにょっきり生えてる映像は、トラウマモノだと思う。エリート社員で尊敬してたのに……。気まずい沈黙がその場を覆った。
・・・まぁ、以前の私の文章スタイルなわけですが。(苦笑
それでもま、「具体性! 具体性!」と念じながら書きました。今度はちゃんと出来てるかなぁ?(笑
設定だけはちょこっと変更、パニック寸前ってのを取りやめまして、抑えなかったらパニックにって感じに。書き直してみると、思考の時間概念が捻じ曲がっていたんでそれも訂正しました。思考の前後関係、まだおかしい箇所とかないですかね?
次は三人称に直してみますね。
『書き直し例2』
それは突然来た。
夜中まで勉強机に向かっていたこの屋の一人息子の身はその瞬時、宙を舞っていた。ぶわん、と椅子ごとホップした身体はバランスを崩して背中から畳にダイブする。後頭部から倒れたせいで、首が「く」の字に曲がって跳ね返る。柔軟さがあっても捻挫は免れない角度。細かに震える指先はだらりと伸びた腕の先で、何かを掴もうとする形に折れ曲がった。息を止めて耐えている彼の頭上に影が差す。遅れて降ってきたスチール椅子の背もたれが、彼のわき腹5cm横でバウンドして転がった。派手な音階が家屋の軋む音に合奏する。部屋中のあらゆる物が騒音を奏で、次々と雪崩れる。最後に本棚がかしいで倒れた。電灯が点滅し、また灯る。
不気味な地響きが大地の底を振るわせて、地表を揺り動かしている。家具の騒音だけは止んだ。
彼は無事だった。激しく身体を揺さぶられながら、そのうちに、歯を食いしばり反転した。浅い呼吸を繰り返し、やがて這い始めた。本棚からあふれ出た漫画雑誌の海を掻き分けて進む。揺れは少しずつ収まり始めていた。
本のページのどこかが刃になって彼の手の平をスッパリと切り裂いた。畳に赤い手形を貼り付けながら、それでも進む。揺れは完全に収まった。やがて、彼の這うスピードも徐々に遅くなっていく。
這うことを止めた彼は、おもむろに自身の頬を伝う涙を袖口で拭った。引き攣り気味の笑みを浮かべ、周囲を見回した。それから己の手をフィと見て、驚愕の表情を浮かべた。彼の視線の先には、親指の下あたりから手首の近くまでの、およそ5cm以上の大きな口が手の平でぱっくりと赤く開いていた。血はまだその口から吐き出されている。彼は怪我の手を内側へ引っ込めて、片手で再び這い始める。ほどなく扉へ辿り着いた。
血の跡が戸板を掠める。引っ込めた手とは違う方の手を伸ばしかけて、また引っ込めた。怪我の手を畳に付けてすぐ引っ込め、扉を突いてまた引っ込める。しばらく格闘し、やがて正座になって改めて扉を押し開いた。
スライド式になっている扉をガラリと開け放つと、そこには無言で立ち尽くす彼の両親の姿があった。廊下の突き当たりには両親の寝室がある。息子の部屋の前で二人は途惑いの表情を浮かべている。
学ランを着た母親と、セーラー服の父親は、みじろぎもせずに息子を見下ろした。父親のすね毛だらけの生脚が、黒いひだスカートと三つ折り靴下の間に見えた。
見上げる息子の表情に、やりきれなさが浮かんでいた。
三人称、神視点。に、なってるといいなっ。
感情の言語が入っていないはずなんで、これで正しい、と思うんだけどね。
照れた笑みの、「照れた」とは感情を予想して判断する言語になるんで使えないから、引き攣り気味。客観描写は、感情に起因する判断の言葉は使えないってのが正しい縛りだそうです。一元、多元になると、誰かの主観を借りても良いから、これらも使えるようになるってことみたいです。(要確認)
最後の一文だけは一元視点になってるけどね。
こちらもまだまだ勉強中の身なんで、ちゃんと神視点になってるかどうか自信はない。(笑
では今回はここまで。




