第十二回 メタという要素
さて、第十回で、(~~~)という感情の鍵括弧とでもいうべき手法は使っちゃいけないと書きました。
いいえ。実は使っていいんです。
効果として、それは「メタ手法」といいます。
詳しいことはよく解からないんで、しばらくは空白にしときます。
とかいうのも含めて、メタ、ちょっとしたジョークとかニヤリを誘う仕掛けとか?
まぁ、メタフィクションという単語でウィキペディアを引いてみてください。(なげやり)
ひと口に言いますと、メタってのは手法として、「何でもアリ」のことです。(違う)
これがあるから、シロウト批評は時折、大ホームラン級の的外れに陥ってたりします。
使用上の注意は、うん、勘ですよ、勘。
第十回、一人称のルールで、一人称小説では主人公の見慣れた景色などは、主人公はいちいち注視しないから書いてはいけない、と書きましたね。
けれど、メタ手法を使えば、書いていいということなんです。
だって、そうでもなきゃ本当に何も書けませんから。
未来を題材にした一人称なら、特に顕著です。
まるでガイドになったかのように、主人公は心情で読者に語りかけ、状況の説明をしてくれます。
これ、アリなんです。
登場人物の容姿の説明とか、誰に聞かせてんだというような描写をします。
手法なんでOKなんです。
小説はフィクションであるという前提がまずあります。だからOK。




